LV『超越者』 三頁目
全身を貫いた鋼鉄の棘。最初に真後ろから不意打ち気味に突き刺さった同様の鋼鉄の棘。そして鳩尾やや下の位置を中心に描かれた血の十字架。どれもこれも少なくないダメージを与えており、特に最後の一撃は重いものである。
攻撃を叩きつけた時の感触を思い返し、積はそう確信を抱いた。
そんな彼の予想が正しいものであると示すように敵対者。すなわちアラン=マクダラスの体が前に傾き、濃い影を血の池を作っている草原に映し、
「………なんだと」
けれど彼は沈まない。
たった一度の瞬きの後に訪れるはずであった終幕は勢いよく突き出された右脚の支えにより遮られ、続けて原口積は目にすることになる。
誰の目で見ても戦闘不能寸前の半死人。彼の眼になおも戦意が宿っており、その顔には未だ自身が健在であると示すような鉄面皮が張られている事を。
(しくじったな)
積が挙げた二つの失態は間違いなく大きなものだ。
しかし自身にとって最大の失態はなんであるかと問われれば、相手の作り上げた土俵に立ってしまったことであるとアラン=マクダラスは認識していた。
大前提として、彼はあらゆる面で原口積に勝っていたのだ。
『輪廻巡鉄』は確かに厄介であるだろう。しかしそれを含めても、単純な力押しをすれば負傷の大小はあれど確実に勝てたはずの勝負だったのだ。
とすればこの状況は自身の性格が招いた結果でもあり、彼は己が未熟を愚かであると吐き捨て、
「ッ」
大きく一歩、前に踏み出した。
業腹ではあるが結果を受け入れ、反省し、覆すための一歩を踏み出し――――ここから始まるのだ。
満身創痍。あと一撃攻撃を受ければ戦闘不能に陥るこの男の、凄まじい追い上げが。
嘘偽りのない本音として、積は戦いが終わることに疑いを抱いていなかった。
能力や鋼属性による肉体の硬化に木属性による治癒能力を持たないアラン=マクダラスは、一度深手を負えばそのまま敗北まで持っていけるはずであったのだ。
だがその予測は、目の前でいともたやすく覆される。
着ていた黒のスーツを脱ぎ捨て血に染まったシャツを晒すアラン=マクダラスが、鋭い眼光は保ったまま、口から零れ落ちる己が命の源を手の甲でぬぐい取り目を細める。
その姿、纏う練気に衰えはなく、むしろ覚悟を決めたゆえか勢いは増し、対峙する積の心胆を冷やした。
「……退いちゃいけねぇ場面だよな。ここは」
だが、積は一歩たりとも退きはしない。
ここで一歩前に出る事が正答であると確信を持ち、一歩ずつ積み重ねていき、
「「――――――ッ」」
両者の得物が対象に届く距離にまで詰め寄った瞬間、閃光が迸る。
積が両手に一本ずつ掴んだ柄まで鉄でできた斧と、アラン=マクダラスが握る神器の刀が衝突。
もはや火花による負傷は考慮の外に置き、新たな切り札たる『輪廻巡鉄』を繰る積は、
「むぅん!」
「その体で正面突破かよ。豪気だな!」
直後に目にすることになる。
全方位から目標へと迫っていた鋼鉄の凶器。その全てが氷属性など全く使わず、手にしている得物一つで全て捻じ伏せられている光景を。
「後ろ!」
続けて真正面から振り抜かれた斬撃を躱し、反撃に出るため前へ出る積。
しかし彼はアラン=マクダラスの体が尾を引くように姿を消す様子を何とか捉えると、慌てて後方に鉄の壁を展開。易々と砕かれるものの、反撃に転ずるように迎撃用の棘を生み出し、
「ぐがっ!?」
気が付いた時、硬化した脇腹を浅くではあるが斬り裂かれていた。
(早いっ)
これまでの思考の末に築き上げた綿密な計画からなる戦術とは真逆の、自身のスペックを活かした最も原始的な戦術。
その脅威を積は既に知っている。ガーディアにシュバルツ。いや、多くの戦場で目の当たりにして、己が身で味わった。
「だけどな、明らかな欠点を放っておくほど俺は馬鹿じゃねぇぞ――――凝固!」
味わったからこそ対策は万全だ。
自身を中心とした半径5メートルの範囲内の地面を灰色の液体で埋めて言葉通りに変化。
ただし武器や防具で使うような完璧に固めたような状態ではなく、水あめのような粘度を備えたそれは、入り込んだ相手の機動力を奪う事を主体に置いている形態だ。
「捉えた!」
足首を埋める深さの粘液に身を浸し、積を置き去りにしていたアラン=マクダラスの姿が視界に移る。
即座に戦いを終わらせるための必殺を二本の斧を重ねて打ち込んだ積は、
「むん」
「ちっ!」
易々と期待を裏切られる。
死に体の男が繰り出したなんの変哲もないただの振り上げ。それがあまりにも容易く、自身の一撃を吹き飛ばしたゆえに。
「アンタもうグロッキーだろっ。さっさと沈めよっ」
「悪いがそうはいかん。まだやることが残ってるのでな」
続けざまに錬成する数多の武器が瞬く間に弾き飛ばされる。
神経をすり減らし、致命の一撃を全方位から狙う針が刀で『防がれる』のではなく『弾かれ』、間を縫うように繰り出される攻撃が積の余裕を奪っていく。
「う、がはぁ!?」
「どうやら内に響く衝撃までは防げんようだな」
野生動物の猛襲のように繰り出された拳が積を捕らえる。表皮ではなく、その奥に控える臓器が捻じれ、多量の血を吐き出す。
「原口積」
「あぁ…………?」
体を小刻みに痙攣させ、僅かに屈む若者を前に、しかしアラン=マクダラスは追撃は行わずじっと見下ろす。
ワックスで固めた真っ黒に染めた髪の毛。遺品である学ランに兄譲りの鋭い瞳。細かい部分にまで目を向ければ、他にも似通っているところはそこかしこにあるだろう。
「どれほど真似ようと、お前は原口善にはなれはしない」
だが、偽りである。
どれほど真似ようと、どれほど取り繕うと、目の前の少年は兄に成り代わることはできやしないと彼は断言。その言葉を前に俯き気味の積は唇を噛むが、今だけは文句も悪態も口にしない。
わかっているのだ。
男が口にした言葉がこちらの集中力を欠くためのもので、今最も重要なのは目の前の男を倒すことであるのだと。
「く、そがぁ!」
だが、遠い。あまりにも。
血こそ大量に出ているものの致命傷に至る傷は至っていない己に反し、アラン=マクダラスの負傷はとても深い。既に語った通り、あと一撃でしっかりとしたものを叩き込めば終わるはずなのだ。
しかし届かない。
どれだけの攻撃を繰り出しても、どれだけの攻撃を防いでも、秒針が進むごとに『勝利』の二文字から離されていく。
その事実を痛感し、思い知らされるのだ。
これが、これこそが『超越者』の位相の存在であると。
一握りの強者の中のさらに一握り。戦人集う惑星『ウルアーデ』において、最も恐れ敬われる立場の存在の真価であるのだと。
自身の前に立ち塞がる分厚い壁。その一翼を目の前の男も担っているのだと理解し、
「負けられねぇよな。絶対に!」
だからこそ超えたいと彼は思う。
仲間達に胸を張れる自分になるために。
この戦いを生き残るために。依頼を完遂するために。
なによりアラン=マクダラスが口にした事実。
未だ遠くにいる兄の背中に、少しでも追いつくために。
原口積という存在は今、これまでの人生で初めて、心の底からその称号を求めていた。
「うぅ」
「!」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そしてそれは、この土壇場で彼を支える力になる。
兄である善が最後の戦いで見せた練気の最も原始的な活用法。さほど強力なわけではない。しかし確かな効果を実感できる『肉体の強化』を積は今この瞬間に会得し、目前の強敵への距離を詰めていく。
「ちっ」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
拳を幾重にも叩き込まれようと、刃が胴体を貫通しようと、口から多量の血を零そうとも、『輪廻巡鉄』を回し続けながら、前へと進む足を動かし続ける。
「貴様ッ」
一歩ずつ、一歩ずつ、自身が相手と同量かそれ以上の負傷を負いかけていることさえ考慮の外に置き、ジリジリと迫っていく。
振り抜かれる刃を虚空に生み出した鋼鉄の盾で防ぎ、撃ち出される拳は手の甲に纏っている籠手で明後日の方角へ流す。
無論全てに対処できているわけではないが、瞬きを一度するごとに立ち塞がる壁に罅を入れていき、
「「――――――――」」
砕く、目の前に立ち塞がる壁を。
数多の傷が肉体に刻まれた。それにより致死量に至るほどの血を流した。潤沢であったはずの粒子は枯渇しかけ、聞こえる音は全て遠く、視界はぼやけてはっきりしない。
それでも、拳は目の前の男の心臓を確かに捉えていた。
「…………………………やはり温い。その拳は、お前の兄には遠く及ばない」
「……………………………………………………うるせぇよ」
時が止まったかのように、拳を突き出した者と受けた者は微動だにせず、静かな言葉の応酬だけが二人の世界を包み、
「…………………………………………………………………………………………………………だが悪くない。釈然としないが認めてやる。お前もまた、人の域を超え、た」
ついに限界を向けた男が空を見上げるように崩れ落ちたところで世界は再び動き出し、
「……………………しっ」
勝者となった若者が震える自身の体を丸め、荒い息を整えると、握り拳に顔を埋めながら短く呟く。
それは彼が勝利した印であり、仲間達に胸を張れるようになった瞬間であり、
遠くにあった背中が、ほんの少しとはいえ近づいた証左であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
少々長くなりましたがこれにてVSアラン=マクダラスは完結!
そして彼が語った通り、積もついに康太やゼオスと同じラインに到達です!
といっても先が長い『超越者』の道。
各勢力の代表者たちはもちろん、その上にはアラン=マクダラスを一蹴できるシュバルツも控えているという事実。彼にはこれからも頑張ってほしいものです。
さて次回はついにクライマックス。四章前半戦、ラストフェーズに向かいます
それではまた次回、ぜひご覧ください!




