幕間:ある青年の肖像
幼い頃、その子供は人見知りを超え、気弱な性格であると多くの人が評するような性格であった。
大人はもちろんのこと自分と同い年の子や年下の子と目を合わすのも苦手で、話す言葉はたどたどしかった。
その性格はある時を境に変化するのだが、それでもいつだって少年は兄と一緒に動いていた。
そのように話を広げるのはヘルスと会話をする二人の青年。
繁華街の明かりや入り口から少々離れ人通りが少なくなっているその場所は、喫煙所ではないが煙草を吸っても咎められることはなかろう路地の一角で、背中を石の塀に預けながら彼らは十年以上前に思いを馳せる。
「結構目つきが鋭いことでいじめられてたりもしてたんですけどね。気弱だけど優しい奴だったんで、最終的には誰とでも仲良くなってましたよ」
「ま、昔の話ですよ。ついでに言うとやっぱり違うと思います。地上の情報に関してはさほど流れてこないんですけどね。それでも故郷であるヒロキが滅んだことくらいは知ってますし、その際にそいつの兄貴一人だけが生き残ったのも知ってるんです」
「だから他人の空似ですわ!」
無邪気に笑いながら煙を吐き出し笑う二人の青年に、ヘルスは胸が締め付けられる。
なにせその大事件を起こした張本人が、人格こそ違えど彼自身であるのだから。
「その、だな、その亡くなった子ってのは、ある日を境に大きく変わったんだよな。それってどんな風に? 理由はわかるかな?」
正直に言ってしまえば今すぐ土下座して謝りたい。
マクダラスファミリーの本拠地正門の前で話している人物が、彼らの顔なじみであることを教えたい。
だがヘルスは今がそんな場合ではないことをちゃんと理解しており、ゆえに聞き出さなければならない事柄だけを何とか言葉として吐き出した。
「別にいいけど……もう死んだ奴のことですよ? 知ったところで意味なんてないんじゃ」
「かもしれないな。けど不思議と気になったんだ。ジュース代くらい出すからさ、教えてくんないか?」
「いやそこまで気を遣ってくれなくてもいいっすよ。言った通り死んだ奴のことですから、個人情報云々に気を付ける必要だってないんですし!」
するとヘルスの温和な態度に感化された青年は、彼が急いでポケットから小銭を取り出そうとするのをやんわりと断り、顎に手を置くと物思いに耽るよう明後日の方角を見つめ、
「真似っ子、かな?」
そう呟く。
「………………真似っ子?」
「うまい表現だな。うん。そんな感じだ。あいつ――――」
「おーい、俺らの番が来たぞー! 早く来いよー!」
しかし残念ながらヘルスはそれだけでは事の真相を掴むことができず真意を探る。
すると青年は噛み砕いて説明を行おうとするのだが、時間の概念を無視して輝きを放つ繁華街からヘルスと話している二人を呼ぶ声が聞こえ、
「ヤバッ、もうこんな時間か」
「思ったよりも話し込んでたな。すいませんねお兄さん!」
その真意を聞くよりも早く、二人の青年は去っていく。
その姿を一瞬追うべきか躊躇したヘルスは、けれど『この謎だけは解くべきである』という己の直感に身をゆだね一歩踏み出し、
「積が帰って来たわ。行きましょ」
「………………ああ」
その意志を挫くように優が彼の元にやって来る。
そしてその言葉を聞いてしまえばこれ以上抵抗することもできず、自身の直感が大したものではなかったのだと考えを改め彼は優と共に先へ。
輝く繁華街の景色から、冷たい灰色の門へと向け、進んでいく。
斯くして物語は進んでいく。
警備にあたっていた二人の黒服の不満を捻じ伏せ、物々しい音を発しながら開いた分厚い鋼鉄の扉。
彼らはその先へと進んでいく。
案内役として二人の黒服が。
その後ろ。四人の中では先頭に立ち、あらゆる危険に対応する役割として康太が。
有事の際に味方を回復するため、すぐに手が届くということで優が真ん中に。
さらに後ろには護衛役として立つヘルスとこの場を仕切っている積が続き、
「………………」
外と中の境界となっている門が自動で閉まっていく光景。
それを振り返った積だけが見届けた。
「どうぞ。お進みください」
入ってすぐに四人を迎え入れたのは石畳が敷かれた奥にある屋敷へとつながる直線で、その道を囲うように砂利が敷かれ小池や切り揃えられた木々の数々が配置されたその場所は、四人の背筋を自然と伸ばした。
「ずいぶんなご挨拶じゃねぇか………………康太」
「今のところ怪しい気配はないな。今のところ、な」
しかしそちらにばかり気を向けているわけにもいかなかった。
彼らが進むべき道の左右に立ち、腕を後ろで結び、靴をピッタリと合わせた状態でまっすぐに立っているのは百人を超える黒服サングラスの男達で、訪問客が近寄ると恭しくお辞儀をする。
「当主様をお呼びしてきますので、こちらでお待ちください」
それはおよそ十秒ほど、案内役に連れられた四人が既に開いている玄関を通るまで続き、廊下を歩き始めた四人は中庭の見事な庭園を一瞥すると畳と長机を中心に、掛け軸や年代物の壺が置かれた部屋へと連れられ、四人が座布団に座ったことを見届けるとそう言いながら黒服の二人は離席。中庭に続く襖を閉じる。
「素直に連れてきてくれると思うか?」
「ナラスト=マクダラスの立ち位置次第だな。正門で話した時点でやって来た目的は語った。それに賛同してくれるなら直接やって来るだろうよ」
「違ったらどうなるかしら?」
「ここに康太の奴がいる意味が最大限に発揮される」
「そりゃ結構なこった!」
すぐにヘルスを除いた三人がそのような軽口を吐くが、それから二分三分と待っても待ち人は来ず、
「……積。こいつは」
「…………………………失礼なのは承知の上で動くか」
さらに五分ほど経ったところで康太がそう発し、積が同意を示しながら胡坐を解き立ち上がり、
「失礼。待たせた」
そんな彼らの前で閉じていた襖は開かれる。
「あんたは………………」
「まさかここまで早く顔を合わせることになるとはな………………歓迎するぞ原口積」
現れたのはマクダラスファミリーの若頭アラン=マクダラスで、その姿を見た瞬間に立ち上がりかけていた積が臨戦態勢に移行。次いで彼の身から発せられる闘気を認識した康太が腰に携えている十色の箱に手を置き、
「待てアラン」
「………………………………」
背後から聞こえてきたしわがれた声を聞き、四人と対峙する青年は動きを止める。すると積も康太も武器に置きかけていた手を離し、そのすぐ後にその双眸が捉えるのだ。
真っ白な髪の毛をオールバックにまとめ、積やアランと同様に鋭い視線を携え刀を腰に差した老人。
一目で高級品であるとわかる黒と灰を基調にした着物に身を包んだその姿は、資料に記されていた通りで、
「お初目にかかる。『裏世界』を運営しているマクダラスファミリーの長ナラスト=マクダラスだ。遠路はるばる、よく来てくれた」
彼らはこの依頼の最終目的、その鍵を握る存在とついに相見える。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です
前回話していた寄り道の話についてです。そっちが主体な部分なので、今回のタイトルはそちらに
そして後半ではついに遭遇。
既に何度も語られていますが、ここから事態は怒涛の展開を向かいます。
その始まりは次回から!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




