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LV『超越者』 二頁目


 次の衝突で勝敗を傾けると腹を括ったことはすぐにお互いすぐに察知することになった。

 全身を突き刺す冷たい感覚。これまで以上に強烈な対象の意志が、刃となり己が肉体に触れたのだ。


「はぁ!」


 事態が動く。先手とばかりに持っていた鎌を、積が勢いよく投げつけたことで。

 それはアラン=マクダラスへと向けまっすぐに飛来するのだが、接触するよりも早く個体から液体へと変貌。

 アラン=マクダラスの視界を埋める膜となるように広がっていく。


(次だ!)


 この隙に積は自身が最も使い慣れた鉄斧を足元の液体を素に二本生成すると、手にしていた鉄槌を投げ捨て、強く握りながら疾走。

 アラン=マクダラスが一歩も動いていない事を地面に垂らした液状化した鋼鉄により感知すると、挟み込むような勢いで二本の鉄斧を振り抜いた。


「……………」

「やっぱ躱すよな。この程度!」


 無論この程度の仕掛けが決まるなど、積とて考えてはいない。

 しかし今重要なことは様々な方法で相手の余裕と精神を削り決定的な隙を生み出すことで、積はさらに一歩前進しながら追撃。

 振り下ろされた刃は盾のように構えられた神器により防がれ、


「なにっ!?」


 そこで積の予想に反した事柄が起きる。

 攻撃をした側である自身の方が、体の至る所に傷を負ったのだ。それこそ刃と化した火花にふれたように。


「刀にへばりついた鋼鉄はまだ取れてないはずだろうが!」


 言っている間に繰り出される斬撃を防ぐたびに全身の皮膚が引き裂かれ、その奥に隠れた血肉がはじけ飛ぶ。


「あれは……………」


 異変の正体に気が付いたのは数秒後。瞬く間に百を超える裂傷が全身に刻まれた後の事である。

 アラン=マクダラスが握っている刀。それを包み込んでいる鋼鉄のさらに上から、視認しにくい何かが包み込んでいるのだ。


「氷か!」


 事の真相は瞬く間に。さらに二度三度と衝突を繰り返すことで、白日の下に晒される。


「切れ味が劣ったままなことに変わりはないが、これで能力の効果を発揮できる地盤はできた」


 アラン=マクダラスが行ったのは至極単純。鋼鉄により包まれた自身の神器を、自身が発した粒子で凍らせただけだ。

 このような事をしたところで、アラン=マクダラスが握る神器が打撃武器と化した事実に変わりはない。けれど積が付着させた鋼鉄と比べ遥かに脆い氷のコーティングは、何かと衝突する度に氷の破片を飛び散らせ、鋼鉄に包まれる前ほどではないにせよ、元々の効果に近い性能を発揮できるようになっていた。


「いっけぇぇぇぇ!!」


 築き上げた有利な盤面が崩されかけている。そう自覚する積であるが、多量の裂傷を負うことになったとしても、今この場で退くことの意味が分からないほど愚かではない。

 目の前の難敵相手に勝利を掴むため、戦場の様々な場所に設置しておいた布石。すなわち『輪廻巡鉄』の破片に飛び散った灰色の液体。それ等を勢いよく軌道させ、アラン=マクダラスへと向かわせていく。


「無駄だ」

「なっ!?」

「自動発動型の力を見下したことに対しては謝罪しよう。ものは使いようだな」


 だが思ったような成果は叩き出せない。

 伸びていった鋼の槍は、アラン=マクダラスへと届く直前に現れた六角形の氷に防がれる。


「く、そ」

「まさかとは思うが、俺がこの程度の事さえできないと思っていたのか? 急造なことは認めるが簡単な仕組みのものならば造作もない」


 歯噛みする積に対し、六角形の守りの奥から憐れみの声を投げつけるアラン=マクダラス。

 防がれ砕けた破片は地面に触れるよりも早く新たな刃となり襲い掛かるが、その全てが六角形の守りにまたも阻まれ、


「万策尽きたか? ならば攻守を交代させてもらおう」


 自身の有利を確信した黒い影が、もう一つの黒い影へと向け動き出す。

 手にしていた刃を『自身こそこの戦場の主である』とでも主張するように荒々しく振り抜き始める。


「う、おぉっ!」

「無駄な事を続けるか。粒子の無駄遣いでしかないぞ?」


 なおも四方八方から放たれる積の妨害も全て防ぎながら、絶え間ない斬撃が積へと降り注ぐ。

 回避に徹する積はしかし、その全てを躱しきることはできず僅かずつではあるが生傷を増やしていく。


「あぶねぇっ」

「………………地面から足首に刺さる物までは防げんな」


 幸運だったのは、全ての兵装が無効化されているわけではないという事。

 氷の守りさえ挟むことのできない足元からの攻撃に対してだけはなおも無力であり、アラン=マクダラスの足首に鉄の杭が突き刺さり、袈裟に斬るはずであった斬撃は空を切る。


「畜生っ」


 無論空を切った際に生じた衝撃は斬撃となり積の元へと飛来。

 それを真横へと跳ね躱した積が反撃を行うが、やはり氷の壁が阻み続ける。


「く、そ!」


 状況は誰の目で見ても明らかだ。そしてそれは、実際に現場で戦っている積とて十分に理解している。

 ならばこれ以上前に出ることはできないというのが彼の判断で、迫るアラン=マクダラスを前に後退するしかない。


 これにより趨勢は決まった。


 刃に纏っていた鋼鉄による脅威の大幅衰退。四方八方から襲い掛かり主の援護をするはずであった『輪廻巡鉄』。この二つを対処された積が接近戦でアラン=マクダラスに勝てる道理はなく、少しでも距離を離すため足掻き始める。


「自動防御の効果が攻撃だけに対してだと? 隙間を埋める事さえできないと? そんなわけがないだろう」


 動きを阻害するため『輪廻巡鉄』の形を『杭』や『棘』などの攻撃ではなく、『縄』などの捕縛する形にして全方位から囲うように迫ると、それに対応するように六角形の守護は展開される。

 展開された守りの隙間を縫うように砂のように細かい鉄の弾丸を撃ち出しても全て阻まれ、積の劣勢は延々と続き、


「諦めろ。詰みだ」

「消えっ!?」


 戦いの終わりを告げるように発せられた言葉と共に、アラン=マクダラスの姿が消える。

 『放出型』の練気によるジェット噴射。推進力を用いた高速移動は積の目では捉えきれず、消えた瞬間さえ察知させず気が付いた時には真横に。


「むん!」

「ぐ、がっ!?」


 『放出型』の力による推進力も加えた上で、バットのフルスイングのようなフォームで振り抜かれたアラン=マクダラスの一撃は、積が反射的に展開した幾重もの鉄の守りさえ退け腹部に直撃。

 切れ味こそないものの打撃武器としての効果は十分にあり、多少威力の低下こそあったもののモロに受けた積は体をくの字に曲げながら後方へ。

 今度は衝突の前に態勢を整える事さえできず、後方にあった木の幹に体を叩きつける。


「……………まだ邪魔をするか。いや自動操縦の効果が残ってるだけか。なんにせよ諦めた方がいい。無駄だからな」


 木の幹からずり落ち、草原にドロドロの血液を吐き出し、立ち上がることさえできず四つん這いの状態で痙攣を繰り返す積。彼は顔を真下から真正面へと向け持ち上げ、


「あぁそうか」


 そこに浮かんでいたのは強気な笑みであった。

 未だ勝算は掌の中にあり、勝負を諦める理由はない事を示す感情であり、


「……………」

「アンタ。もう限界がすぐそこなんだな」


 積の指摘を聞いたところで、無表情は貫かれたままである。

 しかし今、アラン=マクダラスは確かに、一度ではあるが自身の心臓を大きく跳ねさせた。





ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


互いの手もどんどん晒され、VSアラン=マクダラスも大詰めへ。

積が勝気な笑みを浮かべ、アラン=マクダラスが鼓動を跳ね上げた理由は?

なおも残されている積の勝機とは?

決着はもうすぐ!


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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