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神の時代の落とし子 一頁目


 かつて、蒼野達相手にクライシス・デルエスクが告白した事実は偽りではない。

 神の座イグドラシルは意図的に二大宗教による対立を残し、いつでも戦えるための環境を整えた。

 死ぬまで語ることはなかったものの、その目的に『ウルアーデ』に住む人々を強くすることが深く関わっており、『果て越え』という名を蔑称ではなく尊称として残したのも、その点が大きく関わっている。


 がしかしである。

 絶えぬ戦いを望んでいたとしても、彼女にとってエクスディン=コルは望まぬ存在であった。


 いつだって戦いを望み、火種をまき散らす彼を倦んでいた理由はなぜか?


 その答えは彼自身が強さの追及を求めてなかったこと、そして大勢の死者が生まれることに他ならない。


 火種を撒き散らすとしても未来ある芽を摘んでしまうのならば意味はなく、多くの命を奪う彼はというと戦う事や殺すことに悦を覚えるが、上昇志向はまるでない。


 強くなるとしてもそれは腕っぷしではなく脳内を駆けずり回っている悪意であり、人を真正面から叩き潰すための強さを求めることはまるでない。


 そんな彼こそ、イグドラシルが望んだ道の真逆を進む者。まさに落とし子と呼ぶにふさわしい存在なのである。


「いやぁおめでとう坊主! まさかあの爆発を止められるとは思わなかったぜ! おじさんから祝勝祝いの拍手を送ろう!」


 そのあたりの内情を知る者はおそらくこの広い宇宙に置いてゼオスしかいないのだが、だからこそ彼は背中を手すりに預けたまま拍手をする、エクスディン=コルに困惑し、警戒の色を発する。


 既に語った通りエクスディン=コルは強さを求めていなかった。

 ゆえに『十怪』の中でも腕利きであるギャン・ガイアや鉄閃。それに協力無比な神器を所持していたパペットマスターのように正面切っての戦いは実のところそこまで脅威ではないのだ。


 だからこそ常の彼ならばここで逃げるための手段を投げかけてくる。

 戦うことなく撤退の道を選び、自分を逃がしてしまった相手を嘲笑うのだ。


「――――さぁてと、お前さんの目的はなんだ? やっぱおじさんをぶち殺すことかねぇ?」

「……殺す気はない。だが逃がす気もない。お前はここで俺に負け、おとなしく牢屋に放り込まれろ」


 それがわかっているからこそゼオスは返答こそするものの意識は明かりの灯っていない部屋全体から彼の周囲や指先足先へと移動。

 春先にしては分厚い黒のジャケットや、彼が履いているいくつものポケットが付いたベージュのカーゴパンツにまで意識を向け、何があっても対応できるよう神経を張り詰め腰を落とす。


「ほーん。そんじゃま、やりますかねぇ」

「………………なんだと?」


 だからこそである。

 髪の毛を乱雑に掻き毟り、何事もないようにそう言いのけるエクスディン=コルに対し彼は動揺した。

 まさかここで、さも当然という様子で了承されるとは思わず呆気にとられてしまい、その様子を見たエクスディン=コルは彼らしい嘲りの意を顔に張り付けた。


「なんだなんだ? お前さん、もしかしておじさんが尻尾を撒いて逃げるとでも思ったのか。いやいやそんなことはしねぇって! なにせお前、愛弟子が投げつけた試練をしっかりとこなしたんだぜ。そりゃ祝うのが人の道ってもんだろ!」

「………………貴様の愛弟子になったつもりはない」


 人の道を説くのにこれ以上不適切な男はいないと思いながらもゼオスが追及したのは別の点。己がエクスディン=コルの愛弟子であるという事実であり、その点に対し強い拒否感を覚えたゼオスは即座に否定し、


「いや、お前は間違いなくおじさんの愛弟子だよ。だって幼い頃に覚えた殺しの技が、お前を今という時まで生き永らえさせたわけだからな」


 そんな彼の意見をエクスディン=コルは更に否定する。

 両手をめいいっぱいに広げ、満月でも三日月でもない。決まった名称がつけられていない半端な月を背後に控え、笑みこそ浮かべているものの普段よりも真剣味を感じさせる声でそう告げる。


 それに対し、ゼオスは何も言い返せない。

 間違っていると言いきることができず、


「ま、その辺の事なんざお前さんにとってはどーでもいいわな。それよりも戦いだ。戦争だ。二人だけってのはちと寂しいが、まぁたまにはいいだろ」


 浮かない顔を浮かべる彼を見つめながらエクスディン=コルは列車の中で使ったナイフを掴み腰を落とす。その姿を見てしまえば、ゼオスとて無駄な問答を重ねる気は起きない。


 なぜこの男がこうも真正面から戦うのか。


 神器である列車やナイフの謎。


 まだ見ぬ商人とやらの正体。


 気になる全ての物事を一時的とはいえ彼方に捨て、照明が灯っていない、月光だけが世界を照らす戦場で、己を敵対者を退ける剣として研ぎ澄まし始め、


「っっっっ!?」


 それが完全な形になるよりも早く、エクスディン=コルの持つナイフの刃が視界を埋め、体を引き躱す体勢に移行するが完璧にはいなせず、首元にうっすらとだがまっすぐな線が。


「なぁ坊主。お前さんさ、正面切って喧嘩するなら俺に負けることなんざねぇって思ってるだろ?」

「!」


 続けて打ち出された隙がなくコンパクトな姿勢で撃ち込まれるジャブを躱す中でゼオスが目にしたのは、エクスディン=コルの全身を埋め尽くすように張り巡らされた隆起した血管と真っ赤に充血した瞳であり、


「甘ぇし舐めすぎなんだよコラ!」


 想定外の変貌に僅かに動きが鈍った一瞬を突き、ナイフを握っておらず開いていた左腕から繰り出された拳がゼオスの鼻っ柱にめり込み、そのまま顔面を押しつぶしながら地面へと押し付ける。

 それにより観光客を迎えるために磨かれた床に数多の亀裂が奔り土煙が舞い、


「……そうだな。認めるよ。俺は、真正面から戦うならお前に負けることはないと思ってた」


 次の瞬間、ゼオスの顔面を床に押し付けていたエクスディン=コルの右腕が肩の関節部を起点に瞬く間に切り離され、


「……油断してたのだろうな。ゆえに、ここからは全力だ」


 未だ位置関係は変わらぬものの堂々とした声でゼオスは言いきり、立ち上がろうとしたところで見た。

 離れたはずの胴体と右腕が、瞬く間に繋がり、接合部の傷さえ煙を出しながら消す光景を。


「いいや。まだお前は手を抜いてるよ。なにせ命奪いに来てる相手を、殺さずに何とかしようなんざ考えてるんだからなぁ!」


 続けて撃ち込まれた左腕の拳をゼオスは手にした神器で防ぐが、その膂力に床は耐え切れずに崩壊。

 突然空中に放り投げられたゼオスが自由落下に身をゆだねてしまう中、真上にいるエクスディン=コルは両手を固めて作り上げた握りこぶしを振り下ろす。

 所謂ダブルスレッジハンマーと呼ばれるそれはゼオスの腹部を捉え、彼は口から多量の血を吐きながら真下の螺旋階段を砕きさらに下へ。


「せっかく俺が真正面から戦ってやろうってんだ。やる気出さなけりゃ損ってもんだぜクソガキ」


 その姿を見下ろしながら、エクスディン=コルはそう嘲った。

 


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です


さてVSエクスディン=コル最終戦の開幕です。

まぁやはり少年漫画系を語るなら最後はガチンコでなければね、ということでゴリゴリの近接戦です。


作中で語られたそこまで脅威ではないはずのエクスディン=コルが強くなった種やらに関しては今後。

今回は様々な要素を混ぜ込んでまとめるつもりなので、皆さんに楽しんでいただけるよう頑張ります!


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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