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原口積と輪廻巡鉄(リバイバルメタル)


「――――来い」


 普段よりも格段に低い、トンネルや洞窟から響くような声が原口積という若人の喉奥から溢れる。

 と同時に生じた変化は積の足元から。

 少々の光沢を備えた灰色の液体が音もたてずに広がっていき、アラン=マクダラスが警戒して身構えている前で、積を中心として少々の深さを伴った水たまりを形成。


「行け!」


 続いて主が鋭い声を発した直後、沸騰した湯のような水泡が生じたかと思えば、目の前にいるアラン=マクダラスへと向け一部が、細長く伸びると獲物に襲い掛かる蛇のように疾走。

 その速度は音を超えており、瞬きすらさせる暇なく距離を詰めていき、


「これがお前の言っていた切り札か? だとするなら期待外れもいいところだ」


 静かに、微塵も動じず、アラン=マクダラスはそれを斬り伏せる。


「……………斬ったな」

「む」


 がしかし、その瞬間に彼は想定外の状況に陥る。

 飛来する物体。彼自身が推測するに鋼の塊を斬り裂いた際の感触が、想定と大きく違う。

 彼の予想では固い感触が訪れた後に真っ二つに斬り裂かれるはずでそれらは、予想に反し刀から伝わる感触は皆無に等しい。

 表現するならば飛んでくるホースの水を斬ったようで、抵抗というものを微塵に感じない。


「固まれ!」


 これでは何の意味もないのではないかと思ったアラン=マクダラスであるが、足元に鋼の液体を敷いたまま弧を描くように動き出した積の次なる指示。それを聞き事の真相を知る。

 自身の神器にへばりついた液体状の鋼鉄。それがズシンとした重さを訴えてくるのだ。


「……………相手の行動を阻害する類の力か」


 顔の至る所に古傷をこしらえた歴戦の猛者アラン=マクダラス。彼の推測は正しい。

 積が繰り出した先の一手。それはアラン=マクダラスの持つ神器の刃を包み込むと凝固。

 刀という武器が当然のように備えていた切れ味は皆無となり、コーティングするように包み込んでいるため、これまで溢れていた火花は散らなくなった。加えて腕にのしかかる重さを考えれば、その脅威は大幅に削れたと見ていいだろう。


「だが本当に、たったこれだけでのことで俺とお前の差が埋まったとでも思っているのか?」

「ちっ!」


 だとしてもアラン=マクダラスは断言できた。

 ここまでの事をされてなお、趨勢は自身に傾いているままだと。

 確かに今の積の一手は見事なものであったが、それでも手にしている神器が、何物にも砕かれない鉄の棒として機能している事には変わりはない。


 となれば根本的な膂力の差を見せつけるように距離を詰め、これまで通りに絶え間なく攻撃を打ち込んでいけば勝負は決まると彼は把握していた。


「くそっ!」


 その思惑は間違ってはいない。事実少々の重しが付いた今でも積を圧倒できるだけの力を彼は所有しており、火花の脅威がなくなった今でも、積は防戦一方で反撃に転じられない状況であった。


(固いな)


 とはいえ変化はある。防御の手が増えたことだ。

 先ほどまで積を守るものは両手に掴んだ鉄斧と鉄槍の二つであったのだが、今はそれに加え足元に敷いている液体が加わっている。

 これは時に壁として、時に先端を尖らせた鉄柱としてアラン=マクダラスの行く手を阻み、積の守りを強固にしていた。


 「攻め切れない」それがアラン=マクダラスの抱いた率直な感想である。

 ただそれは今のまま攻撃を続けた場合であり、彼には十分な余力があった。

 その余力を更なる攻撃に傾ければ均衡を崩すことが可能であると予測した彼は、その意志を示すように一歩前に踏み出し、


「なに!?」


 姿勢を崩し、鋭い刃のような瞳を見開いた。

 反射的に足元を見てみれば前に出した右脚は自身の足元まで伸びてきていた灰色の液体を踏んでおり、凍った地面に踏み込んだように滑っていた。


「行くぜ!」


 訪れた好機を積は見逃さない。

 空中に数多の短刀を生成すると勢いよく打ち出していき、その後に続き自身も前進。

 鉄斧と鉄槍を強く握り、この勝負を制するため全身全霊を込める。

 

「ちっ!」


 ことここに至りアラン=マクダラスは自身の持つ神器が切れ味を失っている事実を悔いた。

 本来なら迫る鉄斧と鉄槍など易々と斬り裂けるはずであったのだが、今はそんな簡単な事さえできない。


「調子に乗るな原口積。お前程度、止めれる手段はいくらでもある」


  ただその程度の足枷を補えないほど、『裏世界』の実権を握っていた男は脆弱ではない。持ちうる手札は未だ数限りなく、それを示すように己が神器が青白い光を帯び、その状態のまま一振り。


「氷の壁か!」


 刃は積に到達することはなかったが、通った道には分厚い氷の帯が生成され、積の撃ち出した弾を阻む障害へと変化。防壁としての役割を終えると、積が更なる一手を撃ち出すよりも早く氷の帯は砕け、その奥から神器『散華琥珀丸』の能力で実体化した残像が、積の首へと迫った。


「見たところ自動障壁の機能を有しているようだな。相手の足を奪う機能も含め、防御方面に偏らせた兵装と言ったところか」

「あぶねぇなオイ!」


 それが積の首に触れるよりも早く、彼の足元から登って来た灰色の液体が上へと弾き、いつの間にか真横まで詰めていたアラン=マクダラスの斬撃が同じタイミングで積の胴体へ。

 こちらは持っていた二本の武器で防ぐものの、押し負けた積の体は吹き飛び、ほとんど花が咲いていない草原の上を転がっていく。


「迎撃も自動で行うか。どうやら他にも様々な機能を付随しているようだが……………愚かだな。弱者が相手ならばそれでいいかもしれんが、組み上げたシステムが起動するよりも叩く動ける者ばかりの『超越者』相手では、ただの案山子でしかない。思考停止以外としか言いようがないぞ」


 その後を追従する灰色の液体は積が地面に衝突するたびに血の代わりに地面に付着し、アラン=マクダラスの行く手を遮るように弾丸となって飛来。だがその悉くが悠然とした足取りで迫る男に弾かれ、憐れみを感じたような声が耳に届く。


(んなこと俺だってわかってるってんだ!)


 その返答として積は内心で毒づく。

 なにせ積が新たな力として修得したオリジナルの粒子術『輪廻巡鉄リバイバルメタル』の元となったのは、ガーディア・ガルフが所持する神器『白皇の牙』だ。

 変化する形のバリエーションはもとより、変貌した物質の強度。何より様々な形態に変化する際の速度が比べ物にならない事は骨身に染みている。


「なら、勝負するのは別の面にしなくちゃな」

「なに?」


 だからこそ、積は同じ土俵には立たないと決めていた。自身が新たに会得した力の真価は別の場所にあるべきだと考え、何度かバウンドを繰り返し態勢を整えたところで迫る刃を真横に回避。

 これまでと同様に周囲に無数の弾を展開し、足元に敷いている液体の範囲をアラン=マクダラスの足元まで伸ばしていきながら鉄槍を投げ捨て新たに鉄斧を生成し、


「おう―――らっ!」


 体内に溜まっていた空気全てを吐き出すような声を発し、二本の得物をアラン=マクダラスの脳天へ。

 同時に背後に敷いた弾全てを惜しげもなく打ち出していく。


「無駄だ」


 その全てをアラン=マクダラスは防ぐ。

 脳天へと迫る二つの凶器は持っている神器でしっかりと防ぎ、迫る弾丸は分厚い氷の壁を形成することで易々と阻止。

 滑って態勢を崩すのを嫌い、足裏を敷かれた灰色の液体を貫くことが可能な強度の氷の杭でしっかりと保護すると、返す刀で積の心臓へと狙いを定め、


「っ」


 そこで痛みを覚え、視線を下へ。

 見てみると先ほどは足を滑らそうと広がっていた灰色の液体は、今度は得物を射抜く無数の杭へと姿を変えており、アラン=マクダラスの足首を貫通。そのまま盛り上がるとアラン=マクダラスの姿勢を崩し、


「貰った!」

「ちっ」


 訪れた勝機を逃さぬように積が足元に敷いている液体も交えながら追撃。

 姿勢が崩れたことで思うように力が入らないアラン=マクダラスの守りはこれまでよりも遥かに脆く、


「調子に乗るなと言ったはずだ」


 それでも間に挟まるように現れた氷の壁が、さほど力を籠めず振り払った神器が変貌させた三日月の斬撃が、積の足を止めた。


「これ以上好き勝手にはさせ――――――っ!?」

「賭けだったが安心したぜ。流石に周囲に気を配れるだけの余力はなかったようだな」


 姿勢を整え直し一転攻勢に出ようとするアラン=マクダラスだが、彼は足首に続いて強い衝撃を全身の至る所に覚える。

 その正体は背後からやってきており、前方にいる積に注意を配りながらも背後を振り返ったところで彼は見た。

 自身の後ろに置いてきていた小さな灰色の水たまり。

 先ほど積がバウンドする際に零し、迎撃に用いた残り香から伸びる鋭利な刃物が、自分の背に刺さっている光景を。


「これ、は!」

「こっちも色々考えてるってことだ!」


 積が新たに会得した粒子術『輪廻巡鉄リバイバルメタル』。

 その真価は体から離れた後でも指示を出せるという事。

 つまり一度場に出せば、いついかなる時でも自分を援護する鉾にして盾になり得るということだ。

 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


アラン=マクダラスのターンから転じ積のターン。今回は前回とは逆に積が会得した切り札の紹介回です。

といっても今回だけで語れない性能なので続きは次回から始まる派手なドンパチで。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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