Over Limit 一頁目
ゼオスとエクスディン=コルが対峙する展望台。
そこはかつて敵方が迫るのをいち早く察知する役目を帯びた監視塔であり、そのような役割ゆえに易々とは壊れぬようになっていた。
つまり階段部分や床などの内装は一般的な強度であるものの、塔自体の強度は凄まじいものなのだ。
そのためエクスディン=コルが内部で爆発をいくら起こそうとその余波は内部に収まり、住民の避難や機動歩兵の対処に追われていた蒼野やレオン達は未だ彼らの死闘を感知していない。
つまり、今この場で邪魔する者は誰もいないということだ。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そんな塔の内部で、常日頃纏っている悪意を闘志に代えた獣の咆哮が木霊する。
「らぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
壁に何度も叩きつけたゼオスの顔面を掴んだまま、螺旋階段を駆け下へと疾走。
壁に擦り付けられた青年の頬は摩擦により熱を帯び、明かりのない闇を照らす火花を生み出す。
「…………っ」
如何に肉体が強化されてるとはいえ延々と頬を擦られれば皮膚がめくれる程度のことは起こり、左の頬から出た血が首へと伝い、最下層にまで至った時点でエクスディン=コルは渾身の力でそんなゼオスの顔面を床に。
「まだだぜぇ。柄にもなく喧嘩腰なんだ。いっちょ! 派手にぃ………………!?」
直後に持ち上げるととめどなく流れる鼻血を眺めながら下卑た笑みを浮かべ殴り続け、けれどその途中でゼオスが反撃。振り抜かれた拳は正確に顎を捉え、口を、鼻を、瞳の奥を伝い、その先にある脳を揺らす。
「……好き勝手にさせるつもりはないぞっ」
傷は修復されるものの、脳に伝われる衝撃までは打ち消せぬエクスディン=コルが背筋をピンと張りながら痙攣を繰り返し、無防備になった肉体へとゼオスが追撃。
一度、二度、三度、十、二十、百、千――――――万
数多の拳がエクスディン=コルの全身を襲い、迸る鈍い痛みと脳への負荷が嘔吐として口から吐き出される。
「こんのクソガキがぁ!!」
直後、爆発の衝撃で破けた黒いジャケットから見えていた手榴弾のピンが抜かれ、その場で瞬時に爆破。二人の距離は再び離れ、仕切り直しによる睨み合いが生まれ、
「………………二度も三度も同じ手を食らうつもりはない」
そうなるのを阻止するようにゼオスがエクスディン=コルの足の甲を踏み、衝撃と熱気に全身に浴びながらも歯を食いしばりその場に留まる。
「「………………っ!!」」
そのまま内臓を抉るように手刀を振り抜いたゼオスだが、もとより負傷を覚悟のうえで自爆したエクスディン=コルが拳を振り抜いたのは同じタイミングであり、
ゼオスの手刀は顔面へ。エクスディン=コルの拳は腹部へ突き刺さる。
「ふはまえたへぇ!」
「………………貴様っ!」
体を『く』の字に曲げたゼオスが急いで見上げた先には、頬だけでなく喉まで貫かれた戦争犬の姿が。
驚くべきはやはりその再生力であり、貫いた腕に癒着するように喉の肉は再生し、歯は腕を抜かれないようにがっちりと噛んでいる。
「ほあほうあほあぁぁぁぁ!!」
その状態のまま、エクスディン=コルがゼオスをしこたま殴る。
ゼオスの手足を折り、内臓を捩じり、命を絶つ勢いで、自身の拳が砕けるのも考慮せず殴り続ける。
「!?」
異変があったのはそのタイミングで、拳が修復される速度が徐々にだが落ちていく。
次いで積み重なった疲労が勢いよく体にのしかかり、その圧力に屈服したかのように彼は膝をつき、目から血の涙が零れ落ちる。
「うぐぉっ!?」
「………………それほどの修復力なのだ。長続きしないのは道理だな」
身を引くことでエクスディン=コルの口から腕を抜き、体中に青痣を作り鼻血を垂らしているゼオスが体を揺らしながらそう指摘すると、エクスディン=コルの頬から冷や汗が流れ頬を伝い、
「ハ、ハハ………………それで勝ったつもりかクソガキがぁ!」
そんな弱気を吹き飛ばすような声が喉を裂く勢いで絞り出され、しかし彼は重傷を負ったゼオスへと追い打ちを仕掛けない。
代わりにカーゴパンツから取り出したのは透明なビーカーに詰められていた金と銀、それに黒が混じることなく同衾している液体で、栓を抜き勢いよく喉を通す。
直後に起きた変化は誰の目で見ても明らかだ。
血走っていた目は更なる充血を引き起こし、可視化していた数多の血管はそれ自体が生き物のように上下を繰り返し始め、全身からは湯気のような煙が。
それだけではない。
薬の効果に耐え切れなくなったかのように体中の至る所から血が噴き出て、そのたびに周りの肉が傷を塞ぐという『自傷と再生』が繰り返される。
「最終ラウンドだ。派手に行こうぜクソガキィ!!」
言葉を発するだけで血が垂れ流されるが、さらなる肉体の活性化は吐き気や痛みさえ無視しているようで、肉が崩れるような音を発しながらエクスディン=コルが全身。
「………………っっ」
「効かねぇな! オイ!!」
ゼオスの突き出した拳は脆くなった肉体を易々と抉るが、痛みはもちろんのこと脳に迸る衝撃さえ完璧に遮断した戦争犬の動きが鈍ることはなく、繰り出す攻撃がゼオスの肉体へと衝突。
エクスディン=コルの肉体だけではない。自身の骨肉も嫌な音を立てながら砕かれていくのを把握しながら、ゼオスの頭は目の前の事象に対して考察し始める。
(………………薬の反動はかなりのものだ。とすれば俺と会う前に事前に飲んでいたということはないはず。逆算するならば………………五分も持たないはずだ)
その内容は直接打倒するのとは別のもう一つの勝利条件。
エクスディン=コルの自滅に関するものであるが、
「俺の自滅を狙ってるんだろ? だけどわかってるはずだぜぇ。お前さんの体の方が先に限界が来るってなぁ!」
その真意を見定めたエクスディン=コルは、なおも豪快に笑う。
全身から血を吹き湯気を出しながらも、自身の勝利を確信したようにゼオスを指さす。
数多の戦場を渡り歩き、その数百倍の命が消える瞬間を目にした彼の判断は確かに正しい。
「………………煌めけ――――炎」
「――――――――はぁ?」
だがそれは大前提としてゼオスに傷を癒す手段がない場合の話である。
「…………ジコンでの負傷者を癒すための手段だったのだがな。まさか、自分に使うことになるとは」
それはガーディア・ガルフが駆使していた再生の炎。
攻撃に偏重した炎属性では修得難易度が極めて高い回復用の属性術であるのだが、ゼオスは手にしていた籠手の中にそれを内蔵しており、この場で使用。
その事実にエクスディン=コルは驚愕する。
ゼオス・ハザードという青年がこれまで使ったことのない回復術を使用したからではない。
その回復術が他人にも使用可能なものであり、他者を助けるために覚えたという事実が、彼には信じられなかったのだ。
「………………エクスディン=コル!」
「しまっっっっ!?」
その衝撃は測り知れず、速攻を仕掛けなければならないにもかかわらず彼は瞬時に動くことができず、負傷の大半を治したゼオスの拳がエクスディン=コルの顔面を完璧に捉え、肉塊へと変化する彼の姿を見ても一切の躊躇なく攻撃。
「――――――」
「最終ラウンドだからな。残弾は全部使っていくぜぇ」
そうして意識が攻撃に傾き過ぎていたゆえであろう。
真横からの奇襲。
すなわちエクスディン=コルがこの場所を戦場に定めた時点で設置していたレーザーが起動し、ゼオスの心臓を正確に射抜いた。
(重火器なら物理的に破裂させれたんだけどな。まぁこれで状況は五分だろ)
ゆっくりと、月の光を浴びながらスローモーションで崩れていくゼオス。
彼の心臓付近の肉からは焦げ臭い臭いと真っ黒な煙が立ち上り、口からはどす黒い色の血が吐き出され、その光景を前にエクスディン=コルはそう判断を下し、
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「あ、あぁ!?」
そんな彼の判断をゼオスの咆哮が捻じ伏せる。
直前に受けた負傷を気合で捻じ伏せ、一歩前進。
「レクイエム!!」
もはや一度の反撃も許さぬという意思で己が漆黒の神器を抜くと、その四肢を瞬く間に切り裂いた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ゼオスVSエクスディン=コル最終戦。
なのですが申し訳ありません。筆が乗った影響でもう一話だけ続きます。
拳同士の衝突から術技に武器、兵器まで用いた戦いへ
その胸中を吐き出しながら限界の先へ向かいます。
次回で決着まで行ければと思います。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




