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『裏世界』の極 二頁目


「薄々感づいてはいると思うんだけどな。死神の相手はヘルスさん一人でやってもらうことになる」

「…………まぁ気づいてはいたよ。気づいてはいたさ。でもやっぱ堂々と言われるとクルものがあるなぁ」


 遡ること数分前、ウェルダの力を奪わせないための最終決戦に参加するメンバーが決まり駆けだした際、積は具体的な作戦内容に関して詰めていた。


「相手方の戦力として残ってるデカい札はアラン=マクダラスに死神の二人だ。その上で時間が限られてるとなれば、こうなるのは仕方がねぇだろ」

「まぁそうなんだけどさ~」

「…………不安か?」

「そりゃな。俺の見立てではあれってシュバルツの旦那とタメ張れるレベルだぞ。撃破じゃなく時間稼ぎでいいって優しさはあるけど、荷が重いとは思っちゃうよ正直」


 ただ快く受けられるかどうかと言われれば口にした内容と声色から察せられるもので、


「それに関しては、目が曇ってるとしか言えんな」

「え?」


 しかしそんなヘルスの推測をナラスト=マクダラスは否定し、同意するように積が頷く。


「待ってくれ。それって一体どういうことで………………」


 唯一場の空気から取り残され、実際に戦いを挑むことになるヘルスが困惑し、速度を緩め二人と肩を並べると詳細を求めるが、ナラスト=マクダラスも積も、迅速な移動を優先し説明することもなく直進。

 目的地であるマクダラスファミリーの本拠地に至るとそれ以上伺う暇もなく、別れる前に二言三言交わしヘルスは死神と対峙することになった。


「………………どうだ?」


 そして今、ヘルスの打ち込んだ蒼い雷が目標を正確に射抜く。

 それは並みの者ならば易々と沈められる破壊力を秘めていた一手であり。


「なるほど。いい。確かにいい。中々のものだ」

「!」

「だが、俺の座す領域には至っていない」

 

 逆に言えば一握りの存在。すなわち埒外の怪物ならば耐えられるもので、蒼い雷から勢いよく飛び出しヘルスの目の前に迫る男がどちらであるかは発せられる声、そして砂煙から現れた姿が示していた。


「なぁっ!?」


 その姿、そして速度にヘルスは舌を巻く。

 目立った損傷がなく黒いコートが破れた程度で済んでいることも驚きなのだが、死神は光属性を代表とした速度の強化。それに何らかの能力を使った痕跡なく光の速度に到達。


「お返しだ。死にたくなければ避けるんだな」


 瞬く間に距離を詰めると鍛え抜かれた右腕を持ち上げ、掌を何かを掴むような形へと変え、目前のヘルスへと向け突き出す。


「う、おぉぅっ」

「ほう!」


 だが彼が相手する存在。すなわちヘルス・アラモードという男もまたほんの一握りしか存在しない埒外の存在であり、思わぬ結果と速度に動揺してなお、自身へと迫る攻撃を躱すだけの余力があった。


「ははっ。ならばこれはどうだ!」


 上半身を右に傾け躱したヘルス。そんな彼へと向け死神は更に一歩近づき、乱暴な動作で右腕を振り回す。


 その回数、およそ五千回。


 一瞬のうちに行われたそれら全てが、触れれば命脈が断たれる死の塊であると悟ったヘルスは回避に徹し、


「うぉっと!」

「これも避けるか。中々だな」

「『裏世界』最強の存在に褒められるとはな。トロフィーにでもして飾れるかもしれないなっ!」


 そこでヘルスの双眸は死神が左手に掴んでいたトランプが消滅したのを確認。

 身に纏う白い雷の量を増やし一気に後退すると、直後に先ほどまで彼がいた場所に全身を包めるサイズの木槌が叩きつけられ、その衝撃が地面を揺らす。


「まぁいらないけどな!」

「む!」

「蒼雷!」


 それが反撃の合図であったかのようにヘルスは声を上げると同時に前進。

 先ほどの死神に並ぶ速度で目標の死角を奪い、相手が振り返り手刀を打ち込もうとするより数手早く蒼い雷を右の掌に宿し、圧縮。

 右拳を突きあげると纏っていた蒼い雷は円柱へと変貌し、死神を包みながら桃色の空を昇っていき、


「白雷!」


 続けて撃ち込んだ貫通力に特化した白い雷の弾丸が円柱の中に潜むシルエットを幾度も射抜く。


「トロフィーか。確かにそれもいいかもしれない。しかしそういう事なら、お前にはもっと似合うものがある」

「なっ!?」

「墓に刻まれる碑文だ」


 それらは間違いなく直撃している。

 シロバのように風の膜で受け流すこともなければ、ガーディアのように躱したりもしていない。


 だが効いていない。


 死神はヘルスの放った攻撃全てが直撃したにもかかわらず、痛覚を感じないミレニアムのように飛び出し、驚きから勢いよく後退するヘルスへと肉薄。

 その身に光属性を纏っている故か、今度はヘルスとの距離を瞬く間に縮め、


「刻む文章はこうだ。『この者、神の手により堕つ』」


 再度攻撃を開始。

 鋭さ、速度ともに先ほどの勢いを超えており、歯を食いしばり脂汗を流しながらヘルスは回避し続け、


「捕まえたぞ」


 しかし今回は逃げきれない。死神の掌はヘルスの着ている服の襟を掴み、何らかの抵抗をされるよりも早く引き寄せると握り拳を頬に叩きつけ、


「いやいや、これはわざと捕まったんだよ」

「………………なに?」

「それと、刻む文章が違う。正確には『罪を清算するため努力したヘルス・アラモード。老衰死を成し遂げる』だ!」


 するとヘルスは、『ニッ』と戦場の空気に似つかわしくない小生意気な笑みを浮かべる。

 なぜなら『襟を掴まれた』という結果は彼が策を弄した結果であり、頬から伝わる衝撃の大半を自身の体を独楽のように逆時計に回して流したうえで、凄まじい勢いの回転をそのまま攻撃に転用。


 回転の勢いを乗せた踵は死神の顎を正確に捉え脳を揺らし、僅かにだが彼の肉体を宙に浮かせ、


「!?」


 同時に着地した直後に歪むのだ――――ヘルス・アラモードの見ている景色が。


「な、に?」


 ヘルスは今、間違いなく自分の策が成功した実感があった。それは正しい。

 さらに言うならば、如何に強烈な回転が自身の身を襲ったとはいえ、超一流の彼が目を回して平衡感覚を失うということはない。


 ではなぜ彼の視界が歪んだかと言えば実に単純。

 九割以上の威力を削いでなお、死神の一撃は分厚い衝撃を伴っていたのだ。


「いや」

「っ」

「やはりお前の墓に刻むのは俺の選んだ言葉の方が正しい」


 対する死神は脳を揺らされた影響は微塵もない様子で、嘲笑いながら近寄ると乱暴な動作で飛び膝蹴りを一発。

 覚束ない自身の肉体ではうまく回避することは厳しいと感じたヘルスは攻撃をその場で耐えるのを諦め、わざと吹き飛ぶよう重心を後ろに預け道を選び、


「な、あぁ!?」


 衝撃は再び訪れる。


 腕を交差させ簡易的な守りを敷いた彼の身に訪れた衝撃。

 それはヘルスの肉体を想定をはるかに上回る勢いで吹き飛ばすと二度三度と花園の中をバウンドさせ、砕ける事が決してない家屋に勢いよく衝突。

 ヘルスの体内に宿っていた空気が絞り出され、脳が危険信号を発し続けていることを認識しながら咳き込む。


「な、俺の方が合ってただろ?」


 その結果を当然のものと受け入れ、なおかつ意地の悪い笑みを浮かべる死神。

 動き出す彼の纏う練気には早くも勝負を決めてしまおうという意思が宿っており、


「あ…………あんた、今自分の事を神って言ったな。随分な言い草だが、なんか根拠はあるのかい?」


 体に迸る衝撃を和らげたいと思ったヘルスが咄嗟に言葉を紡ぐ。

 そこにさしたる意味はない。ただの時間稼ぎに過ぎなかったのだが、


「根拠、か。おかしなことを聞くが………………普通に生きていれば、いやどのような生き方をしたとしても、出会えることなど終ぞないのが通常か。いいだろう。冥土の土産に教えてやる」

「?」

「ヘルス・アラモード。お前は――――――この世界で最も尊い種族を答えられるか?」


 その質問は彼の琴線に触れ、嬉々とした様子で語り出すのだ。


 誰も知らない『裏世界』の極の正体を。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


ヘルスVS死神開幕。

序盤はまぁ小手先程度の様子見。もっともヘルスは結構ガチめに足掻いて、その上でいなされていますが。


さて次回は死神と呼ばれる男の強さの秘密。

全編通して類まれなる才についてです。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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