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勝利の形 二頁目


 ヘルスさん。一つお願いがある――――


「………………さてと」


 自身が撃ち出した渾身が死神の全身全霊を打ち破り、結果地に這いつくばる死神。

 その姿を見つめながらヘルスは神妙な顔で考える。この戦いが始まるより前に積からされた『頼み事』について。

 それはただ時間を稼ぐよりも遥かに難しく、こうして勝利を確信できる状況になってなお実現困難な願いであり、


「………………いや、もしかしたら行けるか?」


 やや渋い顔をしたヘルスであるが、そのタイミングで天啓が舞い降り、俯き気味であった顔を持ち上げ、


「!」

「この俺の前で死に晒せぇ!」


 彼は目にする。自分の視界を埋めるように飛来する攻撃の嵐を。


「いやっ、むしろ都合がいいか!」


 目と鼻の先まで迫っている、当たれば自身の命を奪うに値する攻撃の数々。しかしそれらは己が役目を果たせない。

 ガーディア・ガルフに次ぐ反射神経。すなわち『現代最強』と呼ぶにふさわしい反射神経を得たヘルスは、数多の攻撃が肉に食い込むより早く後退。なおも躱しきれないものは手の甲で明後日の方角へと弾き飛ばし、視線を攻撃の繰り出された方角へと向け目にする。


「なるほど。回復術も一通り覚えてるってことか」


 体の至る所に傷跡を残しながらも、少なくとも動き回るために必要な最低限の処置は終えた死神の姿を。


「見たところ疲労の回復は専門外か。それならちょうどいいな」


 とはいえ万全ではないのは口から吐き出される荒い息を目にすれば一目で察せられ、終わったはずの戦いがまだ続いているこの状況を、ヘルスは頭を抱えるべき事態とは思わず『好機』と考える。


「おぉぉぉぉぉぉん!!」


 桃色の空と色とりどりの花が咲き誇る大地。楽園・理想郷と称されても何ら不思議ではない世界に怨嗟の怒声が木霊し、その声に呼応し数えきれない量の攻撃が死神の身から溢れ出す。

 その量と威力には目を見張るものがあり、追尾性能のついた攻撃がない以上、先ほどまでと同じく躱すのが得策であることは誰の目で見ても明らかである。


「バルキルド!」


 だが彼は、ヘルス・アラモードは余人が選ぶ道を選ばない。

 目前に迫った脅威の数々を前に、先ほどのように躱すことはせず、迎撃の道を選ぶ。


「ライ!」


 手段は先ほどまでと変わらぬ神の雷。しかしてその形は『トール(砲撃)』ではない。

 内に眠るもう一つの人格から与えられた力の形はただ一つ『トール』のみだ。そのためあらゆるものを斬り裂く『ソード(斬刑)』は作れず、回避不能かつ迎撃用に用いられる『リフレクト(結界)』は形にすることさえできない。

 だとしてもヘルスにはもう一つだけ使える『手』があった。


「キャノン(乱撃)!」


 それは『砲撃』の延長に存在する絶技。ヘルスの周囲に展開された無数の砲身から撃ち出される、敵対者に絶望を運ぶ忌み名であり、


「お、おぉぉぉぉぉぉ!?」


 蒼の中に僅かな黒が潜んだ雷。その乱射により蹂躙される己が力の数々を前に死神は声を漏らす。

 それは死神が撃ち出した攻撃の全てを捻じ伏せてもなお続き、彼は情けない声を上げながら慌てて回避行動に移行。

 数秒後、自身の寿命が勢いよく減っていったのを感じ取りながらも砲撃は当たらず、彼はなんとか生き延びた事を理解し、


「バルギルド・ライ・ゴット!」


 気を取り直し攻勢に出ようとした瞬間。

 晴れ行く土煙の向こう側から聞こえてきた青年の声。目にした蒼と白の混じった神の姿。そして肌を『刺す』どころか『貫く』感覚。


「あ、あぁぁぁぁぁぁ」


 その全てを脳が正確に認識した瞬間――――絶望した。

 他者に死を運び続けた結果『死神』という異名を与えられた男は、真逆の立場になった瞬間、喉奥から赤子の鳴き声に似た声を上げ、全身を震えさせた。


「今度こそ――――終わりだ」


 それほどの威圧感がヘルスの背後に佇む存在。すなわち一つの属性を司る神には存在しており、


「あぁ~~~~~~………………」


 緩慢な動作で踵を返し、かと思えば涙と鼻水それに涎を垂れ流しながら、彼は勢いよく走りだす。


「ひぃぃぃぃぃぃ~~~~」


 周囲を埋め尽くす、この世の終わりを示すような蒼い砲撃。その数々を前に彼の心臓は肉体から飛び出す勢いで跳ね、足はもつれ、顔面から大地に衝突。

 それにより死の気配がより一層自身へと迫っているのを把握し、同時にこのままでは逃げ切れないという事実にも達する。


「こ、こんなところにいられるかぁ~~~~~~!」


 ゆえに彼は逃げる。

 地の果てにさえ安全な場所はないと痛感すると完全に理性を失った声を零し、懐のポケットからある物を取り出す。


「!」


 それこそヘルスが積から頼まれていた物。戦力不足の現状を解決させる唯一の手段に繋がる一手。


 すなわち、元の世界とこの世界を繋ぐ『鍵』である。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 上半身裸の、履いているズボンさえみすぼらしい物にした死神は手にしたもので虚空を指し、時計回りに九十度回転。

 すると夢の中のような世界に似つかわしくない惑星『ウルアーデ』の日常光景が目の前に現れ、彼は躊躇することなくそちらに移動。


「そいつを渡せ!」

「!?」

「そうすりゃ、お前を見逃して……おっとぉ!」


 空間が閉じるよりも早くヘルスは死神に追いつき、できるだけドスの効いた声をあげようと努力すると、最後まで言い切るよりも早く手にしていた鍵が投げ飛ばされる。


「無理難題だったがなんとかなったな」

おまえ、今のやり方は…………

「ん? ああ。やっぱ分かったか。俺を命がけで助けてくれた、一番かっこいい男のやり口だよ」

チッ!


 今ばかりは優先事項を何とかするため邪魔者である死神を見逃すだけに留まるヘルス。

 彼の脳裏にもう一人の自分の声が届いたのは直後の事で、ヘルスは少々意地の悪い様子で返答。すぐさま強烈な舌打ちが聞こえるが、


「まずは場所の確認だな。そっからジコンに急いでいかなくっちゃな!」


 心胆が冷える思いはあれどヘルスはそれを無視して前進。

 その姿にはやるべきことを全て果たしたゆえの充実感が満ちていた。




「今のうちにいい気になっとけクソカスが」


 その心境を肌で感じ取りながら、内部に潜むルイン=アラモードはほくそ笑む。

 

「わかってんのか? いやわかってねぇんだろうな。自分が導火線の火を点けたことによぉ」


 彼は此度の戦いで大きな収穫を得た。

 自身の力の一部を明け渡すのと引き換えに、外の世界と繋がるだけのパスをうっすらとだが通したのだ。

 これにより彼は底の底に沈み声さえ届かない状態から、外の景色を把握し、主人格であるヘルスに声を届ける事ができるようになった。

 ほんの僅かな力の譲渡でこれだけの浮上できたのだ。笑みが深くなるのは当然だ。


「くだらねぇ平和主義者。テメェは好きなだけ動き回れ。そして窮地に立て。そのたびに俺様は力を貸してやるよ」


 これが二度三度、五度六度と続けばどうなるか?


 その答えは明確にはわからない。


 しかしルイン=アラモードは既に確信を得ており、その瞬間を想像し、深海のように暗く息苦しい場所で、場にふさわしくない笑みを浮かべた。




「蒼野君! 康太君! 優君! ゼオス君! それに…………え? 誰だアンタ?」


 物語は次なる段階へと進む。

 異世界へと続く鍵を持ったヘルスが急いで向かったジコン。

 そこで目にしたのは全身を黒いフードで包んだ謎の人物が、今しがた自身が呼んだ面々に話を持ちかけ始めていたタイミングで、


「……なるほど。私の出番はなしですか。残念。ここで縁を繋ぎたかったのですがね」

 

 しかし彼は突如として現れたヘルスが持っている物を把握するとそのような事を呟きながら姿を消し、


 その場にいた半数が意識をいきなり現れた謎の存在へ。もう半数が自分へと注ぐのを感じ、


「死神の奴から鍵を盗んだ! これを使えば積君のいるあの世界に行ける!」


 大急ぎで走ったことによる疲労と先ほどまでの戦いにより蓄積した疲労さえものともせず、手に入れた戦利品を堂々と見せつけながら目の前へ。


 瞬く間に四人が歓声を上げ、ヘルスが再び門を開くと決戦の地へと踏み込んでいく。




 これらは積がヘルスと別れてから十数分後に起きた出来事である。






ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


VS死神、完結。

振り返ってみると本当にヘルス側の圧勝で、しかもルインは本当に一部の習熟度しか渡していないんです。

なので本物のルインはさらに強いです。圧倒的です。

クライシス・デルエスクに比肩すると言われるくらいは、ですが。


さて、次回以降の更新についてなのですが4月10日まではお休みをいただきます。

それ以降は4章前半戦を一気に畳みかけると思うので、よろしくお願いいたします!。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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