神の時代の落とし子 三頁目
「坊主、そっちに二人言ったぞぉ!」
「……承知した」
幼き日のゼオスとエクスディン=コル。二人の共同生活は数年にも及んだ。
そのあいだゼオスは様々な技術を彼から学び、多くの依頼をこなしていた。
最も多かったのはやはり稼ぎがよく、スキル修得の成果が一番顕著に出る生き死にに関わる依頼で、エクスディン=コルの十八番となっていた戦争や紛争地帯での活動は勿論のこと、ゼオス自身が利便性に富んだ空間操作能力『時空門』を得ていたこともあり、暗殺に関する依頼も数多くこなした。
「……………………世話になったな」
「いいってことよ。まぁ次に会う事があれば腹の捩れるような面白話でも聞かせてくれや。もしかすっと殺し合うことになるかもしれないが」
そんな日々の終わりは二人が賢教にある『廃禍』にやって来た時のことであり、ゼオスが普段とは違う様子で町や人々を眺めていたのを目にして、エクスディン=コルから提案したことであった。
「………………まぁそん時はそん時だ! 元気にやれよ坊主!」
ゴミ山が連なるその場所で、最後にいつも通りの様子でそう会話をすると、エクスディン=コルはヒラヒラと手を振りながら彼の元から去っていた。
嘘偽りのない本音として、この時彼は、自身が育てた少年がどのような道を進むかに関してさして関心がなかった。
なぜならどのような道を辿ろうと自分と同じ目をした少年が行きつく果ては自分と同じ場所にあると確信しており、戦場で再び遭遇することを予期していたのだ。
そしてその予想は見事に的中する。
ヒュンレイ・ノースパスを殺害したあの日。味方としてではなく敵として。
(いいじゃねぇの最高だ!)
並みの感性を育ませたものならばこの事態に対し嘆くかもしれないが、その時彼の身を襲ったのは歓喜の念であった。
敵対したゼオスの見せる瞳が一段と研ぎ澄まされ、自分と同じ領域に近づいているゆえに彼は嗤った。
「おいおいマジか………………」
そんなゼオスが彼の思うような変化をしなくなったのはどこからか。彼にはわからない。
ただ数年という時を経て映像越しに見た少年の瞳には己と同じヘドロのように昏い影はなくなっており、その奥に隠れた鮮やか銀が姿を現していた。
その果てにゲゼル・グレアの遺産を継ぎ、シュバルツ・シャークスさえ下したゼオス・ハザード。
多くの人に希望を示し、仲間に恵まれた彼を見て、けれどエクスディン=コルはこう考えるのだ。
「お前はそんな奴ではないだろう」と。
『裏切られた』などとは思ってなかった。
『怒り』も沸いてなかった。
『俺と同じはずのお前がなぜ』などという疑問もなく、日の当たる道へと彼が進み始めた事に対する『嫉妬』や『羨望』も存在しない。
そういう一般的なものを人でなしと指さされる彼は持ち合わせていない。
彼はただ、証明したかった。
「お前みたいな奴が正義の味方になんざなれるわけがねぇ!」と指さし、腹を抱えて嘲笑いたかった。
ひどく歪で呆れかえってしまうほどの醜悪さ。なおかつ滑稽な目的ではあるが、それがゼオス・ハザードという少年を数年にわたり育てた男の矜持さえ込めた目的であり、そのためだけに様々な策を練った。
ゼオスを誘うために蒼野達の故郷を人質にして、
『所詮お前はその程度』と言いのけるために彼の手では救いきれない爆弾を用意した。
もし奇跡的に乗り越えられたとしても、自身との対峙を報酬として、誘いに乗れば終わりの追撃まで用意した。
彼にとってこれ以上はない布陣。それにより少年は己の無力さを知るはずであったのだ。
だというのに乗り越えた。
ギルド『ウォーグレン』に所属してから得た様々なもの。その全てにより救いきれないはずの者達を掬い上げた。
その果てに彼が選んだ最後の道。
それはゼオスに己を殺めさせること。
どれだけ綺麗事をぬかしてもお前は何も変わっちゃいない。人殺しの道から逃れられない。
自身の命を捧げ、そんな己の考えを証明しようと考えたのだ。
けれど彼のそんな試みさえゼオスは乗り越えた。
結果柄にもなく己の土俵から降りたというのに、エクスディン=コルは最後まで自身の願いをかなえられず、
(ハハッみっともねぇなこりゃ)
内心で己を自嘲する。ここまでしたというのに望みを叶えることができなかった自らを腹の底から嘲笑う。
常日頃彼が他者に対して行っていたことを、自分自身に対し躊躇なく行い、
「――――――!!」
ひとしきり嗤い終えれば、あとは他の者とは変わらない。
つまり――――あとは足掻くだけだ。
善人だろうと悪人だろうと、真人間だろうと人でなしであろうと良く突く果ては同じ。
どれだけ歪であろうと、人に避難される願いであろうと、抱いた願いのために全身全霊を尽くす事を誓う。
「………………貴様っ」
真っ黒な厚手のジャケットの中に隠していた手榴弾を投擲することなく自身の体に付着したまま爆発させ、無理やりゼオスとの距離を取る。
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
次いで吠え、突き進む。
みっともないことはわかっている。らしくないという自覚もある。
それでも瞬く間に自身の肉体を修復した彼は卑しい野犬の如く声を上げ、今この瞬間に全てを賭す。
「らぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
(…………腕が斬り裂かれようと進んでくるか!)
広げた掌が漆黒の刃により腕ごと真っ二つに斬られようと突き進み、ゼオスの顔面を掴むと壁に叩きつけ何度も壁に叩きつける。
斯くして戦いは佳境を迎える。
己の人生において最大の飢えを満たすために戦争犬はその異名を捨て暴威と化し、長い年月を経た末に多くのものを背負った若人は抵抗する。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です
一話跨ぎの回想は終わりクライマックスへ。
次回はエヴァVSアイビス・フォーカスの時のような血みどろぐちゃぐちゃな肉弾戦!
男同士の殴り合い蹴り合いと行きましょう!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




