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『神殺しの獣』殺し 三頁目


 『全力の七割未満』という言葉から連想されるイメージとはどのようなものだろうか?

 レオン・マクドウェルやクロバ・H・ガンクならば『本気といっても差し支えのない状態。その上で切り札は伏せている』と答えるだろう。

 アイビス・フォーカスなら『多少手を抜いている状態。生け捕り狙い』などと答えるだろう。

 気性の荒いエクスディン=コルなら『戦場でそれなら舐められている』と答えるだろうし、シュバルツ・シャークスならば『お互いが楽しく戦えるちょうどいいライン』などと口にするだろう。


 ほか多くの、それこそ戦士でないただの学生や社会人に聞いたとしても、似通った答えになるはずだ。


「ダメだ。まだ追えねぇ!」


 だがそれは、相手に関して考慮しなかった場合の話である。

 対峙している相手がガーディア=ウェルダであると知った時、彼の実力を知る者達は口を揃えて、いや口にする事はないものの、内心では同じことを思い浮かべるだろう。


 『絶対に勝てないから逃げろ』、『死ぬ覚悟を持て』と。


 そんな相手が今、積やゼオス、それにこの場で一番強いヘルスさえ考慮の外に置き、蒼野だけを殺すために桃色の空の下を駆けまわる。


「ッッッッ!!」


 野性味溢れる動きに『技』の要素は一切ない。

 機動力に腕力、そして肉体の堅牢さだけを活かした原始時代の戦いだ。


 だがたったそれだけの事でも、ガーディア=ウェルダの力のおよそ七割となれば凄まじい脅威だ。

 ただの踏み込みで楽園の強固な地面が凹み世界が揺れ、跳躍と共に生ずる余波だけで積達は吹き飛んでしまう。


 理性のない力の化身。脅威の塊である獣は、体から噴水のような勢いで黒い霧を吹き出すたびに急加速を行い、その代償として力を失っているが、依然大きな衰えは見られない。


 数多の攻撃を受けても気にする様子は一切見せず、鋭利な牙と爪を蒼野の身に注いでいる。


(ホントにいいのかよコレで!)

(蒼野の奴がこうしろって言ってんだ。信用するしかねぇだろ)


 ターゲットにされている蒼野にとって絶体絶命の状況。

 破滅の赤たる『原点回帰』は最初の一発以外は必ず躱され、ただなぶり殺されるかのように追い詰められる現状。

 この状況を覆すことなく保持することを願ったのは、何を隠そう狙われている本人であり、念話で会話をするヘルスと積が歯噛みする。


 それは数分前、最初に原点回帰を当てた数秒後の事。

 自信満々に言いきる蒼野の顔にはこの状況を覆すことができる策が思い浮かんだ様子があり、優と康太を除いた他三人は、動きの阻害程度の邪魔をすることを頼まれた。


「――――――――」

「ゴブッ!?」

「蒼野君! この野郎!」


 咆哮が場を支配し、前線に立つ四人の身が竦む。

 直後に蒼野は首から下を全て失い、その動きを何とか目で追えたヘルスが、僅かなあいだ足を止めた黒炎の獣に渾身の一撃を叩き込む。


(揺らいだ!)


 能力で瞬く間に肉体を修復した蒼野が待ち望んだ瞬間を目にしたのは直後のこと。

 黒炎に包まれた巨体が雷の砲撃を受け僅かではあるが初めて傾き、


「頼む!」


 声を上げる。今こそ勝機であると。

 すると蒼野の意を組んだヘルスが再び雷の砲撃を投擲。積は獣に触れても溶けずにへばりついていた『輪廻巡鉄』を鋭利な刃物へと変える。


「原点――――回帰!」

「――――――!」


 それに合わすように撃ち出された鬼札。しかしそれは獣の跳躍により易々と躱され、


「時間破戒!」


 蒼野はそこで、もう一つの鬼札を晒す。

 それはガーディア=ウェルダの元となった『果て越え』ガーディア・ガルフ相手でも通用した一手。

 時間制限に縛られた相手ならば一気に追い詰める事ができる、白と黒の縁を備えた半透明の丸時計であり、


「よ…………」

「避けやがった!」


 それを獣は躱した。積とヘルスが見上げる中、空中で足元に床でもあるような様子でもう一度跳ね、自身へと向かって飛んでくる、獣にとっては未知の物質をしっかりと躱す。


 そこに道理や理屈はない。まさしく野生の勘に頼ったものであり、


「…………大人しく当たっていろ。面倒な状況は早めに終わせるに限るのだからな」

「ガァ!?」


 その動きを読んでいたように、さらに上。獣の頭上を奪っていたゼオスが急降下と共に真下へと一閃。

 振り抜かれた漆黒の剣は獣の脳天を二度三度と叩き、浮上するはずであった巨体は勢いを失い落下。


「――――――????」

「五分だ。ガーディアさん相手なら異常なほど効果があったが、お前は…………どうだ?」


 鋭い声を放つ蒼野が持つもう一つの切り札。

 それに獣が触れた瞬間、その効果を瞬く間に発揮された。


 五分間という時間を強制的に経過したことになった巨体はやや萎み、体の至る箇所から黒い霧を噴出。

 地面に着地した際に生じる周囲を吹き飛ばすような衝撃はなくなり、体を数度、前後へ揺らした。


「ぶっ潰せ~!」


 その状況を好機と捉えたヘルスが声を上げ、従うように蒼野に積。そしてゼオスが動き出す。

 積は獣の動きを鈍らせるために残り少ない粒子を消費し獣の全身にまとわりつかせ、ゼオスの放つ斬撃は目標の表皮を何度も斬り裂くという結果を叩き出す。

 ヘルスに至っては野球のピッチャーのような大ぶりな動作で神の雷の塊を撃ち込むと数歩後ずさらせ、鎧のように固い体を幾分か凹ませるという成果さえ叩き出した。


「原点――――回帰!」


 そんな中で撃ち込まれた赤い光を纏った刃。それは獣の命を奪うべく脳天へと向けまっすぐに直進し、


「下がった!」

「エネルギー噴出を利用した緊急回避か!」


 それが届くよりも早く、獣は不自然な姿勢で後退。


「時間破戒!」

「ガァァァァァァァァ!」


 追い縋るようにもう一つの鬼札を晒せば足を止め、口からこれまでは使ってこなかった灼熱の息を吐き、自分に届くよりも早く時間破戒の効果を発揮させ、


「よし。十分に気を引きつけれたし足も止めた。完璧なお膳立てだろ。これは」


 その様子を見て、蒼野は確信した。

 意識の大半が自分に、残りも援護している前線の三人に向けられ、迎撃のために足を止めた。


 これならば、己の義兄弟が外すことなどあるはずがない、と。


「最高だよオマエら」


 そしてその期待に応えるように、前線に立つ四人の背後に控えていた狙撃手が引き金を絞り、銀河中のエネルギーを集められた一発の銃弾が片腕を犠牲に発射。

 流星のような煌めく金色の帯を描きながら獣の身に触れると――――その胴体を易々と貫通した。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


四章前半の特徴であると思うのですが、今回の戦いも結構なペースで進んでいます。

次回、クライマックス。

一気に勝負を決めていきましょう!


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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