兵どもが夢の跡
天へと向け伸びた円柱の巨塔が崩れていく。
重苦しい音を周囲に響かせ、剥がれ落ちた壁の破片を、螺旋階段の部品を、展望台にあった展示物や望遠鏡を地上へと落としていく。
「………………あまり長くはもたないか」
いち早く立ち上がったのは勝者であるゼオス・ハザードで、顎にこびりついた血を乱暴に拭った彼は、脇腹を抱えながらさほど離れてない位置にいるエクスディン=コルへと視線を注ぎ、かと思えば頭上を見上げる。
「………………ぐぁっ!」
そのタイミングで、此度の戦いにおいて最も大きな被害を受けていた場所。
すなわち自身の切り札を浴びたエクスディン=コル周辺の床が崩れ、彼は抵抗することなく共に落下。
いや真実を述べるなら、今のエクスディン=コルは抵抗することができなかった。
全身にやけどを負い、四肢が再生しきっていなかったのだ。これは当然の結果と言えるだろう。
「はっ、このバカでかい塔が丸々俺の墓ってか! 悪くねぇじゃねぇの!」
ただ当の本人、すなわちエクスディン=コルは、自身に降りかかるこの結末を覆そうという気はなかった。
なにせ彼は、己が悪鬼外道の類であると理解している。
そしてそのような輩が辿る結末というのがロクでもない事も十分に承知していた。
戦場で無様に野垂れ死ぬことや貧困が原因であっけない死を迎えることなど優しいもので、恨みを買ったことで凄惨な死を迎える事や、目を覆いたくなる拷問で精神的な死を迎える者も当然のように存在する。
それと比べれば瓦礫の山を墓標として利用できるのは存外悪くない結末であり、その顔に歪な笑みを浮かべ瞳を閉じ、彼は最後の瞬間を享受する姿勢を見せる。
自分の周りへと落下する大小さまざまな瓦礫の破片。それが自分の身を呆気なく潰す瞬間を待ち構え、
「………………勝手に死のうとするな」
「………………………………………………はぁ!?」
そこで彼は耳にした。自分の側から聞こえる声を。
己を打ち負かし、既に去っているはずの男の声を。
驚きから目を開けば思った通りの人物が自分の身に降りかかるはずであった瓦礫を斬り裂いており、
「……跳ぶぞ」
「ま、待て待て。お前なんでっ」
考えるよりも先に口を開くが、ゼオスは有無を言わせぬ物言いをするとエクスディン=コルの胴体に触れ能力を発動。
神器を掴んでいない彼はその影響を受ける事となり、気が付けばその身は能力の使い手と共に崩壊しかけた塔から外部へ。
「ゼオス!」
「お前その傷………………いや待て。お前が掴んでるそいつは!」
「…………話はあとだ。蒼野、こいつの傷を治してくれ」
すぐそばでは蒼野と康太の二人が肩を並べ、少し離れた位置には怪我人の治療をしている優の姿が。
さらに周りを見渡せば自身が駆使した機動兵器の残骸が転がっており、レオンと鉄閃の二人が周辺の安全確認をしているのも見て取れた。
つまりここは己が目的のために襲撃したジコンであることが分かり、
「正気か? それとも変な角度で頭をぶったか? そいつを助ける理由がオレには微塵も思いつかねぇんだがな?」
となれば殺気を撒き散らす古賀康太の発言は当然と言えるもので、敵の言うことながらエクスディン=コルも納得しており、
「………………」
それでもゼオスは一歩も引かない。
むしろ康太と戦争犬のあいだに割り込む盾となり、驚いたことに自分を守っているのだ。
「……お前が守ってるそいつは、世界中で問題を起こしてるお尋ね者だ。『十怪』だ」
「………………知っている」
「そいつのせいで数えきれねぇ人が死んだ。その数十倍の人らが悲しんだ」
「………………だろうな」
「そこまでわかってるなら――――――なんで庇ってんだよお前はよぉ!」
粉々に砕かれた故郷のど真ん中で猛る康太の発言は、全て事実だ。
エクスディン=コルを前にすれば、程度の差はあれど誰もが彼の死を望むだろう。康太のように吠えたてるだろう。
その圧はすさまじいもので、並みの者ならば怖れから道を譲るであろうが、ゼオスは一向に退く様子を見せず康太を見つめ、
(最後の最後に俺にツキが回って来たか?)
その裏でエクスディン=コルはほくそ笑む。
(馬鹿なやつだよ。お前はほんとに!)
エクスディン=コルは敗北した。これは間違いない。
だがしかしそれは、ゼオスを殺せる手段がなくなったというわけではない。
彼は未だに周囲一帯を爆発させるだけの秘策を体内に隠し持っており、自身の身を犠牲にすることで、ゼオスを巻き込むことができた。
「………………どうせ奴は監獄塔行きだ。そうなれば表舞台には関われまい。辿る結末が同じならば、生かかしていても問題ないはずだ」
「そういう事を言ってんじゃねぇんだよオレは!」
そう判断した後の彼の行動は迅速だ。
まず周囲の状況を確認する。
ゼオスと康太は己が意志を通すために言葉を交え、優はゼオスの負傷を治すために回復術を駆使している。
レオンと鉄閃に至っては離れた位置にいるため、すぐにこちらには戻って来れそうにない。
残る蒼野はこの状況に混乱しており、突如自分の罪を認める様子を示したエクスディン=コルを警戒しているが、指先の動きまで捉えられている様子はない。
「なんで! そこまでして! その外道を生かそうとしてるかって聞いてるんだよ! そんな理由なんざ、一つもねぇだろうが!」
これならばこちらの動きを咎められる事はないであろうと察するとエクスディン=コルは動き出し、その途中で康太の発した言葉に内心で同意し、
「………………………………………………………………いや、理由ならある」
「なに?」
「………………………………俺は、こいつに………………………………………………………………恩がある」
けれどその動きが、止まる。
ゼオスが発した意外な言葉。それを聞き、視線を自分を守るように立ち塞がる背中に向け、彼は耳にするのだ。
「恩だと? お前がこいつにか?」
「………………………………業腹ではあるが、幼少期の俺が生き延びられたのはこいつが色々な技術を叩き込み、寝床と十分な食事があったからだ。つまり………………こいつと出会わなければ俺はどこかでのたれ死んでいたはずだ」
かつて共に過ごした青年の思ってもいなかった告白を。
「…………他の誰かにとってこいつは、生かすに値しない外道なのだろう。それは間違いない。だが俺にとってこいつは………………………………認めたくはないが命の恩人だ」
その言葉は苦々しい色を帯びているもののなおも止まらず、
「………………そんなこいつの命を………………俺は………………………………一度だけ助けたいと思った」
最後に至る頃には実に拙い口調で、しかし絶対に曲げるつもりはないというような意思を感じさせる声で、爆発寸前であった康太に対し言い切り、
「ゼオス。お前は………………………………っ」
「………………逃がすつもりは毛頭ない。一生監獄塔で哀れに生きるのが当然の報いだという気持ちにも偽りはない。だが………………ここでこいつの命を奪うのだけはしたくない。それが俺の本心だ」
優がゼオスの失っていた足首を治し、傷も一通り修復するとしっかりとした足取りで立ち上がり、康太をまっすぐに見据えそう言い切る。すると康太は何も言い返せず彼を睨み返し、
「引こう康太」
「蒼野っ!?」
「ゼオスの言う通りだ。ここで殺さないにしても、エクスディン=コルは間違いなく監獄塔で一生を過ごすことになる。それなら辿る結末は同じだ。もう二度と、世間様には迷惑をかけられない」
「………………ちっ!」
蒼野の一押しを聞き、自身の神器から手を離す。
その光景を見て、エクスディン=コルは毒気を抜かれた。
「ハハ、マジかお前ら。揃いも揃って馬鹿ばかりか」
「あ?」
「そう凄むなって。褒めてんだよ。悪かねぇってな」
それこそ今しがた自分が行おうとしていた最後の一手を手放すほどに。
「――――――あぁ。悪かねぇ」
醜く足掻くのを止めた理由に理屈はない。本能に従った結果である。
けれどゼオスの発言を聞いた後、彼は思ってしまったのだ。
「そこまで必死にやるほどの事じゃねぇ」と。
「お二人にこいつの搬送をしてもらっても?」
「それはいいがお前たちはどうするんだ?」
斯くして戦いは終わりを迎える。
神の時代を象徴するがん細胞の如き男エクスディン=コル。
世界中に影を落としていた戦狂いはレオンと鉄閃に連れていかれることとなり、別れ際に行われた質問に対し、しかし彼らは思うように答えられなかった。
蒼野やゼオスはともかく康太や優は既に把握しているのだ。
決戦の地が数週間前に死闘を演じた桃色の世界であると。
そしてその場所に行くことがあれ以来敵わなくなってしまっていたのだと。
「失礼。少しよろしいでしょうか?」
レオンと鉄閃、それにエクスディン=コルが消えて少ししたところで途方に暮れる四人。
彼らの前に新たな人物がやって来たのはそんな時の事であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
深夜の更新となってしまい大変申し訳ありません。
これにてVSエクスディン=コルは完全終了!
4章だけでなく全章通してみても色々な意味を持った話ですので、気に入ってもらえたのなら幸いです。
さてそれはそうと話の舞台は次回から積・ヘルスサイドへ。
彼らが辿る道とは。そして引き離された蒼野達の元にやって来た相手とは?
4章前半戦、クライマックスへと向け進みます!
それではまた次回、ぜひご覧ください!!




