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祭囃子の彼方にて


 ウェポンフェスティバルの会場はナーザイム全域に及ぶが、祭りの終わりを告げる争いが繰り広げられていたのは町の中央部分で、したがって人は自然とそこに流れていく。

 となれば有事に備えての警備の手もその一点に集まり、外堀部分は普段と比べ緩くなり、彼のような犯罪者が内部に取り入るのも常日頃と比べれば格段に楽である。


「しっかしよくもまぁ見つけたもんだ。潜伏できる場所なんていくらでもあるぜこの場所は。どうやったんだ坊主?」


 一度入ってしまえばあとは不用意に見つからないような場所に潜むだけで、エクスディン=コルが選んだ警備員も含め立ち入り禁止であるはずのビルの屋上という場所は、同じような場所が複数存在することも含め、一個人を見つけるのは至難の業であると言っていいだろう。

 もちろんビルの屋上に来るまでには細心の注意を払い、足跡を基本とした痕跡もしっかりと消してきた自覚がある。

 にもかかわらず、彼のかつての教え子は彼の位置を突き止めた。

 その方法に興味を抱いた彼は顎に生えた無精髭を撫で刃のように鋭い目を細めながら探りを入れ、


「……難しいことではない。争いが起きた場合、それを最もよく観察できる場所。そこに貴様はいるだろうよ」

「おいおいおいおい! そりゃちょっと安易すぎやしねぇか!? 監視の目でも置いときゃ済む話だろーが!」


 端にある貯水タンクにエクスディン=コルの背後にある鉄の柵。そしてこの場所から眺められる景色を順に見ながら淀みなく言い切るゼオスの言葉を彼は嘲笑う。


「……しないさ。貴様は」

「あん?」


 けれどゼオスの意志に微塵の陰りもないことを目にすると嘲笑は掻き消え、


「……人が発する狂気に怨嗟。殺意に悲哀を肌で感じ、怒声と命乞いを耳で直接吸い取る。それを至福とする貴様が、探りを入れる段階ならばともかく、当たりをつけた戦場に姿を現さない理由はなかろうよ」


 ゼオスの断言を聞くと驚いたように目を見開き、僅かにだが開いていた口は閉じず、されど言の葉を発することもなく、


「…………短くない期間、貴様と共にいたのだ。そのくらいのことは――――」

「いいねぇ。いいねいいねいいねぇ! さいっこうだよ坊主! お前さんはよーくわかってる!!」


 ゼオスが続きを綴り始めた途中で頬が裂けたかのような笑みを浮かべ、背後にあった鉄の策に体を預け、心底楽しそうな声を上げる。


 その姿が、ゼオスの不安を煽った。


「で、どうすんのさ。それがわかってるならよぉおじさんがこの後どうするかも想像ついてるんだろ?」


 なぜなら彼は知っていたのだ。

 目の前にいる人の皮を被った悪鬼。彼が嗤う時、それは間違いなく不吉の予兆なのだと。

 それを示すようにエクスディン=コルは懐から握りしめられるサイズの灰色の棒を取り出すのだが、その先端部分には真っ赤なでっぱりが存在していた。


「おじさんらからするとよぉ、ここの連中が戦に参加しないのはめちゃくちゃ困るんだよ。流れてくるはずの武器はなくなるわけだからな。なのに契約主のガマバトラの爺はすっきりとした顔、やり切った感じを醸し出していやがる。これじゃ望んだ結果は期待できねぇ。ならよぉ、いっちょ発破をかけてやるのが、優しい優しい仲間の仕事とは思わねぇか?」

「…………貴様、何をする気だ?」


 言いながらもゼオスには答えがわかるような気がした。

 エクスディン=コルは今、ガマバトラが『すっきりとした』『やりきった』と評した。そしてそれが理由で、望まない結果がもたらされるとも呟いた。

 ならば彼がとる手段は消えた炎の再点火にほかならず、


「この孤島を火で包む。いやこれに関しては苦労したんだぜぇ本当に。なんせワンオペだからな。二時間かかっちまった。だが観光客やら同朋やらが大量に死ねば、そうなった責任を思い浮かべてあのジジイもやる気になるだろ!」


 ゼオスが思い浮かべた通りの内容を嬉々として語る。


 ゆえにゼオスは彼が語り終えるよりも早く動き出す。彼の悪しき目的を止めるために。


「………………ッ!!?」

「ヴァァァァァァカ! 堂々と姿見せてる時点で、対策くらいしてるに決まってんだろ!」


 しかし間に合わない。既に彼の周りには己の身を守るための準備が幾多にも練られており、自分に対し忌々しげな視線を送る愛弟子の瞳に心地よささえ感じながら親指を持ち上げ、


「君の今後の予定を分析するとするなら」

「あん?」

「被害を起こして即退散、といったところかな。ゼオス君なら君の打倒が叶うだろうが、短時間では成し遂げれない。つまりその間に数多の命を零すことになる。今の彼ならばそれはしないと判断した一手だ。なるほど確かにそれはうまくいくだろう」


 それが下ろされるよりも早く、屋上の隅にある貯水タンクの上から声が放たれる。

 驚いた二人が目にしたのは、先ほどの戦いのきっかけ。すなわちシュバルツを呼ぶための儀式を行った霊媒者の姿であるが、


「…………ああなるほど。そーいうことか。そういえばアンタ、水分身が得意だったな」


 すぐにエクスディン=コルは気が付いた。

 あの場にはシュバルツ・シャークスが二人いたのだと。一人は実際に鍛冶師たちの駆使する武器と戦った中肉中背の青年。そしてもう一人は、そのシュバルツの魂を体に下ろすと宣ったこの男なのだと。


「そうだ。けどその策はゼオス君一人を想定してのものだ。二人なら君の策は破れる。君を追い詰める役を私が、便利な瞬間移動を使える彼が救護に回ればいい」

「………………舐めてもらっちゃ困るな。水分身の上限はソードマンあたりだろ? それなら十分に対処できる。俺の方にもまだまだ見せてない策が――――」


 しかしなおもエクスディン=コルは自身の優位を主張し、むしろシュバルツの見積もりの甘さを嘲笑うが、その笑みは瞬く間に引っ込むことになる。


「勘違いしちゃいけないな戦争犬。彼らは確かにいいものを作ったよ。昔よりも遥かにだ。だが」

「…………マジかテメェ」

「まだ全身全霊を傾けなくちゃいけない領域にはいない」


 その手に神器ディアボロスが握られているゆえに。

 つまり――――――――目の前にいる男こそ、正真正銘本物のシュバルツ・シャークスという事実に。


「とはいえ、君が生きしぶとく意地が悪いのは私とて知っている。同じ職場で働いた仲だからね。だから提案だ。この場は何もせず引け。そうすれば、こちらから危害を与えないことは約束しよう」

「!」

「この地に集う人々を守るためだ。ゼオス君も賛同してくれるな?」

「……無論だ」


 その事実が場の主導権を彼に手繰り寄せる。

 貯水タンクから飛び降りると同時に変装を解いたシュバルツはそう提案し、ゼオスは賛同。エクスディン=コルも嫌々ながらも承諾した様子を見せ、


「まぁいい! 火種は十分に撒いたからな。満開の花とは言わず八分咲き程度になるだろ。それならそこそこ以上には楽しめるだろ!」


 しかし一拍置くといつもの様子を取り戻しながら鉄の策を破壊。


「…………待てエクスディン=コル。貴様いったい何を」

「お前さんらは時間をかけ過ぎたってことだ。その意味は、まぁ少ししたらわかるから期待しておけ」


 ゼオスの問いに答えることなく、ナーザイム全域を見届けられる高さから落下し、追いかけようとするものの一つ下の階層の爆発により起きた揺れと煙がそれを阻んだ。





 そして物語は『裏世界』へと移っていく。


 



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です


これにて鍛冶師の島『ナーザイム』編は終了!

久々の三章キャラの無双やら老人が抱えていた夢。町の様子などできるだけ書いたつもりでしたがいかがでしたでしょうか?


次回からはもう一方の『裏世界』編へ突入。

ついにマクダラスファミリー本部へと進んでいきます!


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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