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兵達の饗宴 二頁目


(さってと、手を引くように言ったのはいいが結構きついなコリャ)


 未だに優が自身に対し僅かに意識を注いでいる事を把握しながら、康太は冷静に現状を見返してみる。


 まず第一に意識を向けたのはジコンに攻め込んでいる百機以上の軌道歩兵で、これをどうにかしなければ住民が危ない。

 幸いにも避難は済んでいるため、蒼野が護衛に向かっているのも含めて人が死ぬような事態は起きないであろうことは予測できるが、万が一の可能性も潰しておきたいのが彼の本音である。


「いや待て。あの野郎共爆発すんのか。厄介だなオイ!」


 情報を追加すると、今しがた康太の見ている前で最前列を突っ走る数体が優の手にかかり動きを止めたのだが、そのどれもがその場で周囲一帯を巻き込む爆発を起こしている。

 これにより、ますます蒼野達の元に近づかせるわけにはいかなくなったことを康太は把握。


「たくっ、この状況で出てくんなっての。前回までの件も含めて、お前は俺のストーカーかなんかかよ」


 次に意識を向けたのは都度三度目の顔合わせにして一言たりとも言葉を発することのない不気味な暗殺者。影使いの強敵に関してだ。

 その時発した言葉は何の気なし、それこそ面倒な状況に何度も現れるこの男に対するただの愚痴であったのだが、


「………………いや待て。まさか本当にそうなのか。お前は………………俺だけを狙ってるのか?」


 直後に認識を改める。

 思い返してみればアサシン=シャドウなどと『裏世界』で呼ばれていた目の前の男は、自分に対して不必要なほど執心していたように思えたのだ。


 初遭遇の未来都市ではゼオスはもちろんのこと、自分より弱いシリウスやルティスを狙うことは終ぞなく、つい数時間前のマクダラスファミリー本部での衝突時も、自分を最優先で狙っていた疑惑がある。

 とすれば先ほどの言葉の信憑性も馬鹿にできないもので、康太の頬を汗が伝う。


 そしてそこからさらに考えは先に延びる。

 すなわち『因縁の始まりは一体どの時点』かである。

 康太の把握する限り、初遭遇は間違いなく未来都市ガノの際だ。

 がしかしその時から執念深く追ってきているとなると始まりは更に前であり、康太は頭を悩ませる。

 人から依頼を受け解決するという仕事柄、恨みを買う機会は人より多い自覚があったためだ。


「………………いや待て。お前の纏う空気………………どこかで」


 しかし熟考の末に康太は認識を更新する。

 きっかけなどない。これは完全な偶然だ。

 しかし康太は今、頭の奥に正体不明の引っかかりを覚えたのだ。

 対峙こそはガノが初なれど、男が全身から漂わせる感覚は既知のものであると直感が叫んでいるのだ。


「っ!」


 その明確な答えを掴むよりも早く、周囲を夜空へと伸びる炎で包まれた戦場で、火蓋は切られる。


「ク、ソ。やっぱ慣れねぇ!」


 先制したのは康太に銃口を突き付けられながらも躊躇なく前に出たアサシン=シャドウで、康太が打ち出した銃弾を躱しながら近づくと、まっすぐに蹴り抜く。

 ここで厄介なのがシュバルツに届くほどの高身長と、信じられないほど身軽かつ柔らかい筋肉の動き。そして影を纏うことによる射程距離の延長で、紙一重のところで躱したはずの康太の肉体に、踵から伸びた影の刃が届き、真っ赤な線が奔り、次いで口から大量の血が零れる。


「クソがっ」


 本来ならば体に刻まれた薄い斬り傷などさしたる問題ではない。

 しかしつい先ほど負った深手が康太を動きを制限し、軽傷を重傷へと変貌させ、不快感に耐えかねた彼はその場で膝をつく。


「ここまで追い詰められたのは久々だな。あーくそ、油断してたわけじゃねぇんだけどな」


 そんな康太へと地を這う影が伸び、跳躍したのと同じタイミングで地面から真上へ。

 鋭利な刃物と同様の切れ味を誇るそれは、地上に出て一瞬静止したかと思えば跳躍した康太を追いかけ始め、一秒ごとに刃の数を増やしていく。

 

「数が多いのは火事のせいか! いやそれより傷が………………ええい、考え事してる最中に攻めてくんじゃねぇよテメェはよぉ!」


 攻撃の手数を減らすため、水色の神器の箱から水を出し火事を消し、その状況で思考を狭めるよう攻め立てて来るアサシン=シャドウに文句を吐く康太。


(ゼオスの方は…………心配する必要はねぇな。アイツならうまくまとめる。となると直近の問題はこの傷か)


 そうしながら再び頭を働かせれば最も厄介な事柄が脇腹から鳩尾付近にかけて刻まれた重傷を治す術を自分が持っていないことに気づき舌打ちするが、終わりのない追いかけっこが一分ほど続いたところで追跡者が足を止める。


「影を掬い上げて………………武器にしてんのか!」


 僅かにできた空白の時間に止血だけでも行う康太の前で、直灰色の肌をした暗殺者が直立不動の姿勢で手元にまとめたのは周囲の影をドロドロの液体へと変化させた物体で、楕円状の状態で固まったかと思えば横に延長。


「…………んだお前。鎌の扱いに自信があんのか? あいにくオレは見飽きてるんだがな」


 優が手にしている物と同系統の鎌へと変貌させると康太の発言など最初から聞いていない様子で前進し、隙の少ないコンパクトかつ素早い動作で一閃。

 それを前にしても康太は動じず、『その程度ならば見慣れてる』とでも言うように余裕で躱し、


「っ!?」


 直後に己の未熟を恥じた。

 鎌の形のため康太はその射程もしっかり把握していたのだが、それゆえに油断した。

 そしてその油断こそ相手の狙いであり、真っ黒な鎌は康太の真正面まで突き進んだところで制止。刃の部分が生物のように蠢き出したかと思えばその形状を再変化させ、数えきれない量の鋭く細長い針に変え、既に大けがを負っている康太の体を貫いた。


 エクスディン=コルが告げた爆発予定時刻まであと――――二分。


 康太はその事実をまだ知らない。




「おおう! いい一撃打ち込んでくるじゃねぇか! こりゃ昔の坊主にはなかった強さだ。これが成長した結果って奴か!?」


 ところ変わって康太が早々に安心し考えることを放棄したゼオスサイドは、第四車両までと打って変わり、二本の神器が火花散らす接近戦を繰り広げていた。

 違いがあるとすれば戦場の姿で、第三車両に加え今しがた衝突を繰り広げている第二車両は、地下鉄内部のような雰囲気とは異なっていた。

 端的に言ってしまえばそれは新幹線の内部といったところで、一人一人に用意されたよく沈む座席を足場として、ゼオスとエクスディン=コルの二人は空中戦を繰り広げ、


「……一つ聞きたい。貴様がここまでする理由はどこにある?」

「理由?」

「……『好き勝手場をひっかきまわすクセに必ず安全圏を用意している』それが貴様のやり方のはずだ。そんな貴様がなぜここまで前に出る。自分を商品のように扱う」


 その果てに腹部に蹴りを打ち込み吹き飛ばしたゼオスが、第一車両の扉に背中をぶつけるエクスディン=コルにそう語り掛け、

 その直後――――――エクスディン=コルが表情を消す。


「理由、理由ねぇ」


 ゼオスの知る限り、いや蒼野や康太など多くの者らが知る限り、エクスディン=コルという男はいつだって相手を小馬鹿にするような態度を見せ、顔には軽薄な笑みを張り付け、己の胸中を悟られないようにしていた。


 そんな彼が今、自身の胸中を示すような静かな声を出し、なんとも似合わないものであるが苦笑さえする。

 その光景に僅かにだが呑まれたゼオスは言葉を失い追撃のチャンスを逃し、


「ま、それに関しても追々だな。それより急げよ坊主! 爆弾が爆発するまで後二分もねぇぞ!」


 その隙に少々重そうに腰を持ち上げたエクスディン=コルが第一車両に繋がる扉を潜り、ゼオスもそれに続く。


 そしてそこで彼は目にすることになるのだ。

 エクスディン=コルが己を呼び出した理由を。


「………………ここは、どこだ? 乗り物の中のようだが?」

「お前さんは移動系の能力だもんな。知らなくてもおかしくないわな。ここはな、飛行機の中だ」


 そうして先へ進んだところで目にしたのは先ほど以上の席数の座席に、一つの座席につき一つ用意されている小型のモニターであり、


「まぁこの車両に関してだけは、おじさん好みの改造をさせてもらったがね」


 続いてエクスディン=コルが側の席に置いてある真っ黒なチャンネルを取りボタンを押すと、周囲の壁や天井が大きさこそ違うものの同様のモニターに変化。


「ここにお前さんを呼んだ理由だっけか? そりゃ知ってほしかったんだよ。今のこの世界の様子をな」


 さらにボタンを押すと一斉に電源が入るのだが、そこでゼオスは目にすることになる。


 


 ジコンの現状だけではない。

 世界中で起きている、彼らが起こした闘争の数々を。



 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です


ジコンを巡る戦いもついに佳境へ。

潜伏していた暗殺者が姿を現し、エクスディン=コルもその醜悪な願いを語る時が来ました。


薄暗く悪意ある襲撃を起こしたきっかけ、

大逆転を行う前にもう少しお付きあいしていただければと思います


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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