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鍛冶師の島の冒険 二頁目


 一夜が明け、ゼオスは一人外に出る。

 昨夜蒼野が行った提案。それが可能かどうかを知るため情報収集をすることが、今の彼に課せられた任務だったのだ。

 がしかし、その足取りは重い。理由は単純だ。蒼野の行った提案、それには確かな活路があった。だがそれはあまりにも馬鹿馬鹿しい類のもので、素直に同調することができずにいたのだ。


「……煮えたぎらんな」


 いや、今のゼオスに関して言えばそれだけではない。素直に言ってしまうのならば、蒼野の提案は彼にとって不都合なものであった。

 それは通してしまえばエクスディン=コルがやって来る可能性が著しく低下するからであり、けれど被害が小規模に収まるというのならば、真正面から否定するわけにもいかなかった。

 ゆえに今回の情報収集の目的は、ゼオスにとっては否定する材料探しである。不純な動機ではあるものの、失敗する理由を引き出すことができれば、別案を考えることができると踏んだのだ。


「…………なんにせよ、食事をするべきか」


 そのような策を誰に知られることもなく張り巡らせるゼオスであるが、戦時中でもなくナーザイム全体の空気が陽気なもののため、多少なりとも気は緩んでおり、起きてすぐに外に出たとなれば、朝食にありつくのは自然なことであった。

 ゆえに腹に手をやった彼は視線を彷徨わせ、最寄りの建物に入ると朝食にありつくためにお店を探し始めた。


「お待たせしました! モーニングAセットになります!」

「…………思ったよりもシッカリとしたものが出てきたな」


 それから数分後、ゼオスは直感だけを頼りにモーニングをやっている店舗に入るが、注文してから数分後にやって来た物には少々どころではなく驚いた。

 というのもゼオスの予想では『ナーザイム』でありつける食事は大したものではなかったはずなのだ。

 勝手な印象ではあったのだが、鍛冶師というものは豪快かつ大雑把、悪い言い方をしてしまえば粗暴でさえあると思っていた。

 もちろんそう一括りにしてしまうのは失礼であると自覚していたが、そのような想像から鍛冶に直接関わらない食事に関しては、さほど期待していなかったのだ。


 がしかし、出てきた物は想像をはるかに超えていた。

 箸を入れれば崩れるほど煮込まれたブロック状のジャガイモに、向こう側が見えるほど透き通った玉ねぎ、それ以外にも様々な野菜が入ったコンソメスープに、ケチャップが適量掛けられた山盛りフワフワのスクランブルエッグ。カリカリに焼かれたハッシュドポテトにはうっすらとだが塩が振りまかれており、主食は小さな食パン一斤をこんがり焼かれたものであり、側には胡麻ドレッシングが駆けられた新鮮野菜のサラダが。最後にメープルシロップが入った小瓶とヨーグルト、それにホットで頼んだコーヒーが置かれ、ゼオスの朝食は完成した。


「あ、見たところ初めてですか? 結構驚きますよね? 食パンに関してはテイクアウトも可能なので、気軽に言ってください。あと飲み物はお代わり自由なのでお気軽にどうぞ!」


 その光景に圧倒され何も言えないでいると、配膳を終えた自分よりも一回り年上の女性が微笑みながらそう説明し、無言で頷いた。


「……ナーザイムの食文化はかなり高水準なのか。知らなかったな」


 空腹で鳴き声をあげる腹の中に、やって来た朝食を与えていく。その出来栄えに感動する一方で手にした端末でナーザイムに関して調べるのだが、調べれば調べるほど、知らない情報が頭の中に飛来する。


 鍛冶師の島として名を馳せたこの場所は観光にも力を入れており、東西南北の四か所に巨大な港があること。他にも世界有数の建築物をこしらえた巨大な空港があり、日夜観光客が溢れていること。

 そうやってやって来た人らは、毎日行われる素晴らしい武器のオークションに参加したり、鍛冶師の一日体験を行ったりしていること。

 昨日は情報収集が中心で、食事に関してもアルが所長の研究所で摂取していたため気が付かなかったが、この場所にいる鍛冶師たちは武器や防具を作る繊細な技術を食事にも流用しており、世界中の人らが唸る量と味の料理を生み出していることもわかった。


「ありがとうございましたー!」


 中でも様々な料理がついてくるお得なモーニングと多種多様なハンバーガーの製作には力を入れているようで、店員の元気のいいあいさつに返礼しながら、名物となっているハンバーガーを昼食にしようという仄かな決意をゼオスは抱いた。


「……行くか」


 食事を終え、全身に力を漲らせたゼオス。その足取りは朝食を摂る前より幾分か軽く、少しのあいだで手に入れた情報の確認をしながら、本来の仕事である聞き込みを行っていく。


「……失礼。一つ尋ねたいのだが」

「おう! 聞きたいことがあれば何でも聞いてくれや!」


 人だかりを作っている若い鍛冶師に近寄れば火と鉄を合わせたパフォーマンスを行いながら鉄を打っており、


「ガマバトラさんか。そうだな。確かに血気盛んなところはあるな。最近の動き? に関しては、確かになんかコソコソやってるみたいだな。けどまぁ悪いことではないだろ! 少なくとも、この場所を想ってのことだと思うぜ!」

「………………そうか」


 オークションを行っている鍛冶師が出番を終えたのを確認すると、同じように質問を行った。


「………………うまいな」


 そんなことを続けているうちに正午を迎え、それから最寄りの人気店を調べると、三十分ほど行列に並び外にあるテラス席に着席。温かな日差しを浴び、快活な笑みを浮かべながら建物を作る職人の姿を一瞥すると、肉厚のパテが三枚トロトロのチーズが二枚、それに新鮮なトマトやレタスが挟まれたハンバーガーを頬張り、セットでついて来たコーンスープにサラダ。口直しの辛口炭酸飲料を飲み一息つく。


「やぁ。また会ったねゼオス君」

「……シュバルツさんか」

「ああ。しかしこの店を選ぶとはお目が高い。近隣では一番評価が高い店だよここは」


 そうしていると真正面に男が腰掛けるのだが、ゼオスはその姿に見覚えがない。

 しかし纏う気を見ればその正体は一目瞭然で、嬉々として話しかける様子にも覚えがある。


「……一つ聞きたい」

「ん?」

「…………ナーザイムとは、普段からこういう感じ、いや空気なのか。俺の予想では、もっと鍛冶師だけが集まっている無骨な場所だと思っていたんだが」


 なので少々遠慮がちにそう尋ねると、シュバルツは見覚えのない顔でうっすらと笑った。


「そりゃ思い込みが激し過ぎるな。確かにここにいる武器職人は一流ばかりだが、それだけじゃ町として成り立たない。彼らにだって家族がいるから養う必要があるし、鍛冶師だけだと人口の増加は中々見込めない。だから色々な施策をして、外から人を迎えている」

「…………それが観光分野の発達だと?」

「それだけではないがな。昨日も言ったと思うが、私はこの場所に数日間滞在する予定だ。ガーディア達だってやって来る。それは裏を返せば、それだけのあいだ楽しめる要素が、この場所にはあるということだ」


 続けて行われた説明はゼオスが至った答えが正しいものであると裏付けするもので、なんと言い返せばいいかわからない彼は押し黙る。


「……貴重な情報感謝する。ついでに聞いてほしいことが一つある」

「蒼野君からの提案かい?」

「……既に耳に入っていたか。貴方はどう思う」


 口を開いたのはセットでついてきていた辛口の炭酸飲料を飲み干した後で、聞かれたシュバルツは迷いなく、自分の答えを告げた。


「いいと思っているよ。死傷者の類はもちろんのこと、上手いことすれば怪我人さえ出ない計画なのはすごくいい。荒事ではなく催事で済ませられる点も素晴らしい」


 座っていた椅子の背もたれに体を預けながら帰って来たのはそのような答えで、一礼するとゼオスは離席。


「…………失礼。ガマバトラ殿が追い求めてる相手に関して知りたいのだが」

「うーん、その辺に関しては俺はわからないな。多分同じドワーフの、結構歳行ってる人の方が詳しいんじゃないか?」

「……感謝する」


 それからさらに数時間、蒼野から頼まれた聞き込みを行い続けた後にアルの研究所に戻り、


「どうだった?」

「………………お前の案で進めよう。それが間違いなく、最良最善だ」


 自身が導き出した結論を堂々と言い切った。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


今回の話は一から十まで争いや不穏な空気のない観光回。

常日頃戦っている一人の少年の何気ない一日の話です。

少年漫画系のバトルが中心の小説ですので頻度としては少ないのですが、筆者的にはこういう話はわりと好きです。

舞台の細部を詰めていくのって、結構楽しいんです。

さて次回は戦いの前準備。蒼野が立てた作戦とは?


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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