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兵達の饗宴 四頁目


「さってと、ジコンの方もまずいだろうってアイツの推測は当たってんのかねぇ?」


 ゼオスの側に舞い降りたレオン・マクドウェルであるが、援軍は彼だけではない。

 子供たちの様子をちょうど観察していたレオンの側にはその時、『十怪』の一角に名を連ねる実力を持つ鉄閃がおり、外界と隔てる結界の内部にいた両者はジコンで起きている異変に関しても察知。

 レオンがゼオスの援軍に向かう一方で、彼はジコンの事態鎮静化のために動いていたのだ。


「……んだこりゃ。思ってたのと違うじゃねぇか」


 がしかし、ジコンに足を踏み入れた彼は少々ながら戸惑った。想像していた状況とは異なる光景がその場では広がっていたのだ。

 彼の想像では逃げ惑う無辜の民がおり、それを守るために康太や蒼野が戦っているはずであった。


 がしかし、今しがた彼が目にしている光景にそのような要素はない。


「撃て撃てェ! 敵を康太殿に近づかせるな!」

「敵は闇属性の影使いだ。転移などの能力も用いるとのことだ! 油断するな! 隙を与えるな!」

「弾代は貴族衆が負担する契約だ! 消費量を気にする必要はないぞ!」

「傷口は塞がったはずですが、後遺症の類はありませんか?」

「あ、ああ。大丈夫ッス………………助かり、ました」


 その場には既に多くの兵がいた。

 近接武器を持ち壁として働く戦士に、銃や大砲、それに弓を掲げ、持ちうる技の数々を駆使して影を駆使する巨躯の足止めに全力を捧げる後衛。

 そのさらに後ろでは回復術を唱え康太を癒している者がおり、側には突然の奇襲に備えられるよう探知班らしき者らもいた。


 問題なのは彼らの所属がバラバラな事で、回復術を唱えているのは賢教。銃弾を撃っているのは貴族衆。前に立って必死に耐えているのはギルドの獣人で、探知術の使い手を筆頭に各所の援護に神教の信徒がいた。


「おい! こりゃ一体どうなってんだ。偉いお祭り舞台じゃねぇか!」

「て、鉄閃……『十怪』の一角。血に濡れた戦鬼っ!?」

「こ、この状況でなんて奴が!」

「あーいいッスよ。彼はオレの知り合いッス。少なくともここで敵対はするようなマネはしねぇ」


 思わず話しかけると当然の反応が返されるのだが、二十人ほどの混成部隊の動揺を鎮めるように康太が手で制し、彼は塞がれた傷口に手を添えながら視線はアサシン=シャドウに、耳と口だけは鉄閃へと向け、


「ここら一帯は外の世界と遮断されたらしいんッスけどね、どうやら中には結構な数の人を残したままだったみたいッス。で、そいつらが立ち昇る炎を見て、数を揃えた上でやってきてくれたって話らしい」

「おいおい無理難題を簡単に言ってくれるじゃねぇか。お前さんだって各勢力のバランスや二大宗教の関係は知ってるだろ。そう簡単にまとめられるかよ」

「……同意見ッスよ。けど、今なら纏められると、ルイさんは判断した」

「………………貴族衆の頭がか? そりゃどういうこった?」

「ガーディアさんと戦った際に得たものを、零さずに残したいって事ッスよ」


 続けて語ったのはルイ・A・ベルモンドの思惑。今の世界の形を利用した今後の展望である。


 死傷者こそ少ないもののすさまじい混乱に陥ったガーディア・ガルフとその仲間たちによる世界大戦。

 けれどこの戦争の最終的な目的は、世界をより良い方向に進める事であったため、得たものも大きい。


 その一つが共通の脅威を前にして協力関係を結んだ四大勢力で、ルイとエルドラの二人が先頭に立ち、この形を守ろうと日々努力している。

 この協力関係をより強固なものにしているのが病床に伏す直前のアヴァ・ゴーント最後の願いと、神教最優先思考のアイビス・フォーカスの力添えであり、その成果として叩き出された第一の矢が『災害時や暴徒襲来時の協力関係』。つまりジコンを筆頭に世界中で現在行われている混乱に対する一致団結した上での抵抗である。


「………………上が色々な垣根を越えて協力体制を結べたのがデカいな。よくやるぜ」

「ええ。本当に」

「だがその関係をより強固にするってんなら、ここで死人が出るのはまずいよな。それなら俺が、いっちょ一番危険な最前線に立とうかねぇ!」

「押しきれてなかったんで助かりますよ」


 そのあたりの事情を簡潔に説明し終えると全てを理解した男が心底楽しそうに笑い、鋼属性で作り上げた最も馴染みのある槍を強く握り、後衛担当が接近阻害のために作り上げた大樹の中に飛び込んでいく。


「おうおう! ずいぶんと暴れてるじゃねぇのお前さん!」

「そ、そこにいると攻撃が!」

「気にする必要はねぇよ! こっちで逐次対応すっから、お前らは好きなように援護しなぁ!」


 こうして『十怪』の一角に名を連ねるほどの腕利きが夜闇と炎が満ちる戦場に馳せ参じたことになるのだが、その効果は絶大であった。

 康太抜きでは防戦一方だった状況を瞬く間に覆し、左右背後から飛来する数多の攻撃をうまく利用し、アサシン=シャドウを一方的に追い詰める。


「しつけぇなコイツ!」

「なら詰めの一手はオレが撃つ」

「っっっっ!!!!」

「好き勝手人の腹を抉った礼だ。しっかり味わえよ」


 それでも崩しきれぬ牙城を射抜いたのは戦線復帰を果たした康太の引き金で、鉄閃の脇を通り、アサシン=シャドウの胴体に風穴を開ける。


「………………っ!」

「影にっ」

「攻撃の手を緩めないでくれ鉄閃さん! 影に潜られたら逃げられる!」

「おう!」


 すかさず足元の影に体を埋める敵対者へと光属性を固めた槍を投擲。

 弾けた瞬間に周囲一帯が光に包まれ、巨躯を隠しかけていた影さえも吹き飛び、


「終いだ!」


 続けて撃ち込まれた千本突きが灰色の肉体を深々と射抜き、トドメの振り払いが顔面を捉え、その身を虚空へと投げつけた。




 道なき道に線路を敷き迂回しながらジコンへと向かう列車であったが、その速度は音を超える程度であり、周囲の木々が崩れる事を異変に思い近づいたレオンでも十分な余力を持って並走できた。


「クソッ、ゼオスが何を言ってるかわからん!」


 透明化の効果は厄介であったが神器を所有している彼ならば近づくことでその効果を跳ねのけることが可能で、第一車両まで近寄り窓際にまで迫っていたゼオスに対し話しかけるが内外で声は遮断されているため意思疎通は行えず、


(聞こえるかゼオス! 見たところ閉じ込められてるようだがどうなっている!)

(…………エクスディン=コルが仕掛けてきた。狙いはジコンで、車内に積んであるエクスデスで、周辺一帯を吹き飛ばすつもりだ)

(……名前を聞く度に面倒な事をする奴だなアイツは。だが今はそんなことはどうでもいい。他に情報は?)


 となれば次に思いつくのは念話による会話で、幸いにもこちらは阻害されることなく無事接続。

 ゼオスが簡潔に事情を説明すると悪態を吐き、けれどそこで思考は止めず更なる情報収集を決行。


 目標であるジコンまであと一分を既に切っていることや、列車自体が神器なこと。さらに言えば爆発の方法が同形の列車との衝突であることをゼオスは早々と語り、


(要するに正面衝突さえ止めれば爆発させるほどの衝撃は生じないということだな)

(……レオン・マクドウェル?)

(外に出られないんだろ。なら、この場は俺に任せておけ)


 全てを聞き終えたところで自信に満ちた声でそう告げ、即座に流線美を備えた先頭部分に到達すると、炎に包まれたジコン周辺へと視線を向け、


「あれか!」


 同じように透明化してこそいるものの、同じように木々をへし折る物体を発見。

 それは康太が戦場としている場所から目の届かぬ位置へと向かっており、さらに言うならば互いの進行速度から計算したところ、およそ十五秒後にはぶつかることを確信。


 そこまで把握したところで片手に神剣と謳われる神器を、もう片手に魔剣と恐れられる神器をしっかり掴み、


「正面衝突とは言うが、どちらもシュバルツさんほどの膂力は備えてないだろ。それなら――――対応可能だ!」


 もう一方の姿さえ捉えられるようになった瞬間、微塵の躊躇もなく二台の列車に挟まれる位置へと着地。

 普段通りの自然体で二本の得物を構え、


「――――――――っ」


 自分の体を挽肉にするように迫る猛威を――――――受け流す。


 善やシュバルツ、他数多の攻撃を捌いたように、力の進行方向を逸らすように剣の面で道を作り、自身の体を軸にして明後日の方角に反らす。

 普段との違いがあるとすれば真逆の方角から世界最高硬度の物体が自分を押しつぶしにかかっている事であるが、レオンはその衝撃さえ『受ける』のではなく『流す』。

 己の肉体を物質を機械を動かすための潤滑油、否、歯車の一つとするかのように回転させ、身を裂くはずの『脅威』を二つの巨体を明後日の方角へと進ませるための『助力』へと変化させ、


「ハァ!」


 接触面で多量の火花が散り夜闇を照らす中、乾坤一擲の声を上げ更なる力を込めた途端、自身の力でレールを描く二台の八両車両は再び真逆の方角に進み出し、まっすぐにジコンへと迫っていた列車は元々の速度が緩慢であったためすぐに止まるとレールを敷くのを止め横転し、


「な、なんだこいつ!?」

「っっっっっっ!?」

「い、いきなり出てきて影野郎を轢きやがった………………いったいどういう事だよおい!」


 ゼオスを乗せた列車はといえば鉄閃が持ち上げたアサシン=シャドウを真正面から轢き、彼方にある森林へとむけなおもレールを敷き、結界によって分けられた外部と内部の境界線に立っている、かつては外敵監視のため神教が建てた灯台にぶつかる寸前に停車。


『終点~終点~。お降りの際は手荷物に~』


 アナウンスを流すと役目を終えたとばかりに扉が開き、


「……これが新時代だ」


 天を突くように建てられた白い巨塔。

 その内部に入ると上へと続くエレベーターではなく側にある螺旋階段を一歩ずつ昇り、その先で彼は、待ち受ける男と今日四度目の邂逅を果たす。


「多くの人らが手を取り合い、千年前は築けなかった『泰平の世』を作ろうとしている。そんな世界に、イグドラシルが作った時代の忌み子であるお前の居場所はないんだ」


 油や砂煙、それに血と硝煙を大量に吸った真っ赤な髪の毛を荒れさせ、刀を想起させる鋭い視線を帯びた無精髭の中年。

 自身に殺すための技術を叩き込み、ヒュンレイ・ノースパスを殺め、そして今、世界中を混乱させジコン崩壊の危機の立役者となった男。


「へぇ。言うじゃねぇの」


 『十怪』の一角。戦争犬エクスディン=コル。

 

 今やどの勢力でも使えるようになった展望台の最上階で、酷薄な笑みを浮かべた彼は、ガラス窓に接しないように設けられた柵に体を預けながらゼオスを迎え入れた。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


VSエクスディン=コル第二開戦終了。そして最終決戦の開幕です。

単一個体を相手にした話としては久々の長丁場ですが、それもあと少し。


これまでの話の様々な場面を利用し、ここで初となる情報を交えたある種の総集編、楽しんでいただければと思います。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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