『裏世界』解剖録 五頁目
「どいつもこいつも何もなかった、か。こいつは妙だな」
「間違いなく稀な事ではあります。ですが悪いことではないのでは? 事件が起きず平穏無事な日々というのは、誰もが望むものだと思いますが?」
「そりゃはそうだ。だがなトリテレイア。俺達は『裏世界』に降りる際、地上とは比べ物にならないほど血生臭い場所だと聞いたんだ。その前提が覆されるなら不審に思うのは当然のことだ」
「それは…………確かにそうなんですが」
解散を告げた朝十時から半日近くの時が経ち、最後まで外に出て活動していた優がため息交じりに報告を終え自室に戻る。
その姿を見届けると積は自分の側で仕事を手伝っていた『裏世界』に住む同年代の異性に対し掌を動かしながら説明し、ロクな反論もできなかった彼女は押し黙る。
「トリテレイアさん。頼まれていた作業を終えました~。流石に五十ヶ所の確認は大変でした~」
「お疲れ様です。今日はお湯にゆっくり浸かって疲れをとって、早めに眠ってくださいね」
「はい~」
とそこで積と話していた美少女の前に厚底メガネをかけたおさげが似合う中学生程度の童顔の少女がやって来て、渡されたディスクと数枚のメモ用紙を受け取ると彼女はねぎらいの言葉を投げかける。
「今のは?」
「アルストロという中学一年生の子です。彼女の持っている能力が今回の情報収集では役に立つと思っていたので、協力してもらっていました」
「どんな能力なんだ?」
「千里眼の類………………いえもう少し正確に言うのなら無限に監視カメラを設置できるような力でして、自身の粒子で生成した様々な子機を好きな場所に設置し現場の状況を記録し、その映像を好きなときに見ることができるというものです」
「そりゃ便利だな。で、これがそうやって見た映像に、気になる点をまとめたメモか」
それからすぐにトリテレイアがペンションに備え付けられていた映像機器に渡されたディスクを差し込む一方で、積が机の上に置かれたメモの中身を確認。
「……トリテレイアさん、ディスクを二時間と三十分ほど早送りしてくれ。チャンネルは8番だ!」
メモの内容は記録者であるアルストロという少女が際立って気になった点に関するもので、少々汚い文字を解読していた積は、しかし目の中に飛び込んだある情報を見た瞬間、血相を変えてそう宣言。
「え、あ、はい」
積の始めて見せる焦燥感を感じさせる声を前に不意を突かれ固まったトリテレイアは、しかし気を取り直して言われた通りの時間とチャンネルを繋ぐ。
するとそこに映っていたのはこの時点では蒼野とゼオスがまだ報告していなかった存在。
すなわちピエロを連想させる風貌をした異形の精霊で、その姿に気づいていない様子の青年に向かい腕を振り抜くと、今回の件に間違いなく深く関わっている虹色の球体が飛び出し、青年は意識を失いその場で崩れ落ちた。
「ルティスの奴の説明によれば『記憶』と『強さ』を奪えるようだが、こいつはどっちだ?」
しばらくその映像を見続け、積は倒れていた男が目を覚ます瞬間まで時間を進める。
すると男は五分ほどして目を覚ますのだが過剰に慌てた様子はなく、しかし何らかの異変を覚えたのか首を捻った。
そのしぐさを見た積は『記憶』に関する強奪であると判断。手がかりの一つに加え、今や明確な敵対勢力と化したアラン=マクダラスの目的を考察しようと頭を捻り、
「その虹色の球体に関してはその一件だけではないようですよ。アルストロの報告によると、監視の結果百件以上で確認されたと」
「…………なんだと?」
続けて積が机の上に置いたメモを見ていたトリテレイアの報告を聞き、耳を疑った。正体を掴むことさえ苦労した相手が、ここまで派手に動くとは思っていなかったのだ。
「すまないがもう一度貸してくれねぇか。どうやら彼女の記録が今日一番の収穫らしい」
再びメモを受け取り、延べ五十ヶ所にも至る場所に設置した監視の目で得た情報をまとめたメモを受け取る積。
「大量発生するピエロの怪物。厄介な能力を持ってるが量産可能なのか。めんどくせぇ。使い手は昨日報告にあった黒塗りの奴として…………重要なのは、人の移動か」
彼は午後十時を過ぎた時点でトリテレイアに休息するよう指示を出し、一人残り渡されたメモ用紙の内容を読み解き、結果重要だと思ったの情報は三点で、
一つ目は今になり異形のピエロの存在が目立つような行動を行い始めたこと。
二つ目は様々な場所に点在していた黒服たちが、ほぼ同じタイミングで撤収したこと。
三つ目はエルドラやルイから渡された資料に載っていた危険人物一覧。いわゆる犯罪者についてまとめられていた一冊なのだが、そこに載っている者達を含めた荒くれたちが、黒服と同じように移動を開始し始めたこと。
「……喧嘩だな。それも戦争といってもいい規模の」
これらがたった一日のあいだに起きた事に加え、つい先日、自分たちがバークバク・G・ゼノンとアラン=マクダラスのあいだに繋がりがあることを知り、何か不穏な事を行おうとしていると知った事実。
それらを繋げた結果積はそのような答えを見出し、机の上で掌を組んだ姿勢のまま一度だけ深く息を吐き思案。
その内容は、マクダラスファミリーへの訪問を一日早めるかどうかについてである。
「…………クソ」
この設問に関して積は悩みに悩むが答えを見出すことができず、日を跨いだことで脳と体力の回復のため就寝。
朝起きてすぐに答えを出そうと考えたが、彼の思惑はうまくいかない。
『というわけなんだ。俺はこの件にナーザイムの人ら全員の命がかかってると考えてる。そっちが忙しいのはわかってるんだが、協力してくれないか?』
「…………わかった。こっちにいる人員をそっちの情報収集にいくらか回す」
『助かる!』
蒼野の提案を聞き無視できない事態であると判断し、優とヘルス、それに才能育成都市の協力者の二割をそちらに分けたのだ。
結果この日の『裏世界』側はつい先日と同じような情報を集めるという結果に終わり、
「よし、行くぞ」
急展開を迎える三日目が訪れた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です
前回が『裏世界』側の行動指針の提示回。そして今回がその様子を示す回となります。
そして皆さまお待たせしました。
少々穏やかな話が続きましたが、次回から四章前編の山場に入ります。
明かされる目的に立ちはだかる障害。
色々な事が起きるマクダラスファミリー突入編にご期待ください!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




