ウェポンフェスティバル 一頁目
千年と少し前、ガマバトラはドワーフだけでなく世界中の人間に持て囃された、新進気鋭の鍛冶職人であった。
数千年生きるドワーフの中では若者の範疇であった彼は、目まぐるしい勢いで『想像することはできても実現することは不可能であるとされていた領域』の武器を次々と生み出し、量産し、世界中の人らが愛用。
その評価を受け天狗になっていた彼は、同業者を見下すことはあったが、それ以上に期待に沿える名品を作り上げようと切磋琢磨していた、その成果もあり彼はメキメキと腕を上げ、一時は世界中の二割を超える戦士たちが、彼が考案した様々な武器を持っていた。
絶頂期の終わりはそれからほどなくして。賢教を離反したイグドラシルを彼は支持し、世界中を巻き込む戦争が中盤戦を迎えたとき。戦場にガーディア・ガルフとその仲間達が現れたときのことである。
「武器を捨てたまえ。そんなものに意味など無いと、諸君らは既に理解しているはずだ」
彼らは誰の目で見てもわかるほど圧倒的であった。
数多の攻撃をいなし、数多の防御を潜り抜け、そして数多の武器を砕いた。
その中に優劣など存在せず、万物万象がひれ伏した。
ガマバトラが作りあげ世界中で称賛されていた武器の数々も同じで、悉くが敗北した。
そこから彼の人生にケチが付き始めた。
全身を包むような怒りに身をまかせ武器を作っても容易く砕かれ、現実を受け止め冷静さを取り戻し得たデータを基に作り上げても嘲笑うかのように破壊された。
「シュバルツ………………シャークス!」
地獄のような日々は終戦まで続く、得ていた栄光は地に堕ち、元来の性格の悪さと苛烈さから人々は離れていった。
そんな中、彼が最も強い敵対心を抱いたのは『最後の壁』と呼ばれる剣の帝。皇帝の座の懐刀シュバルツ・シャークスであった。
誰もが認める史上最強の男ガーディア・ガルフには諦めがついた。
文字通り次元の違う動きに他の追随を許さず神器さえ溶かす熱を放つ白い炎。他全ての要素が『あれは目指すべき目標ではない』と彼の全身に刻みつけた。
アイリーン・プリンセスやエヴァ・フォーネスはまだ許せた。
自分の作った武器を厄介視することがあったのは知っていたため、溜飲は下がった。
だがシュバルツ・シャークスだけは違った。
ガーディア・ガルフのような生物としてのステージが違うわけではない。人間という生物の延長線上に立つ彼が、笑いながら自分の武器を砕いている。どれもこれも分け隔てなく、巨大な人斬り包丁の一振りでだ。
その事実が彼は許せなかった。
『お前の武器など微塵も関心がない』と言われているようで我慢がならなかった。
その日から彼の目標は切り替わった。
誰もが認める逸品を作りたいわけではない。神器を、いやその先に存在する『何か』を作り、いつの日か忌まわしき木偶の棒を黙らせるものを完成させたい。それが彼の目標、いや生きる意味になった。
そんな彼は、千年という時を経てとてつもない好機に恵まれることになる。
それがつい先日まで続いていた大戦争。
すなわち怨敵シュバルツ・シャークスの再臨である。
当然であるが彼は大興奮であった。
二度と会うことができず、自己満足でしか達成できないはずであった生涯全てを賭けた目標。
それが叶えられるチャンスが舞い降りたのだ。
だから彼は力を尽くした。
既にある自身の作品全てを凌駕する『究極の一』を作り上げるため、日夜頭を回し、腕を動かし、足を止めなかった。
そしてそれがついに完成した時――――全ては終わっていた。
ゼオス・ハザードとその仲間たちにより敗北の二文字を刻んだシュバルツ・シャークスは捕まり、断頭台にかけられ呆気ない終わりを迎えた。
この時、彼は大切な物、生涯追い求めていた目的を失った。
吹き飛ぶシュバルツ・シャークスの首と同調するようにそれは体からなくなり、それに付随するように多くの物が抜け落ち、彼は生きた骸と化した。
それでも彼は『ナーザイム』を背負っており、同朋や同業者を守ることだけを考え道を選んだ。
その道が正しいものであるか、既に判別できなくなっていると気付かずに。
しかしだからこそ、彼は今、この選択をすることができた。
死者の蘇生など、普段通りの彼であれば『できるわけがない』の一言で投げ捨てる話だ。
だが大切なものを失った体に芽生えた強い渇望が、ドワーフ達の長という責任さえ放棄させ、今この瞬間まで導いた。
「ブツブツブツブツ」
「………………」
霊媒者を名乗る男の緩急と鋭さが混ざった動きに人々は魅了され息を呑む。
とはいえそれだけだ。
数分間彼は観客を魅了し続けるのだが、真正面で正座する男に変化はなく、ガマバトラが望んだ結果が訪れる兆しはない。
「……この場を逃れるための方便だったか」
「はい?」
「いや、なんでもねぇ」
なれば彼の呟きも当然のもので、隣に立つ青年の疑問に対してぶっきらぼうな返事をする。次いで周囲に視線を彷徨わせた彼の目的は蒼野とゼオスの捜索であったのだが、その視線は半ば強制的に動くことになる。
会場から大歓声が上がり、間を置くことなく大地が揺れたことにより。
「ありゃあ………………」
そこで彼が目にしたのは、中肉中背の青年の体に青い空気が入っていくような景色で、それが終わると同時に肉体が膨張。面影こそ残しているものの二メートルを超える巨体へと変化し、
「おい」
「は、はい」
「お前さんの持ってるそれ。あいつに向かって撃ってみろ」
「え? いやそれは本来の用途とは違いますよガマバトラさん。これは集団相手の広範囲殲滅型の兵器で、一個人を相手にするにはいくら何でも火力が過剰」
「……このボタンを押せばいいんだったな」
「ガマバトラさん!?」
誰もが戸惑い、目の前の光景を疑うような眼差しを向ける中、霊媒者が離れた事だけ確認するとガマバトラは奪い取った武器をしっかりと掴み、
「ま、待ってください! 避けられでもしたらものすごい被害が!?」
「安心しろ。あれが本物なら――――――避けるなんて無様は晒さねぇ」
制止を振り切り引き金を絞ると、サッカーボールより一回り大きな球体型の弾頭が放たれる。
それを見て、いくらかの鍛冶師がガマバトラの動きに乗りかかり自慢の武器の引き金を絞り、数十発の巨大な弾丸が青年へと侵攻。
「見たところ」
青年は拳を握ると大きく一歩前に踏み出し大地を揺らし、狙いをガマバトラが打ち出した鋼鉄を丸く固めたような弾丸に定め、
「これが一番危ないな」
剣を持つこともなく、真正面から掌底をぶつける。
「お。おぉ~~~~これはぁ~~~~!」
その威力は目にした誰もが目を丸くするほどのものであり、司会の声が響き渡る。
なにせ打ち出された掌底は後に続く数多の弾丸を衝撃の余波だけで爆発させ、直接殴りつけた弾頭はといえば、内部に秘めてあった機械を砕かれ、本来発生するはずであった現象は無に帰したのだ。
「あ、あれ? 今のおかしくないですか? 衝撃が周囲に飛び散るってことは、それなりの拮抗状態があったってことですよね? ただ貫くだけなら全体に広がるようなことはありませんよね?」
そこでふとガマバトラの隣に立つ青年は疑問を覚えるが、
「衝突は二回あったってことだろ」
「二回、ですか?」
「一回目の、周囲に余波を広げるための弾頭が壊れないよう調節した掌底。二回目の、内部の機能を粉々に砕くための貫手。この二回だ」
「なるほど…………いえちょっと待ってください。それは無茶ですよ。僕が作った弾頭は、地面に触れる程度の衝撃で効果を発揮する仕組みです。ですから一度目の衝突に際に効果を発揮するはずですし、そもそも一目見ただけで効果を把握できるわけがありません!」
「速度も内部構造の判別も問題ねぇ」
ガマバトラは断言する。目の前にいる男ならばそれができると。なぜなら、
「あいつは――――シュバルツ・シャークスだぞ!!」
目の前にいる彼こそは、自分が追い求めた目標そのものだと言いきれたからだ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
さくしゃの宮田幸司です。
ナーザイム編の最後を彩る物語、シュバルツVS鍛冶師たちが作り上げた数多の武器の衝突です。
おそらく四章前半戦の中でもかなり爽快感のある戦いになると思うので、少々ながら期待していただければと思います
それと次回更新についてなのですが、月一回の夜勤が入っているため、15日となります。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




