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永夜の都市とマクダラスファミリー 六頁目


 殺風景なコンクリートの壁に家具として使うには強固すぎる、鉄で作られた机や椅子などの品々。

 奥には十人以上が眠ることができるベットルームがあり、トイレや風呂、キッチンなども完備されているが使用された痕跡は一切ないその場所は、非常時用の水と食料だけが床下の収納スペースに入っており、やって来た者達の気を時には緩め、時には引き締める緊急時の避難スペースであり、


「改めて礼を言わせてくれ。マクダラスファミリーの総頭を務めてるナラスト=マクダラスだ。今回の件は、どれだけ頭を下げても感謝しきれねぇ!」


 その部屋のど真ん中から少し離れた場所。

 おそらく一時の安らぎを設けるために用意されたバーカウンターの側で、両膝を壁と同色の床につけ、頭をこすり合わせる影があった。

 つい数時間前に積達と出会い、朦朧とした意識のままこの隠れ家まで案内した男ナラスト=マクダラスである。


「いやいいですって。大体ここに運んだ直後にもやってもらったんだ。それ以上なんて求めねぇ」

「そうっすよマクダラスの旦那。完全な偶然だったんですしさ。それにホラ! 困ったときはお互いさまって言うじゃないっすか!!」


 偶然、そうまさしく偶然のことであった。

 ヘルスが今しがた口にした通りナラスト=マクダラスと遭遇したのは狙った結果ではなく、積が秘策として繰り出した激流兎に流されたゆえに生じたものである。


「………………」

「積君?」

「あ、あぁ…………いや悪いな。気にしないでくれ」


 「だがそんなことが本当にあり得るのか?」と積は考える。


 目の前にいるナラスト=マクダラスは本物だ。神器を手にした康太が触れ、その上でシュバルツが神器除けとして行う上から皮を被るような方法でもないことは確認済みだ。

 加えて他の黒服と比べ秀でた実力者が監視としてついていたことから見て間違いないだろう。


 だからこそ、積は訝しむ。

 衰弱してる状態から監禁されていたことは明確で、監視の実力も十分。

 それほど厳重に守られていたこの老人が、偶然とはいえ監視と共に激流兎に呑まれるようなことがあるのだろうか?

 積の疑問はその点に集約される。


(何らかの罠。いや………………裏で糸を引いてる奴がいるのか?)


 腕を組んだまま顎に右手を当て、いくつかの可能性に関して考察する積。


「ところでここってまだ永夜の領内ですよね? 見つかって襲撃にあう、みたいなことにはならないのかしら?」

「安心してくれお嬢ちゃん。俺たちは非常時用の隠れ家をいくつもこさえてるが、この場所は部下は勿論、息子にも教えちゃいねぇ。虱潰しに探したとしても、一日程度じゃ見つけられねぇ」

「そっか。それならよかったわ」

「……息子、か。そりゃアラン=マクダラスを指しての発言だよな。助けた恩、なんて言うと厚かましいかもしれねぇが、アンタの口から今回の奴の目的が何かを教えてくれねぇか?」

「もちろんだ。俺とてあいつの蛮勇は止めて欲しいんだからな」


 そうこうしているうちに康太と優が話を進め始め、積とて気になっていた点に関しナラスト=マクダラスは信じられないほどあっさりと承諾。

 罠であることも想定した上で思考を切り替え近寄ると、立ち上がったナラスト=マクダラスはカウンターの奥に移動し、コンクリートの一部を強く押した。

 すると壁の一部が動き出すのだが、その奥から出てきたのは年代物のウイスキーの数々だ。


「俺が口を滑らせるならこいつが必須でな。あんたらも飲むかい?」

「いや、いい」


 正直に言えば貴重な情報収集の機会においてアルコールを入れるなど言語道断だ。

 だがヘソを曲げられる可能性を考慮し、さらに言えば拘束監禁されていたとはいえ身内の仕出かそうとしている罪を告白するのは気が重いだろうと思い積は無言を貫き、手元に近づけられたショットグラスだけは阻止。


 康太や優、それにヘルスもやんわりと断ると彼は掴んでいたショットグラスに焦げ茶色の液体を注ぎ、一気に飲み干し息を吐く。


「……俺の息子の目的は、一言で言うなら自治領の確保だ」

「自治領の確保………………ってのはどういう事ですかね旦那。できるのなら、もうちょっと噛み砕いてもらってもいいですか?」

「わかりやすく言うなら、自分たちが統治する土地が欲しい、いや残したいってことだ。そのためにアイツは色々な奴らを手を組んだ」

「……なるほど。そりゃいくら相手が親父さんと言えど敵対するしか道はないな」


 語られた目的の善し悪し。その考えに至ったまでの道筋までは積にはわからない。だが納得できる理由ではあった。

 なぜなら父であるナラスト=マクダラスの思惑通りことが進んだとすれば、彼は、いやマクダラスファミリーは自分たちが支配していた『裏世界』を手放すことになる。それを嫌って動いているというのは理解できる。

 しかし疑問は募るばかりだ。


「オレも理解できるぜ。だがどうやってその目的を果たそうってんだ。アンタと交渉して意見を取り下げてもらうなら穏便に済ませられるが、アラン=マクダラスが選んだ道はアンタとの、いや惑星ウルアーデ全てとの『敵対』だ。となりゃ戦力はいくらあっても足りないと思うが?」

「そうよね。いろんな人から力を奪ったとしても、地上の戦力に勝つのは無理よね。その………………彼ら抜きだとしても!」


 それは先に思い浮かべた『詳しい動機』にしてもそうだが、康太と優が追及した『手段』にしてもそうだ。

 確かに『死神』やアラン=マクダラス、それにシャドウと言われていた影使いも強かったが、優が濁したガーディアやシュバルツを勘定に入れないとしても、他四勢力が束になれば敵わない気がしたのだ。


「そこらへんに関しては詳しく話しちゃいないが、上手いこと同士討ちを狙わせる算段があるらしい。その混乱をうまく利用するんだろうよ」

「混乱を利用するって言ったって………………限度ってもんがあるぜ旦那」


 追及すれば答えは返って来るものの、その内容はお粗末と言わざる得ず、普段は否定の言葉を口にしないヘルスも顔の右半分を掌で覆いながら呆れた声を上げる。

 他三人も気を引き締めていたゆえに明確な反応こそ示さなかったが、敵側の計画に関してはヘルスと同意見であり、


「待て待て『利用する』って言っただろ。あいつの本命は別にあるらしいぞ」


 けれどウイスキーをもう一口飲み込んだナラスト=マクダラスは彼らの早計を責め、


「本命?」

「応とも。俺も詳しくは知らんのだがな、協力者の力と合わして絶大な力を得るつもりらしい」

「絶大な力?」

「あぁ。確か――――――――ウェルダ、とか言ってたか?」


 続けて発せられた名前を聞いた途端、それまで場を漂っていた楽観的な空気は吹き飛んだ。


「え?」

「うぇ、ウェルダ………………?」


 直後に彼らの脳裏に蘇った記憶は、週間前に行われた生涯最大の死闘。

 どれほど忘れたくても忘れられない敗北と圧倒的な暴力。そして眩い光で包まれたかのような結末であるが、続けて彼らの脳に浮かんだのは此度の事件において欠かすことはできない要素の一つであった。


 それは今回の敵は『記憶』と『力』を奪えるという事柄で、この『事実』と『目的』を密接につなげた場合導き出される答え。

 それを彼らの頭は大慌てで算出し、


「「!!」」


 最初に辿り着いた積が、想定する限り最悪の事実を周知するために口を開く。


 がしかし、続きは出てこない。

 それを遮るように部屋全体に響く着信音が、鉄製の机の上に置いておいた積の端末に鳴り響いたからだ。


「…………誰だ?」


 とここで、積は強い警戒心を抱いた。

 なぜなら今、彼の持っている端末に連絡が届くわけがないのだ。

 この場所が電波の通じていない地下深くだからというわけではない。端末の通話記録を利用しこの場所がバレ襲撃されるのを恐れた積が、非通知や知らない番号はもちろん、電話帳に記録してる人物は同じギルドの蒼野やゼオスなども含め全員からかからないようにしていたのだ。


「………………っ」


 そんな状態の連絡用の端末に誰から連絡が来たのか?

 恐る恐る近づき確認した積は、即座に息を詰まらせた。


 なぜなら電話主の名前の欄にはあり得ない名前が書いてあったのだ。


 ヒュンレイ・ノースパスと。


「………………もしもし」


 だがその名前を見れば積とて無視するわけにもいかず、しばしのあいだ逡巡したあげく無機質に響く続けるコールサインに応え、


「お、出た出た! いや~死者からの連絡ってことで気味悪がられるかもしれねぇと思ったが、正義の味方ならそんな冷たいことはしないよなぁ」

「お前は………………!」


 そこで耳にするのだ。


 楽観的で軽薄なことこの上ない声。

 忌々しくも電話主の男を殺めた絶対に許すことのできない怨敵。


「よう。依頼を持ってきてやったぜ。俺からお前らに。素敵な素敵な戦いの依頼だ」


 エクスディン=コル。戦争犬の災禍の調べを。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です


自分で言っていて情けない気持ちもあるのですが、久方ぶりの零時を超える前更新でございます。

その内容は超が付くほど重要なもの。ついに明かされる此度の敵対者の目的。そして風雲急を告げるエクスディン=コルからの電話です。


今回の戦い、というより四章前編は三章までと比べると短めでここから先が終盤戦となります。

果たしてエクスディン=コルからかかって来た連絡の内容とは


気になる続きは次回で!


それではまた次回、ぜひご覧ください!


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