永夜の都市とマクダラスファミリー 二頁目
その男が目の前に現れた瞬間、積達は屋内の温度が一気に下がったように感じた。
能力はもちろん氷属性の力も練気も使っている素振りはなく、彼らはすぐにそれが錯覚。否、自分たちの思い込みであると気付く。
「………………こちらこそ、お会いできて光栄です。我々は地上で決まったあることをお伝えしたくて参りました。優」
「あ、うん――――こちらをどうぞ」
発するはずであった言葉は喉で引っかってしまっており、代表者として佇む積がそれだけの事を言い返せるようになったのは、開いていた襖が閉まる音を聞いた後の事で、やや呆けた様子を残していた優も積に促されると気を取り直し持ってきていた資料を机の上に広げていく。
「………………こいつぁ」
「貴族衆代表ルイ・A・ベルモンド殿。ギルド代表エルドラ殿。二人の協力を得ることで出来上がる予定の新たな世界の形です」
ナラスト=マクダラスに渡された資料の中身は、この場所を訪れた理由そのもの。
小細工など一つも施していない、『裏世界』に住む大半の人らの地上への帰還を呼び掛けたものである。
「千年前、イグドラシル・フォーカスは『神の座』となり、それから長きにわたり政を行ってきました。だがそんな彼女でも不可能な領域もあった」
「そうだな。『裏世界』の役割は、そんなあいつの不得手な分野を俺達が代わりに行うところにある」
「ええ。ですが長い時を経て世界は変わりました。神教と賢教が手をつなぐ新しい時代が訪れ、隠れていた竜人族も表舞台に帰還した。これほどの変化が起きた今ならば」
「かつて神の座が危険と判断し隔離した、俺達まで掬い上げることができると?」
「ルイ殿にエルドラ殿………………いえ俺はそう考えています」
その資料を仏頂面で見るナラスト=マクダラスに対し、積が自分らが訪れた理由を口頭で説明。
「それほどの案件なら奴ら自身が来るのが道理だろうに………………いや、ここに来たお前たちこそ、これからやってくる新時代の象徴ということか」
積の真摯な言葉を最後まで聞き終え、手渡された資料を大まかながらも見届けた彼はため息を吐くが、二人の真意を見定めたかのような言葉をつぶやくと顔色一つ変えず机を挟んで向こう側にいる積達四人を見つめる。
「総頭………………」
「あぁ」
次に彼が口を開いたのは背後に控える若頭、己の息子が声をかけた後で、机に置いてあった自分用の湯呑を掴み一口飲んだところで、これまでと変わらない様子で口を開き、
「上の考えはよくわかった。神の座の死を乗り越え、より良いものにするための施策だということもな。それを成してこその新時代ということか」
「…………はい」
「…………ところでこの施策が通った場合、俺達の立場ってのはどうなる?」
ふと、積だけではなく四人全員が場の空気が望まぬ方角に転がっていくのを感じ取る。
「…………………………多くの特異な者達を纏める重圧から解放され『十怪』の立場という枷も取り払われます。御身だけでなく構成員一人一人の、要望に沿った席をできるだけ用意できればと」
だがまだ何かが決まったわけではない。
そう自らを奮い立たせた積は準備してきた言葉を告げ、
「そうか。なら俺は――――今のこの立場を保持したい」
直後に理解することになる。
交渉は決裂したのだと。
「お前さん、いや上にいる奴らは何か勘違いしているようだがな、別に俺は、今の立場を窮屈なものだとは考えちゃいねぇ。むしろこの立場を気に入ってる」
「……と、おっしゃいますと?」
「考えればわかることだろ? 苦労はある。そりゃ認めるさ。だが見返りとして広大な地下の世界を支配する権限が与えられるんだ。それを捨てる気がないのはそこまでおかしなことじゃねぇはずだ。だからまぁ、この件は諦めるんだな」
言いながらナラスト=マクダラスは立ち上がり、その後ろに控えるアラン=マクダラスも続くのだが、彼はその際に未だに座っている四人を見下ろし、僅かにではあるが唇の端を歪め、
「お前たちの望んだ未来は、叶うことのない青写真だったということだ」
そんな捨て台詞を告げる。
すると積は顔を持ち上げ、
「いや待て。アンタ誰だ?」
そう呟く。
「何を言っている原口積。俺とお前は既に顔合わせを済ませたはずだが?」
すると突然不可解なことを言い出した積に対しアラン=マクダラスは当然の疑問を投げかけ、
「いやアンタじゃない。さっきまで俺達に話しかけてた人物が誰かって聞いてるんだよ」
積は当然のように言い返し、他の者もその言葉に同意する。
なぜなら、
「この依頼の発案者は先の二人だけじゃない――――ナラスト=マクダラス、あんたも千年前に肩を並べた一員として加わってたはずだ。むしろ最初の提案者だと聞いてる。だから――――この案件がアンタの口から断られるわけがねぇんだ」
彼らは知っているのだ。この案件がどのようなものか。
すなわちこれは、周りを納得させるための出来レースであるのだと。
その実情を知らぬのは本来ならばこの部屋においてたった一人だけで、
「親父め。面倒なことをしやがる」
「そいつは誰だ!」
彼らに捨て台詞を吐いたアラン=マクダラスが舌打ちしながらそう呟くと積が声を荒げ、
瞬間、状況が大きく動く。
「あぶねぇなおい!」
襖を突き破り現れたのは既にナーザイムから送られてきていた選りすぐりの武器を持つ黒服たちで、しかし彼らの出現をいち早く察知していた康太が、四つの箱を配合して生み出した盾により、彼らと自分らの間に障壁を作り、
「あぁ!?」
しかし直後に苛立ちの声を上げることになる。
その理由は自分らの湯呑を置いていた机の影から現れた不気味な巨漢。つい先日未来都市『ガノ』で現れた灰色の肌をした巨躯の強敵が再び現れたかと思えば自身へと向け鉤爪を向けてきた故で、
「康太君!」
「今回の俺の目的はお前たちの抹殺だ」
「し、『死神』っ!」
「子供たちを守るつもりなんだろ? やってみろヘルス・アラモード」
応援に向かうヘルスの前にm一度は積とヘルスを見逃した強者の姿が現れ、
「やはりこうなったな」
「まぁ…………そんな気はしてたさ。残念だけどな」
ヘルスと康太の二人が目前の相手と睨み合う中、積は神器の柄を掴んだアラン=マクダラスと対峙する。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です
ということで『裏世界』最大規模の戦いの始まりです。
向き合う相手はどれもこれも『十怪』クラスの強敵。
積が発した通りならば偽物となるナラスト=マクダラス。
そしてついに明かされる彼らの目的。
中盤戦の佳境をお見逃しなく!
それではまた次回、ぜひご覧ください!!




