桜・剣・祭囃子・幕引
徳利に注がれた透明な液体を喉を鳴らしながら飲み干し、気持ちのいい息を吐きながら、今しがた自分の元にやって来た来訪者に目を向ける。
「君たちと私の違い?」
「はい。そうです」
「……不思議なことにな、強くなればなるほど、貴方が遥か彼方にいる事を自覚させられる。迫っているはずの距離が、遠のいている気さえする。貴方と俺たちの違いとはなんだ?」
物語は再びしばらく前、桜並木を背に語り合い、笑いあった大宴会にまで遡る。
その際蒼野とゼオスの二人はシュバルツが一人になった頃合いを見計らい側に近寄り、そのような質問を投げかけた。
戦場で敵として相対した際、それに味方として手を組みガーディア救出に動いた際、いずれの時も時間に余裕はなくすることができなかった内容で、このタイミングならばじっくりと聞くことができると思ってのことであった。
「いやいやおかしなことを言うね! 君たちのここ最近の成長ぶりはすごいよ。同じ武人として目を見張るものがある。というか何なら嫉妬してるくらいさ。遠のいているというのはただの錯覚だろう!」
返事は顔いっぱいの笑みと共に。そこに邪気の類はなく、はぐらかそうという意図も含まれていない。
となれば困るのは質問を投げかけた二人の方で、蒼野は額に掌を添え唸る。
「……なんて言うんですかね。絶対に追いつけない気持ちになることがあるんですよ。近づいているのに手が届かない。言うなれば………………違う次元にいる?」
「…………安易な発想かもしれんが、貴方と俺たちのあいだに『見えない壁がある』といってもいいかもしれん」
「ああそう! それだ! そんな感じ! どれだけ強くなっても、分厚い壁がそれ以上先に進むのを阻んでる気がするんだ!」
導きだされた結論はそのようなもので、正鵠を射る発言をした同じ顔の青年を、蒼野は嬉々とした表情で指さす。
「壁、ねぇ」
ゼオスはその指から逃れるように体を逸らし、蒼野がその動きに合わせ指を動かす。そんな二人を微笑ましく見つめながらシュバルツも頭を回転させ、
「あ、そうか。確かに君たちと私では、ちょっとだけ違いがあるかもしれないな」
少しばかりの時が過ぎ、シュバルツは自分と彼らの間に存在する違いを把握。
「そうだな…………君たちと私のあいだに横たわるもの。それは『認識』の違いかもしれない」
「…………認識の違い?」
自分に向けられていた指を切り落としたゼオスが、時間の逆行を行う蒼野から視線を外し反芻する。
するとシュバルツは頷き、
「うん。例えば『斬る』ことに関して何だが――――――」
一つ、二人に対し質問を投げかけ、言葉を詰まらせた二人はそこに彼との違いを見た。
「だ、誰か! 誰か早く撃ち落としてくれぇ! 今撃ちあがった奴はよぉ! 広範囲殲滅目的のブツなんだ! 地上に近づいてからの迎撃じゃ、とてつもない被害が出るぞぉぉぉぉ!!」
多くの人々が弾頭の発明者の発言を聞き悲鳴を上げる。
悲鳴は混乱を招き、混乱により人々は慌ただしく動き始め、慌ただしさは他人を傷つけることに対する抵抗を消していく。
「ゾーンリバース!」
そんな人たちを包み込むように青い光が地面を這うよう広がっていき、神器の効果で無効化しないよう跳躍したゼオスがガマバトラを掴み共に上へ。
「助かったよゼオス君」
ほぼ同時に圧縮した紫紺の炎を空に撒き、中肉中背の青年に化けたシュバルツは固体化したその上を疾走。
「こっちの方がやりやすい!」
とうの昔に最大地点を超えた弾頭が落下してくるのをしっかりと捉えながら、蒼野の能力の効果で傷つくことはないことを知らず悲鳴を上げる人らを背に、手にした水の大剣を強く握り、
「――――むん!」
体を大きく捻り、迷いなく振り抜く。
結果生み出されたのは、蒼野やゼオスが繰り出すような飛ぶ斬撃では非ず。
一本の線として伸びたそれは鋭いカットを何度も繰り返しながら上へ上へと昇っていき、弾頭近くまで到達。
その瞬間、
「こ、これが!」
「…………空間を、次元を斬る刃か!」
空が割れ、先の見えない暗闇が姿を現す。
かと思えば強烈な吸引力で目の前を通った弾頭を吸い込み、斬撃の使い手であるシュバルツが頭の中で念じると、何事もなかったかのように閉じて消えた。
「私が言いたかったのはだね」
何事もなく危機は去った。それを行ったのは蘇った千年前最強格の猛者。
そこまで把握したところで悲鳴は歓声に変わり、それらを真上で浴びながらシュバルツがゼオスに抱えられているガマバトラに語り掛ける。
「貴方のそもそもの認識が気に入らない。ということだ」
「認識だと?」
内容はまさしくあの日あの場所で蒼野とゼオスに話した通りのもので、それを聞き千年以上生きた老人は訝しげな声を上げた。
「言ってたじゃないか。熟練者の技やスキルの再現は不可能だって。だから数で補ったって」
「まぁ、な」
「その結果が対応できない速度による敗北なわけだが、大前提としてなんで技やスキルの再現が不可能だと思ったんだい?」
「………………それは」
「人類が、いや生物が進化した結果行きつく『果ての果て』それを知っている立場から言わせてもらおう。『ありえないという言葉がありえない』。不可能だと諦めた瞬間、できないと蓋を閉じた瞬間、全ての挑戦は終わってしまうのだと私は思う。言い換えれば、可能性を自分で捨ててるってことだな」
あの日、シュバルツは二人に問うた。『空は斬れるか。空間は次元は斬ることができるものか』と。
それに対し二人は、先の答えを予想したため、声を詰まらせながら答えた。『不可能だ』と。
なぜならそれ等は物体でも液体でもなく、概念として存在してはいるものであるゆえ。触れることはできないものであったからだ。
だがその考えこそ誤ったものであるとシュバルツは伝えた。
『斬る』という言葉は『繋がっている物を裂くということ』で、そこに『形あるものであるかどうか』は問われていない。
であるのならそこに物体か概念かは問われていないと彼は言ったのだ。
まさしくそれは屁理屈の類である。
馬鹿にしているのかと怒る者とているかもしれない。
しかし話を聞いた蒼野とゼオスはそのような反応を示さず、そして今、言葉通りのことをシュバルツはやってのけた。
「あぁそうだ。もう一個言っておくとな、ズルい手段や露骨な近道に頼るのもやめておけ。ああいうのは大概の場合、必要な経験を投げ捨てるからな。結果も大事だが、そこに至るまでの試行錯誤の道のりってのはもっと大事だからな!」
いつの間にか掴んでいたはずのゼオスは消え、その場には嬉々とした様子で語るシュバルツとガマバトラの二人だけが。
「…………お前さん、さては死んでねぇな。てことはお仲間もか」
「おっと、そのあたりはデリケートな話題なんでな。内密に頼む…………ただそうだな。今貴方が首を突っ込んでる案件から身を引くのなら、時折蘇ることは約束しよう」
「この野郎が!」
彼らは多くの人々の歓声を気にせずそんな話を続け、祭りの終わりを告げる司会の声と、人々を見送る祭囃子が続けて会場を包み込む。
「なぁんだ。つまんねぇの」
その様子を彼方から見届ける者がいた。
『ナーザイム』で行われる戦の香りをかぎ分けやって来た戦争犬。
「…………エクスディン=コル」
「お、また会ったな坊主」
そして彼の到来を察知していたゼオス・ハザードである。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
鍛冶師の島『ナーザイム』編完結。お説教臭いお話が嫌いという方は申し訳ありませんなお話。
作者としては晴れ晴れとした終わりを目指したつもりだったのですがいかがでしょうか?
そのような感想を抱いてくださるのでしたら嬉しいです。もちろん単純に話として楽しんでくださった場合も嬉しいです。
次回は祭りの後始末。
エクスディンとゼオス。師と弟子の一幕です。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




