神の時代の落とし子 二頁目
ゲゼル・グレアが遺した神器『レクイエム』を掴んだゼオスの肉体は驚異的な強度を誇っていた。
鋼属性の熟練者と比較してもより一層強固な彼の肉体は、力を籠めるだけで刃物や銃弾に耐えきれるほどのものである。
これに加え強化された属性粒子に空間操作の能力。他様々な要素を備えたゼオスは、『超越者』クラスの足切りラインを易々と超えており、その強さは各勢力の切り札の一つ下程度にまでなっていた。
「………………っ」
であるのならば、彼は絶対にエクスディン=コル相手に後れを取ることはないはずなのだ。
それほどの差が今の二人には存在しているはずなのだ。
「………………………………能力の類ではない………………科学を用いた類の異形化……薬物か?」
その前提が、あまりにも容易く溶けて消える。
円柱状の建物の壁に沿って仕立て上げられた階段を突き破り、その下にある階段に身を預けて止まったゼオスは、自身の腹部に重くのしかかる痛みに顔を歪めながら考察する。
内容をもちろん、今しがた目にした異常。
エクスディン=コルの身に起きた異様な変化の原因に関してであり、
「おう正解だ。察しがいいじゃねぇの坊主」
返事はゼオスの頭上から。
ゼオスが作り上げた人間代の穴から舞い降り、続いて異様な変貌を遂げた戦争犬が月の光に身を浸しながら現れる。
「さっきから話してる商人が持ってたクスリでな。筋力の増加に反射神経の向上。それに肉体の自己修復機能。その他諸々がセットでついてくるお得商品だ」
「………………異常だなっ」
銃弾の雨を降らせながらサラリと語られる内容であるが、これは語られた通り異常な事だ。
今や『超越者』の位においても一角の実力者であるゼオスと並ぶないし凌駕する肉体能力、そんなものを易々と手に入れていいものではない。
「ほいよ」
「………………その程度」
足場としていた階段が再び崩れ、けれど今度は自由落下に身を任すことなくゼオスは空中を自在に駆けまわる。
その行く手を阻むように手榴弾が投擲され、ゼオスの行く手を阻むよう爆発し、その都度回避。
「おっとそこだ」
「……っ」
しかしゼオスは気づかなかった。
投擲されたいくつもの手榴弾の中に超小型サイズのものが混じっていたことに。
それはゼオスの真横にまで舞い降りたと同時にエクスディン=コルにより射抜かれ、他の爆弾以上に大きな火薬の華を咲かせ、ゼオスの体を今度は円柱の塔の壁に叩きつけた。
「そうでもねぇだろ。何せ、俺以上の上り幅こしらえてるガキが、目の前にいるんだぜ?」
「………………」
ただ先の言葉の反論としてそのような事を言われてしまえば返す言葉がなく、沈黙が場を支配し、
「あーやめだやめだ。今はパーティーの最中だ――――――萎える話はやめだ」
「………………っ!」
その空気を嫌がり、エクスディン=コルの左手が持ち上がり再び銃口がゼオスへ。発射された弾丸は瞬く間に弾幕となり、ゼオスが埋まっている壁を破壊。一瞬であるが制止していた空気を再び過熱させる。
「………………!」
「お、いいねぇ。さっきより力が入ってる。けどな、この程度じゃまだまだだなぁ!」
即座に反撃を行うため一秒間に百度虚空を蹴り、頭上を奪い足先を顔面にめり込ませるゼオス。
それは確かにエクスディン=コルを捉えたが、彼は微塵も怯む様子を見せず右手に持っていたサバイバルナイフを真上へと一振り。
(痛覚を断っている。いや鈍くしているのか)
今度は完璧に躱しながら再び何もない空間を蹴り、銃弾の雨と手榴弾の奇襲を今度は完全に対応しながら考察の枠を広げ、
「……ならば」
「ぶぅっ!?」
戦い方を変える。
肉を斬っても再生するのならやる意味はないと割り切り、痛みによる悶絶や停止も難しいと理解した。
であるならば狙うのは脳に対する直接的な衝撃。
痛みや再生とは別口。脳を揺らすことなどによる意識の根絶であると悟り、剣を脇に仕舞い、振り上げた拳を綺麗にエクスディン=コルの顎に叩き込む。
「ん、の野郎……がぁ!!」
効果のほどは実に顕著だ。
発せられる怒気の籠った言葉は途切れ途切れで、螺旋階段を踏む足の力が僅かに弱まり、一歩後退しようとした際に足を踏み外しかけている。
「………………仕留める!」
繰り出される反撃にも先ほどまでの機敏さは失われており、優位にたった事を実感したゼオスの拳と蹴りが、エクスディン=コルの肉体に連続で突き刺さる。
「こ、の、ガキィ………………」
痛みは鈍く、怪我はすぐさま再生する。
だが脳に来る衝撃が彼の意識を薄くし、思考能力を徐々にだが奪っていく。
そうなれば彼の動きはより精彩を欠き、それが打撃を打ち込むだけの更なる猶予へと変化する。
自分が足場としている螺旋階段の如き負の連鎖が続き、望まぬ終結が迫っている事を彼は把握し、
「――――――――」
なおも脳裏に浮かぶのはただ一つ。
らしくもない戦いを繰り広げるきっかけである。
『名前」などというものは親から当たり前のように授けられるものである。
今はエクスディン=コルと名乗っている彼がその事実を知ったのは、普通ならば小学校に入学して三年ほど経った頃のことであった。
なぜ知らなかったかというと彼が捨て子であったゆえで、そんな常識を知る機会がないほど、文明的な生活から離れたところで過ごしていたからだ。
「今日もうまくやったみたいだな。ほれ、報酬だ」
「………………」
ゴミ山が積まれた高架下。衣類に代えはなく、体中から異臭を垂らした名もなき少年。
幼少期の彼がそのような環境で生き残れたのは奇跡と言う他なく、雑草やドブネズミなどの害虫。それに廃棄された腐りかけの野菜や肉で命を繋いだ彼は、人というよりは野犬に近い生態であった。
「にしても坊主。お前おかしな趣味してるよな。こういうのってさ、お前みたいなガキはもっと楽なものを選ぶもんじゃねぇのか? なんたってこんな………………」
「なんか問題でもあんのかジジイ」
「………………いや、ねぇよ。ただちと不思議に思っただけだ」
けれど当の本人はそんな自分の生涯を恨むことはなかった。
なぜなら彼は見つけていたのだ。齢十歳を超えるよりも早く、人生の全てを捧げるに値する物。かけがえのない宝物を。
「飯にありつくより先に武器の類を買って、好き好んで危険に突っ込むなんざ、酔狂としか言えねぇだろ?」
それが戦う事。
血肉涌き踊る戦場に飛び込み、己の思うがままに振る舞う事。
怨嗟の叫びに雨のように浴びる鮮血。硝煙の香りに体を揺らす火器の衝撃。
全てが全て、彼を魅了する要素であった。
真に厄介なのがこの惑星『ウルアーデ』が彼のような存在を迎え入れるような土台が作られていたことで、頭を抱えるべき存在になるのは想定外であったとはいえ、ありえなくはない事であったのだろう。
そんな彼は五年十年二十年と生き延び、邪な宝を求め動き回った。暴れ回った。殺しつくした。
そうして培われた破滅を察知する嗅覚と外道の技は世界中に恐れられ、『エクスディン=コル』という自分でつけた名前は世界中を震え上がらせることとなる。
「ふんふんふ~ん………………あん?」
そんな日々が続いたある時。
雨が降る中、ゴミが積みあがった薄汚い高架下で、彼は目にするのだ。
一目で浮浪者の類とわかる男達から、仕事内容に見合わない報酬を貰う幼子の姿。
かつての自分を想起させる、格好と臭い。それに濁った目をした少年。
「おい坊主、親は?」
「………………?」
「そうかそうか! そりゃいい!」
「………………何が可笑しい」
「いや何でもねぇ。なんでもねぇよ気にすんな!」
彼の辿った道筋を即座に把握し、腹が捩れる勢いで笑った彼は、この直後に少年を大金で買った。
多くの人はそんな彼のやり口を非難するだろう。少年の未来を予期し涙するかもしれない。
誰もが彼を指さすだろう。『その少年に何をするつもりだ』と。
エクスディン=コルとて他者のそんな目や言葉は十分に把握していた。
けれど気にすることはなかった。
天涯孤独の身として生を終えるはずであった自分が初めて連れを作った。
その奇妙な事実とこれから始まる生活を、彼は楽しみに思ったのだ。
それこそ、他者の目など気にしないほどに。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です
VSエクスディン=コルは一気に大詰めへ。
そしてゼオスが抱えていた疑問。すなわちエクスディン=コルが戦いを受けた動機へと進みます。
次回はその続き。今に至るまでの『戦争犬』などと呼ばれた男の歩み。
そして戦いの再開をご覧いただければと思います
それではまた次回、ぜひご覧ください!




