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『裏世界』の極 一頁目


 一目見た瞬間から抱いた疑問が積にはあった。

 至極単純な話として『なぜあの秘境に通じる門が開いているのか』というものだ。


 アラン=マクダラス達からすれば、目的を達成することに専念する場合積達をおびき寄せる必要は全くない。

 自分たちが入った後にこの場所に通じる扉を閉めれば、邪魔者のない状態でやるべきことをやれるはずなのだ。


 この事実の裏に潜む思惑を不気味に思った積は、けれどすぐに明確な答えを叩きつけられる。


「『裏世界』の………………死神っ!」

「死に場所が桃源郷と評することができる場所とはな。これまで数えきれないほど殺してきたが、お前たちほどの贅沢物は中々いない」


 彼らの視線の向かう先。こちら側と向こう側を繋ぐ朱色の橋の手すりに背を預け、クツクツと底意地の悪い笑みを浮かべているのは、『裏世界』において絶対に出会ってはならないとされる最悪の個。

 さして変わった風貌をしているわけでもなければ着ている服も黒を基調とした没個性なその男は、しかし瞳孔が縦に切れた翡翠色の瞳だけは異彩を放っており、


「さて………………まずは復習だな」

「っ」


 ガーディア・ガルフと比較しても強烈な重圧。悪意を掌の形に塗り固めて叩きつけるような衝撃を受ければ、積とヘルスは以前のように跳ねのけるために全神経を注ぐことしかできず、最強最悪の門番が立ち塞がった事実を実感せざる得ず、


「むぅん!」

「え?」

「………………なに?」


 されどただ一人、二人とは違う感想を抱いていた者がいた。

 それは積とヘルスの二人に着いてきていた老人ナラスト=マクダラスで、気合の入った声を上げると自身だけでなく周囲、つまり積やヘルスにかかっていた練気さえまとめて吹き飛ばし、彼らに『自由』の二文字を与えた。


「………………?」


 鳩が豆鉄砲でも食らったかのような表情を浮かべる死神。

 

「………………あの~つかぬことをお伺いしますが、今の、そんな簡単に跳ね除けられる重圧じゃない気がするんですけど?」


 衝撃を受けたのは彼だけではなく、彼と肩を並べていた積とヘルスも同様で、想定していなかった展開を前にヘルスの口から困惑の言葉が零れ、


「まぁな。とはいえだ、千年前に対峙した時のガーディア・ガルフやシュバルツ・シャークスの重圧はもっと凄まじかったぞ。それを思えばこの程度」

「俺らはそっちについても知ってるんですけどねぇ!?」

「理由は知らんが手加減でもされてたんだろ。もしくは無駄に範囲でも広げたか? なんにせよあいつらが使う『威圧』の練気はもっと洗練されてたぞ」

「………………えぇ~~」


 色素の抜けた髪の毛をオールバックにしている老人の発言に対してヘルスはなんとも形容しがたい反応しか返すことができなかった。


(洗練………………原石)

 

 しかし積は違う。

 警戒しているのか『死神』がすぐには攻め込んでこないことを理解すると、広い視界で物事を俯瞰し、所持している情報を振り返り、既に構築していた作戦と照らし合わせる。

 結果、


「…………なんにせよだ。最初の難関はうまい具合に突破できた。ここからは、予定通りに行くぞ」

「………………そうだな。ここまでうまくいったんだ俺も腹を括るよ。あいつは――――」


 予定通りに計画を進めることを告げ、それを受けヘルスが自身の頬を平手で叩く。


「あぁいや、待ってくれ。そこだけは変える。ヘルスさん――――――」

「へ?」


 ただ末尾に関してだけは考えを変え、それを堂々と言われたヘルスは目を丸くし、


「――――――来るか」


 死神が自身の肌で開戦の瞬間を感じ取り、朱色の橋のど真ん中に陣取ると、


「行くぞ。一発で決める!」


 直後、肩を並べた三人の疾走し事態が動く。


「まっすぐに来い。相手をしてやる」


 先へと通じる道を絞るよう、死神は自身が立つ朱色の橋以外のスペースに雷の滝を敷く。

 

「意外だな。俺を前にして正面突破を躊躇なく選ぶか」


 その威力は見るものの呼吸を奪うほどの音と威力を秘めており、彼から逃走の道を選ぶ者がいたとすればこの時点で心から屈服したであろう。そうでなかったとしても、力の差を示された上で正面から攻める道を選ぶしかなかったはずだ。

 しかし今ここにいる三人は違う。

 朱色の橋を選ぶ足取りに迷いはなく『最初からその道を選ぶ予定だった』と示すようにまっすぐに進んでいる。


「いいだろう。ならば俺も相応のもてなしをしよう」

「――――神器か!」


 対峙する死神が頬を裂くような笑みを浮かべ着ている黒のコートのポケットから取り出したのは、54枚ワンセットの鋼鉄で出来たかのような鈍い輝きを帯びたトランプで、彼を包み込むように動き出し円の軌道を描き始めたかと思えば、そのうち一枚が彼の手に。


「最初の一枚からこれか。運がないな」


 『ポンッ』などという栓が抜けるような軽快な音を発すると彼の手には身の丈を超える真っ黒な鎌が握られており、小さく跳躍しながら先頭を走る積の頭部へと一振り。


「壁か。小細工を」


 脳天目掛け躊躇なく振り抜かれるはずだったそれは、しかし自分と積を繋ぐ道のあいだに鋼色の壁が敷かれると目標を見失い、それでも振り抜いた結果、積の肉体から三十センチほど離れた位置の地面にぶつかり火花が散った。


「頼んだヘルスさん!」

「ちっ。誰がこの場から去ることを許可した!」


 そのまま脇を通り抜けるとナラストもそれに続き、死神は自身に対し背を向ける二人を注視。

 彼らを背後から斬り裂こうと腕を乱暴に持ち上げ、


「させねぇ!」

「邪魔を!」


 振り抜かれるよりも先に万物を貫く、光の速度をした白い雷の弾丸が彼の胴体へ直進。


「くだらん!」


 素早く一歩二歩と横にずれ、そのまま体を朱色の橋の手すりに預けると、目の前にいるヘルスを無視して新たに一枚のトランプを掴み、消滅。


「伸びろ! 射抜け!」


 銀の穂先の真下に真っ赤な布をつけた飾り気のない槍は死神の指示に従い伸びていき、まっすぐ進行するには邪魔であった木製のベンチに触れ、


「!?」


 そこで彼は驚愕の色で顔を染める。何者も阻むことができないと腹を括っていた自身の一撃が、どこにでもあるようなベンチさえ貫けず弾かれたのだ。


「この場所にあるものは建物だけじゃなく家具や調理器具。それにそこらへんに生えてる木やら花さえ信じられないくらい固いんだけどさ」

「貴様!」

「見たところ、そんなことも知らないみたいだな。あんたは」


 予期せぬ衝撃を受けのけ反る黒い凶報。

 彼の背には既に攻撃態勢に入っていたヘルス・アラモードの姿があり、


「ぶち抜け! 神の雷!」


 掌に溜めて人一人包める大きさの弾丸と化していた蒼い雷は、完璧なタイミングで投擲され『裏世界』最強の体を飲み込んだ。



 




ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


VS死神開始。

少しばかり久しぶりに来た桃色の空のもと、戦いは始まります。

なんとなく理解していただけるかもしれませんが、ここだけ三章レベルの戦いになります。


勝負の決め手になる要素、積が建てた作戦。

待ち受けるアラン=マクダラス。

様々な要素が絡み合う最終決戦第一試合、結構細かい部分まで攻めていければと思うので、楽しんでいただければ幸いです


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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