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永夜の都市とマクダラスファミリー 四頁目


 影の使い手が積の切り札により消え去り、彼らの前には天井の一部が消え去り不安定にはなったものの、一直線に駆けることができる道ができた。

 そう認識すると四人は一丸となったまま動き出すが、


「「!!」」


 先頭を走る康太の足が、止まる。

 突如頭をかすめた幻影。

 道が砕け空へと向け勢いよく切り立った崖が生えてくる姿を思い描いたゆえに。

 それは危険察知の『異能』を所有する康太だけではなく四人全員に対し起きたもので、心臓の鼓動は自然と早まり、


「オレが行って時間を稼ぐあいだに逃げろ。で、後で合流な」

「康太!」


 幻影の正体が月光を浴びながら立ち塞がる黒いコートの男。単体で万軍を上回る強者であると判断すると、積が指示を出すよりも早く先頭を走る康太が駆け出し、二挺の拳銃を掴み、援護として十の箱を周囲に浮かばせ、数メートルあった距離を腕が届くほど近くまで狭める。


「古賀康太だな。先の大戦では随分活躍したと聞いているが、確か中距離以上が専門だった気がするんだが?」

「オレはただ、お前が狭くしちまってる廊下を抜けたいだけだ。それだけの事をするためだけに何で距離を取る必要があるんだよ?」

「いい啖呵だ」


 そこから先は両者一歩も引かぬ接近戦だ。床から壁へ、壁から天井へと駆けていき、康太は二挺の拳銃に五色の箱を用い様々な角度と密度の攻撃を叩き込んでいく。


「なるほど。噂通り。中々の腕だ」


 驚くべくは対峙する『死神』で、その全てを徒手空拳で対処している。


「肉弾戦主体か!」


 地上と『裏世界』では大きな隔たりがあるが、それでも情報網が敷かれているという事実に変わりはなく、どこかで派手に力を使えば、人々の目に留まるのが理だ。

 とはいえ全ての情報が集まっているというわけではなく、かつての蒼野のように地元でしか力を使わず、表舞台で活躍することのなかった芽。または敵対者や目撃者の悉くを抹殺する輩の場合、能力はもちろんのこと、使う属性の種類さえわからないことさえある。


  『死神』と呼ばれるこの男など後者の最たる例であり、薄暗い廊下を縦横無尽に動きながら続けられる戦いに汗を流しながらも、康太の口からは情報を得れたことに対する歓喜の色が漏れ出る。


「ッ!」

「ほう。躱したか。噂に聞く危険察知の力だな。とはいえ」


 認識を変えざる得なかったのはその直後。

 自分の目の前に飛来した細かい破片。積が利用したものと同じ湯呑を用いた散弾銃めいた広範囲攻撃を防いだ瞬間だ。

 徒手空拳という予想を建てていたため、その範囲を大幅に上回る上半身全体を襲う攻撃に康太は舌打ちするが、両腕を交差させ易々と防御。


「噂以上の実力を備えているわけではない」

「ッ!」


 そうして意識が上半身に行ったのを認識されたところで素早く足を掴まれると、そのまま乱暴に投げつけられ投擲。

 壁を勢いよく破壊すると砂利だらけの庭園にまで吹き飛ばされ、真っ白な砂利が敷き詰められた地面にぶつかる直前に体を捻りなんとか着地。


「あのクソ野郎はッ!」

「こちらだ」

「あぶねぇ!」


 音もなく、気配を完全に殺し、その上で行われた貫手を躱した康太は見事であろう。

 けれど攻勢に移るまでには至らず、間髪入れず行われた地を這う回し蹴りで両足が地面から離れ、更に撃ち込まれた千の貫手全ては捌き切れず、五発が体を掠り、最後の一発が胴体へ。


「固いな。流石は神器だ」


 それを康太は己が得物で完璧に防ぎ、地面を転がるだけの結果で終わり、


「なる! ほど! な! ある物全部使う類か!」


 追撃として撃ち込まれた真っ白な砂利を銃弾で跳ね返しながら、康太の口からは忌々しげな声が漏れた。


「……驚いたな。俺を相手にして十秒以上耐えた奴は初めてだぞ」

「そんだけこれまでの相手がショボかったってことだろ。いや………………『裏世界』最強も大したことはねぇってことか?」


 続く追撃。すなわち視界から外れたかと思えば真横に迫っていること。そして撃ち込まれるのがついさっき自分が撃ち込んだ弾丸であることに驚きながらも、『慣れ』初めて来たことを自覚し、


「――――アァ!?」


 声を荒げることになる。

 背後から迫る特大の危険。それの正体をいち早く気付いたため。


「クソが。地面に潜ってやがったのか!」


 勢いよく跳躍したことで幸いにも直撃は避けたが、庭園に生えていた松の木の影から勢いよく飛び出た灰色の肌をした巨体。

 彼が突き出した鉤爪は康太の足を捉え、真っ白な砂利で埋まっていた庭園の一角に赤い楕円が作り出した。


「シャドウめ、無粋な真似をする………………だがこれも仕事だ。そろそろ終わらせなければな」

「!」


 単純に二対一になったという事実に顔を歪めていた康太は、けれどすぐに事態がそれだけの事に留まらないことを知らしめられる。

 それは彼が纏いだしたこれまでとは別の空気を捉えた故で、


「二千だ」

「…………何が?」

「今日までに奪った術技や能力の数だ。その大半は下っ端共の意味のない強化にあてがわれたが、無論俺も恩恵はあずかっている。例えば――――」


 嫌な感覚の正体を懇切丁寧に説明される中、康太は逃げ場を探すように気を張り巡らせ、


「待たせた!」

「たくっ。おせぇんだよ」


 ここで状況が逆転する。

 アラン=マクダラスを一時的にではあるが退けたヘルスが、神の雷たる蒼雷を纏いながら『死神』を蹴り飛ばし、続けて積が自身の真横に立ったことで。


「俺の知る限り瞬間移動や長距離移動はゼオス・ハザードの専売特許だったはずだ。お前たちにここから逃げるだけの便利な手段はないはずだが?」


 さしたる損傷を負った様子もない『死神』はヘルスと対峙しながらも積に対し意識を飛ばし、強烈な重圧を心身に与えていく。


「情報が古い、いや視野が狭いんだよこの野郎。こっちにはな、好き勝手に能力を使えるだけの余力があんだよ!」


 体が軋み、胸を直接掴まれるような感覚に陥る。

 けれど耐える。積は耐える。なぜなら今しがた味わっている感覚は既に『果て越え』とその仲間達と対峙している際に通り過ぎたものであり、


「激流兎!」


 両腕に嵌めている籠手の中のメモリーに仕込んでいた秘策。

 それをこの場で発動させる。


「兎だと?」


 瞬間、積を中心に起きた現象は、周囲の砂利を押しのけ溢れ出した様々な色をした大量の兎による庭園一帯を埋めつくすような大行進である。


「じゃあな。今度は仕留めてやるから首洗って待っときな!」


 積に康太はいち早くその流れに身を任せるように大量の兎の中に身をうずめ、シャドウと『死神』を抑えるために対峙していたヘルスも続けて撤退。


「逃がす理由があると思うか?」


 対する『死神』は迫る様々な色の兎を駆逐していくが、少々の攻撃を与えるだけで弾けてカラフルな粘着液を飛ばしてくる小動物の精霊に苛立ちを募らせ、それでも目標に意識を向けると、


「ちっ。雑兵如きがが邪魔を」

「契約上の関係とはいえ味方同士なんでしょ。無言で頭潰して殺すのは本気で引くわ」


 最後まで無数の黒服と戦っていた優が『死神』が近づいた黒服を殺す姿を見届けながら去った数秒後、全ての兎たちは消え去り、その場には体中を様々な色で染めた『死神』と、無言の棒立ちを行使しているシャドウ。


「あの野郎共。やりやがったな」


 そして忌々しげにそう呟きながらやって来たアラン=マクダラスの三人が残った。








ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です


マクダラスファミリー本拠地からの撤退戦。

積の秘策と敵対者『死神』の実力解説回になります。


ひとまずこれで撤退、という空気ではありますが、実はこの戦いはもう少し続きます。

それは最後にアラン=マクダラスが呟いた事柄が関わってくるのですが、それは次回で


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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