永夜の都市とマクダラスファミリー 三頁目
部屋を突き破った先の廊下で無事に体勢を立て直し、続く追撃の飛び膝蹴りを躱し得物である二挺拳銃を構えた康太。
一挙一動を逃すまいと意識を集中させるヘルスに余裕の表情を浮かべる『死神』。
「………………察するに親父が受け入れてたってんなら、この件最大の障害は俺だったという事か?」
その二ヶ所とは別。机を挟み、立ったまま睨み合うのは積と優。そして対峙するアラン=マクダラスと偽物であると看破された老人であり、不安げな表情を浮かべる老人の顔面を味方だと思っていたアラン=マクダラスの裏拳が襲えば、さしたる抵抗もすることはできず背後の壁に叩きつけられ、地面に落下し僅かに痙攣をしたところで意識は失われ人相の悪い中肉中背の中年男性の姿が露わになった。
「緊張感を持ってもらうために仲間にも伝えてなかったがそういう事だ。お前さん運がなかったな」
瞬く間に変化する状況に、目の前で起こった同士討ち。
どれも見過ごすことのできない事態であるが積は微塵も意識をそちらに向けず、目の前にいる男と睨み合う。
霧の都での初遭遇時との違いがあるとすれば両者の立場で、此度の積は明確に『敵』としてアラン=マクダラスと対峙しており、
(二人ともあの様子じゃどんどんやって来る黒服の相手までは無理ね。アタシが全部食い止めるから、この場は任せてもいい?)
(頼む)
優の念話に対し短く応答する積であるが、去っていく彼女にさえ視線を向けることはなく、
「全く、許可なく争いを始める部下には――――常々困らされるものだ」
「っ!」
直後に状況が動く。
湯呑が置かれていた長方形のちゃぶ台をアラン=マクダラスが蹴り上げ、迫る障害物を前にした積が瞬く間に取り出した鉄斧で四つに斬り裂くと、そのうちの一片を鉄斧の面で叩きアラン=マクダラスへ。
「甘い!」
アラン=マクダラスはそれらを僅かに屈んで躱しながら肉薄。己が神器の鍔に触れると、刀身が僅かにではあるが姿を現し、
「ちっ!」
直後に舌打ちする。
彼の視界を遮るように湯呑が置かれていたのだ。
「おらぁ!」
「っっっっ」
続いて屋内を占領したのは自身が兄の後継であると知らしめるかのような強い声で、硬化した足から放たれた蹴りがアラン=マクダラスの頬へ直進。これは間に挟まれた腕で阻まれるという結果に終わるが、目標が襖を突き破る勢いで吹き飛んだことで一呼吸程度ではあるが余裕が生まれ、その時間を用いて積は周囲に視線を。
「狭い廊下をビュンビュン飛ぶな。そういう事はな、サーカスで働く軽業師の仕事だぞテメェ!」
廊下では康太が『十怪』クラスの影使いの大男と戦闘中で、縦横無尽に動き回る姿に苦戦し、
「むん!」
「おっもっ! はっやっ!」
自分とアラン=マクダラスの側では今しがた戦いが始まり、打ち込まれた『死神』の手刀を両腕で防いだヘルスの口から苦い声が零れ出す。
「いい能力持ってるクセに使いこなせてないわね! てことはアンタたち、能力の本来の使い手じゃないわね!」
中庭では優が百人規模の黒服と戦っているがこちらにはまだ余裕があるようで、攻撃を受けた様子は皆無かつ息切れはまるでなく、水の鎌を構える姿には余裕さえ見られる。
「よそ見とはいいご身分だな。それともそれは余裕か?」
「っ!」
ここまで瞬く間に確認した時点でアラン=マクダラスが積の前にまで帰還。
己が神器をしっかりと掴み右から左へと袈裟に振り抜けば、確実に防いだにも関わらず積の右半身の至る所に切り傷が刻まれ、苦痛の表情に歪む。
「お前の場合、それは蛮勇と呼ばれるものだ」
その状況は数秒過ぎても変化はなく、行使された千以上の斬撃全てを鉄斧で防いだにも関わらず、鋼鉄化させた積の皮膚を突き破り、数多の細かい切り傷が刻まれ血潮が舞う。
「………………撤退だ。退くぞ!」
その結果を顧みた積が急いで味方に念話を送り、全員の意識が目前の相手から積のいる方角へ。
続けて積がそう告げると勢いよく動き出し、
「俺がそれを黙って見過ごすと?」
「黙ってる必要はないわよ! 無理やり押し通すから!」
積の目的を阻むようにアラン=マクダラスが前に飛び出し、その行く手を遮るように黒服や『裏世界』の荒くれ者たちの相手をしていた優が間に入り対戦カードが変更。
「ヘルス・アラモード!」
「ああ! 俺が合わす!」
「なにっ?」
その片手間に積が負った浅い傷の数々を治すと、積は『死神』と睨み合っているヘルスと合流。攻撃を重ね合わせることで『死神』を大きく後退させると優もそれに加わり、
「シャドウ! 守りを固めろ!」
彼ら三人が一丸となり残る康太へと向かう瞬間、その身に帯びた空気を読み取りアラン=マクダラスが声を上げる。
彼は気づいたのだ。撤退を口にした積の真の目的がどこにあるかを。
(気づいたか。だがもう遅い!)
積の発言に嘘はない。
この場で延々と戦うのは不利であるという判断に間違いはなく、撤退自体も選択肢として悪いものではない。むしろ当然であるだろう。
重要なのは、彼らが『タダで引く気はない』ということ。
念話をキャッチした後から数秒間、無闇に反撃することなく受けに回っていた康太。彼の側にまで残る三人はたどり着き、
「一気にぶちのめすぞ!」
直後、それまでの撤退ムードが嘘であるかのように、マクダラスファミリーの本拠地にやって来た四人は練気を爆発。
目前にいる『十怪』と同等の強さを備えていると思われる影の男を飲み込む竜の咢の如く、一気呵成に攻め立てる。
積が即座に建て、実行に移した作戦。
それはただの撤退戦に非ず。
最後に残った康太の回収と共に、厄介な戦力の一角を打ち崩す。そんな案であり、
「バルギルド!」
「………………!」
「ライ・トール!!」
廊下を埋める影を己が周辺に集め身を守る壁とした無言の巨体に対し、神の雷を用いた砲撃が撃ち込まれる。
「うおっ! なんであの巨体であそこまで動けるんだ!? 猫か何かなのか!?」
「同感だ。気持ちわりぃなコイツ!」
結果飴細工を鉄槌で叩き壊すような勢いで影の壁を突き破るが目標は既にその場に非ず。
天井に張り付きガラス玉のように感情が薄い瞳で真下を見つめ、影を伸ばして鋭利な刃物として利用。対抗するように積が鉄の盾を生み出し防御すると、
「時間を稼げシャドウ。俺と『死神』と連携して挟み込むぞ」
足を止めてしまっていた一行を追い詰めるようにアラン=マクダラスが廊下に姿を現し、その後ろからはこの場において最も強烈な気を放つ男が迫る。
「積!」
「予定に変更はねぇ! この場で面倒な野郎を一人無力化する!」
危険察知の『異能』が鳴り響く康太の文句を押しつぶし、己が右腕を最大最強の一撃を放つための砲身へと変貌。周りの言葉を聞くまでもなく歪な砲台の照準を対象に向け、
「――――黄金錬成:キャノン!!」
声と共にアイリーン・プリンセスさえ退けた最大威力の切り札を提示。
「………………………………!?」
直後、視界を埋める閃光に無感情を貫いていたシャドウが目を見開き、シュバルツに届くほどの巨体は光に包まれる。
「逃げるぞ!」
その光景を見届けるよりも早くそう口にする康太は、
「まあ待て。せっかくの祭りなのだ。もう少し楽しんでいけ」
すぐに強烈な悪寒に襲われる。
積の尽力により空いたはずの活路。それを防ぐように真横の壁を砕き、地面を軋ませながら現れた『死神』の姿を目にした瞬間に。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
マクダラスファミリーの乱、此度からスタートです。
短い話数でぐるぐる動くパートなので、読みやすさには気をつけなければと思います
それではまた次回、ぜひご覧ください!




