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Over Limit 二頁目


 自身が勝てば『お前なんぞその程度!』と馬鹿にでき

 自身が負ける。すなわち死を迎えれば『結局お前は人を救えない!』と最後の最後に嘲笑える。


 ゼオスと同じ土俵に立った時点で、勝っても負けてもエクスディン=コルは己の目的を達成できることを確信していたのであるが、舞台にはこだわった。

 最下層から屋上に至るまでのあらゆる場所に接触型のトラップや己の思考に反応し起動する兵器を仕込み、ゼオス迎撃の準備を整えた。


 とはいえその程度の目論見が警戒されるのはエクスディン=コルとて十分に予期していた。

 実際ゼオスはこの場所に訪れてすぐ、最上階へと続く直通のエレベーターを使わず螺旋階段を使い、周囲の確認を行っていた。


 その目を掻い潜れた仕組みは、全ての仕掛けに施していたON/OFFのスイッチで、OFFの状態の場合、仕掛けた兵器は全てこの世界とは別の特殊な空間に送り込む仕組みであった。


 これらも彼が『商人』から入手したアイテム。

 現代では未だ開発するに至っていない所謂『ロストテクノロジー』にあたる品々なのだが、『事前にしっかりと確認した』と思い込んでいたゼオスに彼が施した仕掛けは実に効果的であった。


「………………っ!?」


 エクスディン=コルが右下奥歯に仕込んでいたスイッチを右上の奥歯でしっかりと押し、細長の塔全体に施していたトラップ全てを具現化すると、己が意志一つで起動するレーザーが発射される。

 周囲への警戒を最小限に留めてエクスディン=コルへと迫っていたゼオスはその不意打ちを躱しきれず、拳を握り持ち上げた状態の彼は心臓に迸る衝撃を受け硬直。


 この瞬間、エクスディン=コルは勝利を確信した。

 薬の効果切れによる敗北を狙われた時には様々な思いが胸中を渦巻き焦ったが、それでも最後には勝利した事実に満足し、薄ら笑いを浮かべながら崩れ行く愛弟子に別れの挨拶をしようと口を開き、


「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「あ、あぁ!?」


 彼の思い浮かべた未来が、青年のらしくもない咆哮より捻じ伏せられる。

 次いで痛みや逆流する命の源すら思考から放り捨て、ゼオスが己が得物をしっかりと握ると、最大まで強化されたエクスディン=コルの目でも追いきれぬ速度で刃を繰る。


「て、めぇ………………」


 瞬く間に四肢が胴体から外れたエクスディン=コルの喉から戸惑いが漏れ、


「無駄なことをすんじゃねぇよぉ!」


 けれどそれほどの絶技さえもエクスディン=コルは否定する。

 なぜなら今の彼は心臓や脳を含め瞬く間に再生する無敵の肉体を秘めており、斬った側から肉が蠢き、元の形へと帰還し、


「あぁ!?」


 そのタイミングで彼は気が付いた。取り外された四肢が思ったようにくっつかない。

 理由はゼオスが剣に纏った紫紺の炎で、切断面は絶対零度により凍り付き、即座の再生を阻止する。


「っっ!?」

「ばぁぁぁぁぁぁぁかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 俺が床になんの仕掛けも施さないとでも思ってんのかテメェはよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 このまま延々と攻撃を続ければ、エクスディン=コルは制限時間終了まで四肢を失った達磨になるはずだ。

 ただそのために更なる追撃を仕掛けようとゼオスが一歩踏み出すと、ゼオスの全身に衝撃が。

 素早く視線を発生源である下に向ければ、神器により強化された右足首が地雷が起こした埒外の爆発により吹き飛んでおり、ゼオスが前のめりに崩れかけ、しかしなおも手は緩めぬと肘打ちを敢行。

 それは両足が戻りこそすれ両腕がまだつながっていないエクスディン=コルの胴体に吸い込まれると、彼を壁に叩きつけた。


「無駄無駄無駄むだぁ! 今の俺にんなチンケな攻撃が効くわけねぇだろうがぁ!!」


 がしかし、意味はない。

 男が声にする通り痛覚どころか脳に奔る衝撃さえ全て消し去った彼にその程度の攻撃が通用するはずもなく、両腕を取り戻すと勢いよく前進。

 コンマ一秒もかけることなくゼオスの目前に迫り勢いよく撃ち込んだ蹴りは、ゼオスの延髄目掛け弧を描き、ゼオスはそれを腕に嵌めている籠手で防御。


「……いや十分だ。これでこちらも残弾全てを使える」

「あ?」

「愛着、と言うべきなのだろうな。修行の末ではなく買ったものだからすぐに手放すし、無くなったことにさえ気づかない」

「!!!」


 睨み合いの最中、淡々とした様子でゼオスが語りエクスディン=コルが遅れて気が付く。

 自身が身に着けていたはずのサバイバルナイフ。

 神器と化したそれがいつの間にか手元から離れてると。


「あ、あの時!」

「………………………………………………終わりだ」

「この野………………っ!?」


 四肢を切り落とし肘打ちをする際に盗んでいたゼオスがそれを明後日の方角に放り投げ、己が勝利を確信した言葉を呟いた瞬間、エクスディン=コルが最後まで言い切るよりも早く目にする光景が移り変わる。


 足が地面から離れ頭部が天井スレスレの位置にあり、かと思えば螺旋階段に横たわっている。

 この視点の移動がゼオスの能力『瞬間移動』によるものだと認識するのに時間はかからなかったが、そうしている間にも彼の体はゼオスと共に別の場所へと移動しており、脳が正確な認識をするよりも早く、ある時は拳を、ある時は蹴りを叩き込まれる。


「く、ソ、たれがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 およそ三分、そんな時間が続き、エクスディン=コルの肉体は天井のさらに上。

 春の風吹く月夜の虚空に浮かびあがり、たどたどしい咆哮を挙げる彼の視線の前には、片方の足首を失ってなお毅然とした姿を晒すかつての同行者の姿があり、


「ぐむぅぅぅぅ!?」


 殺意の視線で睨む戦争犬の顔面にゼオスの掌が添えられ、幾度もの瞬間移動を繰り返すうちに奪った両手両足が再生するよりも早く真下へと急降下。


「………………仕留める!」

「ごぱぁっっっっっっ」


 屋上に叩きつけるとその威力に悲鳴を上げた床は耐え切れずに砕け、ゼオスは追撃とばかりに踵落としを顔面へ。


「が、は………………あぁ………………………………………………」


 最下層に沈んだところでエクスディン=コルはそれまで感じなかった痛みを覚える。

 続けて傷の修復が行われなくなっている事を感じ取り、


「………………終わったな」


 その姿を目にしてタイムリミットが迫っているのを感じ取り、ゼオスは戦いの終わりを悟る。


「まだだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「っっっっっっ!」


 だが指一本動かすことさえ困難な状況に至っても、なおもエクスディン=コルは抵抗をやめない。

 らしくもなく力を抜き、周囲への警戒を解きかけたゼオスを襲ったもの。

 それは塔の内部に仕掛けられていた無数の兵器による一斉攻撃で、銃弾が、刃が、レーザーがロケット弾が、ゼオスの肉体を食い破り、時に血潮を周囲に飛ばし、時に爆炎と黒煙が二人のいる戦場を満たす。


「テメェが…………人一人殺せなくなった甘ちゃんが…………俺に勝てるわけがねぇだろうがッ!!」

 

 十秒近く続いていた発射音と爆音が止み、力なく落下する青年の姿を目にしてエクスディン=コルが吠える。

 と同時にエクスディン=コルが沈んでいる床の四方から現れたのはこの塔に仕掛けられた数多の兵器の中で最大最強の一手。


 人一人を飲み込めるほどの大口径から放たれる、属性粒子を数十倍に増幅させたうえで発射されるエネルギー光線で、東西南北の四方向に設置された砲身は落下するゼオスの肉体を正確に捉え、瞬く間に砲身一杯にエネルギーを溜めると、エクスディン=コルの胸中に溜った激情を吐き出すような勢いで発射。


 赤・青・緑・黄の四色の光はゼオスに当たるよりも前に空中で交わり、螺旋を描きながら真上にいるゼオスへと向け伸びていき、


「………………『時空門』」


 その身に届く直前に、エクスディン=コルの耳に声が届く。


 発せられた言の葉は、共に歩んだ際に幾度となく利用した少年が持つ宝石の名。


 過去の彼を象徴する力の形。


 けれど紡がれる言葉の内部にいつものような凍えるような冷たさはなく、


 強い感慨を込めて、その名は念じられる。


 それは過去との決別のようであり、


 一方は主を守る盾として立ち塞がり、


「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっ!!!!????」


 もう一方は打破するべき落とし子へと向けられ、ゼオスの前に盾として現れた黒い渦を通った光の奔流は来た道を戻り、発射台ごと地面を抉る。


 後に残るのは消し炭同然となりなおも息があるエクスディン=コルと、


「………………………………………………」


 少し離れた位置で地面に叩きつけられたゼオス・ハザードの二人だけであり、己が勝利を確固たるものにするように彼は片方の足首を失ったままではあるが立ち上がる。


 直後、


「……流石に耐え切れなかったか」


 かつて肩を並べていた二人の戦いを最後まで見守っていた塔が崩れ出す。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


VSエクスディン=コルこれにて終了!

一章から色々な形で出ていた怨敵との決着なので、自分としては結構感慨深いです。

次回、戦い終わった後の後始末回。


彼らの戦いに、一つの釘路をつけましょう。


それではまた次回、ぜひご覧ください!


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