古賀蒼野と尾羽優、森を駆ける 六頁目
「これで敵のボスを倒して増援が来たとしても、戦力は大幅ダウンっと。じゃあそろそろ行きましょうか」
「ああ」
捕えられていた面々との会話から10分後、蒼野と優の二人は武器庫の内部から現れた。
二人が滞在していた武器庫の内部は見るに堪えない程荒らされており、部屋にあった武器は一つ残らず、使えないよう壊し尽くされていた。
「その前にもう一度確認しとこう。俺達の動きがばれたら最悪だ」
付近にあった部屋に入り、渡されたマスターキーをかざす。すると部屋の壁に居住区の全体図が現れ、馬二頭の健康状態から、居住区の損傷具合、内部で動いている人間の位置の確認など、様々な事が一目でわかる画面が現れた。
中でも重要なのは一人一人の配置情報で、蒼野と優、それにこの居住区を乗っ取っている『馬脚の尖刃』の動きをリアルタイムで確認できるため、3階の武器庫に到達するまで、彼らは人とすれ違う事なくここまで来ることができた。
「現在地は3階の奥。ここから上に上がるための隠し通路はないわね。まあそこまで怪しまれてないし、さも仲間ですーって表情で進みましょ」
「わかった」
優と蒼野が周囲の様子を伺いながら今いる部屋を後にし、管制室へと辿り着くためにエレベーターの前まで移動を始める。
そうして細心の注意をはらい移動するが、これもまた道中誰とも合わずにエレベーターの前に到着。
蒼野がボタンを押し、エレベーターがここにやってくるまでその場で待つ。
「ところで管制室にいる相手の戦力ってどの程度の強さなんだろうな。数についてはマップの反応を見るに10人程度だけど、人数差で圧殺されるほどの戦力かな?」
「話を聞く限りそこまでの強者はボスのグランマ・アマデラだけみたいね。けど大丈夫。こう見えてアタシ、腕っぷしには自信があるんだから。アンタが雑魚の相手をしている間に、アタシが親玉を外に追いだせばそれで終わりよ」
安心なさいなとでも言うかのように優がシャドーボクシングを行い、蒼野に語りかけ快活に笑う。
「ありがとな」
そんな二人の間にやってきたエレベーターには誰にもおらず、多少警戒しながら乗り込み、4階に向かうためのボタンを蒼野が押すと扉が閉まる。
そうして外界から隔絶されたのを理解し、蒼野が素直な気持ちを優に伝えた。
「いきなりどうしたのよ?」
扉が閉ざされ世界から孤立する二人。
彼らの他に誰もいない空間で、蒸れて息苦しかったヘルメットを脱ぎ顔を合わせると、蒼野が頭を下げて優にそう告げた。
「たとえ一人だったとしても、俺はここの人達を助けに行ったと思う。人が死ぬのを無視することなんてできないからな。けどここまで物事が順調に進んだのは優のおかげだ」
「馬鹿ね、何言ってるのよあんた」
「?」
最大限の感謝を心に籠めそう語る蒼野であるが、それに対し優はニヤリと笑う。
「さっきの奴らにも言っておいたんだけど、そう言うのは全部終わってから言う台詞よ」
「はは、そうだな」
僅かな間を置いて、音一つ立てずに上昇を続けていたエレベーターが止まり扉が開き、ヘルメットを被った状態で、エレベーターから出る二人。
「!」
「これって」
エレベーターから出て廊下に出た瞬間、日常生活ではそう嗅ぐことのない、しかし覚えのある匂いが彼らの鼻を襲い、二人同時に顔をしかめた。
「優」
「ええ」
軽口を叩いていた両者は唾を飲み込み、一切油断をせず周囲に意識を向けながら先へと進み、
「っ!?」
管制室前の角で僅かに顔を飛びださせ、その先に広がっていた光景に目を見開く。
扉の向こう側では、蒼野と優が確認したと思わしき10人程の人物の死体があり、彼らの体から出た血しぶきが壁や床を濡らしていた。
二人の鼻を襲った血のにおいの原因が何か、それを見れば明白であった。
その景色の中心に一人の男立っていた。
刃物のような鋭さの眼光に右目に付けられた十字の古傷。綺麗に整えられた顎髭に、天に向け逆立てた銀髪。
彼は自身が着ている、緑色の線が左肩から右脇にかけて入ったカソックについた血痕をはらい落とし、管制室にある機械を弄り続けていた。
「優、あいつ」
「ええ、情報にあった首魁、グランマ・アマデラと違う」
そう口にしながらも優が視線を別のところに移し周りを探っていたところで目にしたのは巨大な右腕。
それを辿り先を見たところで目を細める。
鼻から上の皮膚がめくれ髪の毛が抜け落ち、骨と脳の一部が露出した頭部。
それに加え顎に生やしている正三角形を真逆にした形の髭を見て、それが彼らが危険視していた相手、グランマ・アマデラである事を理解する。
「お、おおぉぉぉぉ。ラ…………ルル殿」
「ム!」
倒れていた巨体のうめき声に、男が振り返る。
「な、なぜこのような事を?」
二人は知っている仲?
予想だにしなかった事態に混乱しながらも尾羽優は事態の最も穏便な方法を考える。
これまで優が考えていたイメージは、ギルド『馬脚の尖刃』が盗賊に襲われたというシナリオ。ゲイル達を襲った『馬脚の尖刃』が、別の勢力に制圧されたという状況だ。
管制室のガラスが割れた様子に、凄惨たる惨情を考えれば、それが最も確率が高いと踏んでいたのだ。
「まだ生きていたのかグランマ。流石、体自慢なだけのことはある」
しかしグランマに対する男の返答が、二人が赤の他人ではない事を匂わせており、彼女は現状の案を頭の外に放り投げ、主観を交えず冷静に状況を見守る。
「そして何故、か。全く困った事をしてくれたものだ。まさか貴族衆の御曹司に手を出すとは。考えなしに突き進んでいく性なのは昔からとはいえ、賢教全体を巻きこむことはできん」
賢教と言う言葉に、蒼野と優の動悸が早まるが、同時に今回の件における重要点を思いだす。
今回被害にあったのがただの商人ではなく『貴族衆の一員』であったという事実。
それを念頭に置き今この状況を考えると、
「トカゲのしっぽ切り…………て所かしら」
組織の一人に責任を押し付けて全てをやり過ごそうという腹積もり、そんな考え真っ先に浮かんだ。
そうなった場合自分たちはどう立ち回るべきか、というところなのだが、このまま見過ごして、この馬車から出て行ってもらうのを待つという無情な答えが頭に浮かぶ。
「さらばだ、グランマ・アマデラ。我らが神の元へと、一足先に向かいたまえ」
「や、やめるのだライクルル。我らは邪教の者共に負けていない!」
ここで自分が手を出せば隣にいる蒼野をも巻きこんで危険な状態に戻ってしまう。
そう自分に念じ助けに出たい気持ちを必死に堪え、少女が訪れる瞬間から目を背ける。
「なに?」
そうして言葉と共に巨体へと振り下ろされた腕を――――――――不可視の刃が貫いた。
ライクルルと呼ばれた男が、グランマが、そして優が、突然の出来事に動揺し、攻撃を行った者を見る。
「その人から離れてください」
そこにいたのは震えた足に活を入れ必死に立ち上がり、心臓が跳びだしそうになる衝動を必死に抑え相手を見据える少年、古賀蒼野。
突如現れた第三者にその場にいる面々が驚く中、
「んで、この場から消えてください」
震える体を必死に抑えこみながら彼はそう口にした。
ご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
本日分の更新についてですが、明日か明後日に連続投稿する話との調節のため、少々短めになっています。
その分、連続投稿の際の内容は濃くなっていますので、ご理解いただければ幸いです。




