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エクスディン=コルの誘惑 


 冷静に考えれば至ることができる答えであったと、振り返ってみて積は後悔する。

 普通に考えれば自身の放った氷属性の極致の影響に巻き込まれヒュンレイ・ノースパスの端末は凍てつき、砕かれたはずであった。そうでないとしても絶対零度を遥かに超える冷気により機能を停止しているはずであるのだ。

 だがもしその一般論が通用しなくなったとしたら。

 例えば持ち主であるヒュンレイ・ノースパスが自分の持つ端末に専用の対策を行っていたとして壊れていなかったとするならば、誰が持っている可能性が高いか?


 その答えは必然最も身近な場所にいたものになり、ではそれが誰であったかと問われれば至極残念だがエクスディン=コルをおいて他にはいない。


「てめ………………いやおめぇ、なんでヒュンレイさんの端末を」

『そりゃお前、なんかの機会に使えるんじゃねぇか思って取っておいたんだよ。で、その成果が今ってワケ。それより調子はどうだ――――――なんて聞く必要はねぇか。声を聞くになぁ』


 だがそこまで思考が届いてなお積は全身を支配する昂る気持ちを抑えきれず発せられる言葉には棘が混じり、それを理解しているゆえに電話越しの相手の声には嘲笑が混じる。


「………………用件はなんだ。早く言え」

『おぉそうだったそうだった。いや悪い悪い。お前さんがあまりにも気持ちのいい返事をしてくれたんでな。思わずニヤケ………………ってそりゃもういいか。俺はな、お前らに招待状を配りに来たんだよ』

「招待状だと?」

『あぁ」


  とここで、積は冷静さを取り戻しかかってきている電話をスピーカーモードに変更。

 そうしているうちにエクスディン=コルの方も気を取り直したらしく、しばらくのあいだ続いていた嘲笑が掻き消えると、常日頃のような相手を煽るような態度に戻り説明を開始。

 積の疑問に対しても素直に応じた。


『これからおよそ十五分後。俺はある場所に襲撃を仕掛けようと思ってな。そこにやってこないかっていうお誘いだよ』

「…………いきなり電話かけといて何言ってんだおめぇ」


 直後に行われた提案に対し、積は心の底から呆れた様子で返事をした。

 そのような反応を示した理由は二つ。

 一つはわざわざ犯行予告などを行う彼の馬鹿らしさに対して。


「そんなもん俺らがいちいち出る必要がねぇじゃねぇか。最寄りの奴に時間を稼いでもらって、その間にお前用の討伐隊を組んだほうが遥かにいい」


 もう一つは今しがた指摘した通りの内容。自分たちがわざわざ行く理由がなにもないというもので、話を聞いていた他の面々もナラスト=マクダラスも含め同意する。


『あぁなるほど。さてはお前さんら昼過ぎからニュースの類を見てねぇな。それならテレビをつけてみろ。地上の様子がよーくわかるはずだぜ』

「……康太」

「おう」


 言われてテレビを点ける康太。するとすぐに『臨時速報』のテロップが右上に記されたニュースを目にすることになるのだが、彼らは目を疑った。


『逃げろ! 殺されるぞ!!』

『どうして、どうしていきなりこんなことになるんだよぉぉぉぉ!?』

『鎮圧部隊到着した。皆様は速やかに非難を――――!」

『こちらアルファ3。ダメです。厄介な能力者に阻まれて!」


 燃えている。砕けている。人が倒れている。


 寂れた農村で。中規模のベットタウンで。世界中で名を連ねた観光地や各勢力の首都に近い場所で、暴動が起きているのだ。

 そしてそれを止めるために各勢力の戦力がつぎ込まれているのがニュースにより伝えられている。


「………………………………………………………………は?」

『今テレビを見てるんだよな? それならわかるだろ。どこもかしこも自勢力内での騒ぎを鎮静化させるために必死なんだよ。だから俺が今からコッソリ暴れようと、余計な戦力を回せる余裕なんざないってわけだ!』


 思わず息を呑んだ積や優の気配を電話越しながらも察知し、エクスディン=コルは再び嘲笑混じりの言葉を吐き出す。がしかし、今の彼らにそれらに構う余裕はない。


「これは………………」

『あん?』

「これは一体どういうことだ戦争犬!!!!」


 今はただ、目に映る混沌の正体を知ることだけが優先で、積の口からは疑問で形成された怒声が発せられる。


『どういうことって、集めた戦力使って好き勝手暴れてんだよ。お前らだって俺らがそのために色々暗躍してたのは知ってただろ?』

「――――――」

『え? マジか。知らなかったのか!?』


 それに対する返答は戸惑い交じりのもの。

 それこそ「聞くまでもないだろ?」と言外に訴えているようで、積にしてもその声色を聞き始めてアラン=マクダラスらの真意を察することができた。


 積や康太はつい先ほどまで、『どれだけ数を集めても、この程度の戦力ならば各勢力の代表クラスを出せば退けられる』と予想していたが、そもそもの狙いが違ったのだ。

 虹色の球体を入れられ新たな力を得た、ないし他者の感情を刷り込まれ凶暴化した民衆の利用方法。それは邪魔な戦力を釘付けにするためのものであったのだ。


 全ては絶対無敵の覇王の力。ウェルダに至るため。


『まぁこれで状況は把握できただろ。これから俺がしでかすことは、お前さんら以外には止められるほどの余裕がねぇんだよ。いやまぁあるっちゃあるんだが、あっちも含め他の奴らが来たら、基本的に襲撃地点は木っ端みじんと思えよ!』


 退路は塞がれ、あとは自分達だけで何とかするしかなくなった。

 そう積が思い浮かべたところで冷や水を駆けるような声が耳から全身に侵入すると体を凍らせ、


『で、肝心要の襲撃地点だがな。面倒な連中がいなくて、周囲にもいない場所――――――ジコンなんていう、神教の片田舎にすることにした』


 それでもなおも彼の頭は正常に働いていたのだが、エクスディン=コルの言葉を聞いた直後、全てが終わったことを理解した。

 なぜならそこは――――――


「………………」

「………………康太」

「積、たとえお前がなんと言おうと、いやこの場にいる全員が敵に回るとしても――――悪いが全て蹴散らしてでもオレは行くぞっ!」

「………………お前なら当然そう言うよな」

 

 蒼野と康太が育った場所であり、となれば義に篤い銃使いの青年がどう答えるかなど、わかりきってることであったのだ。


『ちなみにだが同様の連絡はゼオスの野郎にもしておいてやったぜ。そしたら古賀蒼野が熱い使命感に駆られてな。泣かせてくれるぜホントによぉ!」

「え、エクスディィィィィィィィン!!」


 感情のままに叫ぶ康太であるが返されるのは嘲笑だけで、電話は切られ時は進む。

 こうして彼らは半ば強制的に戦場に駆り出されることになる。


 ウェルダの力奪取の阻止。

 そんな絶対に見逃せない戦いがあるというのに、別の方向に進まなければならなくなる。


「積!」

「………………俺とて故郷が滅ぼされた身だ。お前の気持ちは痛いほどわかる………………お前の行動を止める気は常時ならサラサラねぇ。だがな、今は一刻を争う。いつウェルダの力が奴らにわたるのか分かったもんじゃねぇんだ」

「なら、俺の故郷は見捨てると?」


 だがなおも積は考えることを放棄しない。

 薄ら寒い灰色の壁に包まれた、避難用の隠れ家のバーカウンターで向き合う康太と積。

 二人の声と空気は真剣そのもので、康太が発した怜悧な殺意と積が纏う強い熱意がぶつかり空気を燃やし、結果的に場の空気は現状を保ち続け、


「そうは言っちゃいねぇよ。いやそもそも、蒼野は絶対にもうジコンに向かってるだろ」

「………………だろうな。だがアイツだけじゃ足りねぇ。エクスディンの魔の手はもっと悪辣なはずだ。だから!」

「あぁ。お前も向かえ。危険察知の力に二つの神器は、きっとエクスディンの討伐にも人命救助にも役に立つ。それに優も連れてけ。こいつがいれば、たとえ脳に障害を負おうが完治させられるはずだ」

「お、おう。ありがとな」


 けれど続く積の発言を聞くと思ってもいなかったゆえか戸惑いを零し、


「……いや待て。今の話の流れからするとウェルダの力を奪われないためにも動くんだよな。だったらそっちの戦力は!」


 そこで正気に戻った康太は気が付く。

 自分だけでなく盾役兼回復役の優まで回す。

 つまり世界の危機を止めるために動く人員というのは、


「あぁ。俺とヘルスさん。それに息子の不始末を片付けるためにナラストさん。この三人で、もう一方の問題を解決しなくちゃならねぇってことだ」


 三人。たった三人である。

 その事実に康太だけでなく全員が戸惑いを示すが、積は自身が口にした決定を覆さず、


 こうして人知れず世界の命運をかけた戦いは始まるのであった。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です


さあついに始まりました終盤戦。

その形はこれまでとは全く違うものとなっております。


次回はエクスディン=コル方面と、積の謎解きコーナーに移っていければと思います。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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