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アラン=マクダラスと不朽の刃


(出血がひどい! ものすごく痛い! だけど……………傷は浅いっ!)


 全身に数えるのも馬鹿らしくなるほどの傷が瞬く間に刻まれる最中、原口積は己の脳を酷使する。

 与えられたダメージの量に、己が体の各部が思い通りに動くだけの余力があるかどうか。そして目の前の男が使う不可思議な力。すなわち手にしている神器が秘めている能力の正体の考察に対し。


(康太から貰った鋼属性の箱が機能したら最高だったんだがな。そこまでは求められねぇな!)


 欲を言えば、考察など必要ない結果。つまり手渡された神器で対処できる類の力であることが好ましかった。

 だが期待は脆く崩れ去り、そうなればやはり、正体不明の能力の解明は急務である。

 とはいえ積は既に見当はつけていた。後は詳細を詰めていくだけであり、


「全体的に甘いな」

「っっっっ」


 当然ながら、アラン=マクダラスが積のそんな事情に付きあう義理はない。

 大量の鮮血を吹き出した積が一歩横にズレた直後、手にしていた刀の神器を振りかぶり、目にもとまらぬ速度で真下へ。

 積はそれを寸でのところで躱し、続く薙ぎ払いの連続の半分を躱し、半分を受ける。


(全部じゃない! 半分だ! とするなら効果の発動は接触時! その上で神器の能力無効をすり抜けるとするならそれは――――――)


 一撃一撃が与える傷は浅い。

 しかし同じ場所に十、二十、それ以上に重ねられれば傷は深くなり、痛みと出血が体の動きを鈍くする。

 結果ほんの数秒の交錯で積は己の全身を真っ赤に染め、


「ッ!」

「血達磨だな」


 片膝をつき荒い息を吐き出したところで、冷徹な瞳で見下ろすアラン=マクダラスがそう言い放つ。

 彼からすればそれは勝鬨に等しいその発言は、次いで『おとなしく首を差し出せ』という意味合いを含む言葉に繋がるはずであった。


「お前の力は……………」

「?」

「火花を……………鋭利な刃物に変える力だ」

「……………ほう」


 しかし発せられるはずの続きは飛び出ず、代わりに発せられたのは、短い相槌と僅かに目を細めるという反応である。


「武器同士をぶつけた際に出る火花の量が普通より多かったの、あれもその力を発揮させるための特徴だな。で、その火花が消えるよりも早く実体化して、対象の体に接触。おそらくめちゃくちゃ鋭利なんだろうな。こうやって鋼属性の硬化さえ食い破って、相手を切り刻むってわけだ」


 攻撃をしてこないアラン=マクダラスを前に積が言葉を綴り続け、敷いている真っ赤な芝生を踏みしめながら立ち上がり、顔にべっとりと付着した自身の血を拭い取る。

 すると露わになったのはなおも戦闘続行の意志を秘めている青年の強気な表情で、


「…………………………本当にそれであっていると思うか?」


 その姿を前にしても、アラン=マクダラスは微塵も動じない。

 真正面にいる挑戦者をなおも冷たい眼差しで見つめ続け、内心を悟らせない冷たい声色で突き放す。


「……………」


 そうなれば冷や汗を流すことになるのは立ち上がったばかりの積の方で、表情こそアラン=マクダラスと同様なれど、明らかな動揺が汗となって頬を伝う。


「真偽のほどは――――」

「!」


 積がそのような態度を取った理由は、自身の推測が的外れな物であったからではない。むしろ確信を得た故であり、


「己の体で知れ」


 前傾姿勢になったアラン=マクダラスが着ていた黒のコートをはためかせながらそう告げ、体内に溜まっていた空気を絞り出すような息を吐く。

 直後にその姿は掻き消え、気づいた時には積の背後に。

 慌ててその場から跳躍した積が目にしたのは、先ほどまで自分がいた空間を白刃が通り過ぎた光景で、一呼吸つく暇もなくアラン=マクダラスは前進。

 自身の身を空中に放り投げた積へと向け距離を詰め、ガラ空きになっている首へと向け振り上げた刃は放たれ、


「これはっ!」

「足元が草だらけでよかったよ。おかげでトラップが敷きやすい!」


 けれど届かない。

 目標である積の数歩分前を通り過ぎる。

 そのような結果になったのは告げた通り積が設置した罠が原因で、先ほどまで積がいた場所から伸びた分厚いワイヤーがアラン=マクダラスの片足を絡め捕り、攻撃をする際に行う踏み込みの勢いを大きく削いだのだ。


「お返し、だ!」


 生まれた隙を逃さぬように、空中を蹴り目前の対象へと迫る積。

 無論その道を阻むようにアラン=マクダラスが動こうとするのだが、その程度の対応は積とて十分に予想できた。であれば行く手を遮るために手を尽くすのも当然の事であり、積の左右から撃ち出された銃弾の嵐が、アラン=マクダラスに余分な手を使わせる。

 こうして攻撃を通すだけの隙を作り出した積は地面に着地しながら更に前へと歩を進め、


「っっっっ!」


 大きく踏み込み渾身の一撃をお見舞いしようとした瞬間――――――――後退した。

 それは康太のように無意識のうちに危険を察知した故ではない。


「………想定よりかなり早い反応だな。とするなら………………先ほどの無意味な駆け引きの意味も変わってくるな。あれはこの展開を作るためのものか」


 事前に建てていた予想。その『悪い方』が当たっていたゆえだ。


「火花だけじゃ、ないんだな」

「そうだ。俺の持つ刀の神器『散華琥珀丸』の持つ能力の名は『残影刃』。刃が発した火花だけではない。攻撃するにあたり通った軌道を、振り抜いた際に生み出される衝撃を、巻き上げる土埃を、いやこの刀から生じるありとあらゆる物体を、鋭利な刃物へと再生成する」


 続く言葉は彼の予想が正答であったことを示すものであり、しかし積は喜べない。

 必要のない情報をわざわざ語った理由。それが『得た情報を誰かに伝えるまでもなく殺す』という死刑宣告であると理解している故で、


「駄賃にふさわしい情報のはずだ。それは死者の国の番頭にでも渡すといい」


 アラン=マクダラスの猛攻がそこから始まる。

 これまでの火花だけを変化させた、いうなれば能力を秘匿するための生半可な物ではない。

 手の内を晒したゆえに行える、全身全霊、火山の噴火を想起させる猛攻である。


「クソ!」


 刃を受ければ自身の身を引き裂く火花が散る。

 そう理解しているため積は回避に徹する。

 だが他のあらゆるものまで刃と化すのならその程度の抵抗にどれほどの意味があるというのだろうか。


 手にしていた神器が発した風圧は無数の細かな斬撃となり積に前進する暇を与えぬ壁となり、地面に刺した切っ先を持ち上げれば、細かい砂は火花よりも小さく細かい刃の雨に。砂埃は見た目こそ変わらぬものの触れれば切れる切れ味を備えた障害となり、そうして積の逃げ場を奪ったところで、アラン=マクダラスは速度に特化した一撃を撃ち込み、積の身を斬り裂く。


「ク、ソ!」

「様子を見たところ自身の兄を真似ているようだが、似ているのは格好だけだな。いや纏う雰囲気や恰好も近いが、肝心要の実力が足りなすぎる」

「……………言ってくれるじゃねぇか。なんだ。アンタ俺の馬鹿兄貴を知ってんのか?」

「過去に一度刃を交えた事がある。その実力は、お前とは比べ物にならないものだった」


 袈裟に斬られ、深手ゆえこれまで以上の勢いで血が落ちる。すぐさま治療術を使いながら市販店では売っていない特注の縫合剤を体に塗るが、それでも血は完璧に止まらず、口から粘着性のある血を吐き、再び膝をつきながら積は思い知る。


 これが『超越者』の位相に座す者。多くの戦士たちが憧れ、目指す、一つの到達点に至った者。

 兄が居座っていた、自身が目指さなくてはならない場所。


「戦ったことがあるのか。結果は?」

「……………話す理由がないな」

「そうか。なら、ここでアンタに勝てりゃ俺もあの馬鹿兄貴に随分と近づけたってことになるよな」


 その事実を知り積は不敵に笑う。

 自身が背中を追っていた男に辿り着ける近道。それが思わぬところから現れたのは存外の喜びであり、


「確かにそうだ。だがその推測に何の意味がある。これから死ぬお前が兄に近づくことはない。いや、あの世でなら顔を合わせられるか」


 真っ白な刃の切っ先を向け、淡々と語るアラン=マクダラスの大前提を前にしても、それは変わらない。なぜなら、


「意味ならあるさ。なんせ、こっからが本番だからな」

「なに?」

「考えてみろ。アンタの能力については事前にある程度予測してたんだぜ。もちろんその厄介さについてもだ。となりゃ、その対策くらい建てるだろ?」

「………………対策?」

「あぁつまりだ――――――『とっておき』を持ってるのは、お前だけじゃねぇってことだ」


 アラン=マクダラスが隠していたように、積もまた隠していたのだ。

 盤面を自身に有利な状況へと覆せる、とっておきの切り札を。


 


 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。

遅くなってしまいましたが本日分を更新。前回話していた通りのアラン=マクダラスの真骨頂発揮回。

個人的には『最強』という称号ではなく『便利』や『最良』の方が似合う能力。

まぁ何をしても人を傷つける事しかできないので、現代ではやっていけない気がしますが


さてさて次回は積の覚醒回。首を長くして待っていてくださればありがたいです。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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