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『神殺しの獣』殺し 一頁目


 これは奇跡である。

 楽園と呼ぶにふさわしい地に続く扉は閉まり、ゼオスの能力でもやって来れない以上、彼はこれから、極大の怪物を相手に孤立無縁の戦いが強いられるはずであった。

 にもかかわらず彼らは現れた。さも当然という様子で。いつものように。


「それにしてもあのフードを被った人は誰だったのかしら。気になるわね」

「…………予想することしかできないが、あまり歓迎できる輩ではないだろう」

「断定はできないけどな。もしかしたら善意の協力者かもしれない」

「そりゃちょっとお気楽すぎるだろ。てか善意の協力者がいたとして、どういう縁でやって来たってんだよ? みたところ、ジコンの周囲は外界から切り離されてただろ?」

「知り合いの知り合いの知り合い、みたいな縁が繋がって。またはずっと見張ってたとか!」

「お前ら…………この展開でよく気軽にお喋るできるな」


 流れる空気は張り詰めたものであるが軽口を叩ける程度の余裕はあり、かつての自分なら率先して乗っていた空気を前に積は呆れかえり、


「……………………とはいえ、助かったのは事実だ。サンキューな」


 直後、自身の全身に無理やり張っていた緊張の糸を切り、彼は素直に感謝する。

 偽らざる事実として、既に現状は救援がなければどうすることもできなかった事態であり、彼らがたどり着いたおかげで積は生き残ったのだ。


「はいはい―――――で、これからどうするの? あれ、間違いなく厄ネタよね」

「つーより、見た事あるぞあれ」


 そんな積の一言により世間話に花を咲かすような空気は終わりを告げ、顔を引き締めた五人の戦士は意識を前へ。

 そこには反射神経を極限まで研ぎ澄ませたヘルスが必死の思いで引き付けている、黒炎を纏った巨大な獣の姿があり、見覚えのある姿を目にして、ある者は冷や汗を垂らし、ある者は固唾を飲む。またある者は木を引き締めるように拳を握った。


「お前の予想が当たってるなら、あれはたしかガーディア=ウェルダの『力』の塊だったな。確か」

「七割だ。七割ほどの力が具現化して、襲ってきてるってのが俺の予想だ」

「七割か………………想像したくない数値だな」


 行われる考察は絶望の二文字をそのまま固めて具現化したかのようで、蒼野の口からは素直な感想が零れ落ちる。

 とはいえそのすぐ後、戦況を見守る五人は違和感を覚えた。


「それにしては変じゃない? 七割ってことは、アタシ達が罠に嵌めたガーディアさんより遥かに強いはずよね。その割には…………」


 彼ら全員の考えを代弁するように語り出したのは積の傷と疲労を癒し前線に戻った優であり、その言葉に全員が続く。


 圧がない、と。


 もし目の前の怪物がガーディア=ウェルダの零した七割ほどの力だとするなら、ヘルス・アラモードは既に跡形もなく消え去っているはずだ。それほどの力が備わっている事に彼らは疑いを持たない。


「あっぶねぇ!」

「――――――!」


 しかしそうならず、時折反撃できるだけの戦いを繰り広げられているという事実に彼らは疑問を覚える。


「ヘルスさん!」

「!」


 抱いた疑問の答えを知るため声を上げる蒼野。

 そこに含まれる意味を察するとヘルスが前面に雷の海を敷き、黒炎に満たされた獣の全身がその中へ。     

 一瞬後に姿を露わにした獣が傷ついた様子は微塵もないが、警戒したかのようなそぶりを見せると、その場から一歩も動かなくなった。


「どんな感じですか?」

「噛みつきやひっかきだけじゃない。何ならただのお手だろうが触れただけで死ぬ予感がする。端的にってヤバイ。ヤバすぎる。…………………………だけど、意志みたいなものはあんまり感じなかったな」

「今のアイツは一種のシステムってことか?」

「人間味がないって言った方が正しい気がするな。野生動物を相手にしてる印象だ」

「…………自我がなくなってるのか!」


 そんな相手を油断なく観察しながら彼らは考察を進め、全員が同じ答えに辿り着く。


 要するに目の前の存在は暴走状態なのだ。千年ものあいだ生き延び『妖怪』と呼ばれるに至った老人の自我を塗りつぶし、文字通りただの『獣』と化した。それが彼らの考察であり、疑問を挟む気にはなれなかった。


 なにせ自分らと同じ年代であったとはいえあの『果て越え』の自我を奪い暴走したほどなのだ。

 それと比較すれば十分にあり得る話である。


「…………自我を持って暴れられるよりも勝算はあるな。だがどう攻める。たとえ獣同然の知能と言えど、あの防御力は厄介だぞ。どう破る?」


 言いながらゼオスが指摘した先には、ヘルスが放った神の雷を受け続けても傷一つ負っていない獣がおり、未だ近づいて来る素振りは見せないものの、呑気に大口を開けあくびをしている。


「こっちの最大火力をぶち当てる以外ねぇだろ。となると必然オレが出張るわけだが、獣ってことは野生の勘も相応にあるだろ。ならオレは迂闊に手出しできねぇ。悪いが援護は期待すんな」

「二発で決まらない場合、回復しなくちゃいけないのよね。神器を持ってる以上、蒼野の時間回帰は効かないわけだから、必然アタシが回復薬ね」

「なら残った俺とゼオスは前線だな。積は?」

「前に出るさ。肉盾は数多いほどいいだろ」

「嫌な言い方するなお前は! 基本は俺が前に出て意識を向けるから、お前らは楽にしてくれ。なぁに、この反射神経ならそう易々とはやられないさ!」


 その隙を縫うように会議は進む。滝を下る水の如く、勢いよく。

 続けて千年前の記憶を覗いた際に危険だと感じたエネルギーの放出に関してヘルスに説明すると、優と康太を一歩後退させ、残る四人が少々の凹凸はあるものの横一列に整列。


 康太が撃ちこむ銃弾が当たるだけの隙を作る。


 四人全員がそのような共通の認識を抱きながら距離を詰め、


「「!!」」


 直後に思い知らされることになるのだ。

 確かに目の前の存在は獰猛な獣へと堕ちたと。しかしなおも怪物なのであると。


「これ、は!?」

「は、早ッ」


 詰まるところそれは準備不足、いや見積もりが甘すぎたということだろう。

 四人は誰もが神経を張り詰め、一切の油断なく戦いに臨んでいたのだが、それだけでは足りなかったと言わざる得ない。


 彼らはもっと注目するべきだったのだ。獣が見せる指先の僅かな動き。炎の揺らぎ。筋肉の流動を。

 目の前の怪物の一から十、いや一から百、それ以上に注目するべきであったのだ。


 それらを怠った結果が、彼らの身に降りかかる。

 全身を食い千切るような咢により積は胴部分を半分失い、振り抜かれた右前足で蒼野の下半身が欠損。

 ヘルスとゼオスは何とか知覚することができ、肩や脇腹を大きく抉られる程度で済んだ。


 どれもこれも何らかの技量を用いたわけではない。純粋な身体能力による無軌道な暴力であり、その凄まじさに畏怖の念さえ浮かんでしまう。


「……こいつ」

「アタシの見間違い、ってわけじゃないわよね?」


 その様子を後方で見ていた康太と優は、その惨状に目を覆いたくなる気持ちになりつつも理解した。


「ああ。少し動くだけで力が吹き出てやがる。過去の記憶で見た力の消費とも違う。つまり」

「動かせば動かすほど弱体化するってことね」


 この戦いにおける勝機を。


 



 


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


さて始まりました四章前半戦ラストバトル。

相手は勿論以前から話していたウェルダの力の欠片! といっても七割なので結構な物です。

そんな化物相手の六人の立ち回り…………乞うご期待です!


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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