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鍛冶師の島の冒険 一頁目


 蒼野とゼオスの二人から少し離れた場所にいるのは、中肉中背の腰になんの変哲もないグレートソードを携えた青年である。しっかりと切り揃えられた坊主頭や鼻先にあるそばかすに見覚えはないし、若々しいハキハキとした声も初めて聞くものだ。

 しかし全身から発せられる気は見覚えはある。

 戦闘中ではないため発せられている量は最低限であるが、色が、形が、彼らの全身に青年の正体を伝えている。

 それは三メートル近い巨体を備えた世界一の剣士のものであり、


「あ、あの!」


 考えるよりも早く二人は近づき、真横にまでやってきた蒼野が、緊張を孕んだ声で呼びかける。


「…………すまない店員さん。彼らは知りあいでね。色々と楽しい話を聞けたが、席を外させてもらうよ」

「そうかい! あんちゃんさえよければ、また来てくれよな!」


 すると鉢巻を頭に巻き煤だらけの顔をした店員と話していた彼は目を丸くし、邪気のない笑顔を店員に向けながらそう発言。見送る店員の方も彼を気に入ったらしく、そう言ったかと思えば、手を振る青年に同調して腕をブンブンと振り回し、


「さてと、君ら相手に正体を隠したままというのも失礼だな――――久しぶりだな。元気にしていたかい二人とも!」


 数分ほど歩き大通りから再び人通りのない小道を進み、周りを石の壁に囲われた袋小路にまでやってきたところで青年の体を水が包み、蒼野とゼオスが数度の瞬きをしたところで霧散。現れたのは真っ黒な髪の毛を逆立て友が着ていた白衣をマントに見立てて身に纏った巨躯。

 すなわちシュバルツ・シャークスその人であり、穏やかな笑みを浮かべる彼を前に二人は頷いた。


「はい。シュバルツさんもお元気そうで何よりです」

「……この場にやってきたのは貴方一人か? ガーディア・ガルフやエヴァ・フォーネスと一緒でないのは珍しいな」

「いや、多分お前たちが思ってるよりも過ごしてる時間は短いぞ。貰ってる仕事を分かれてやってるってのもあるが、エヴァの奴が『二人で結婚旅行をするから邪魔をするな!』なんて言って俺を離したがるし、俺は俺であいつらとは別の目的で動くしな。そうだな………………顔を合わせて一緒に動くのは週に三日くらいか?」

「………………十分に多い気はするな」


 元々は敵同士であった彼らであるが、蒼野とゼオスの二人がシュバルツを偉大な先達として慕っており、シュバルツも二人に対して偉ぶることなく親身に接しているため関係は良好だ。

 それを示すように彼らのあいだで話は盛り上がり、けれど数分したところで現状を思い出し、蒼野の頭に電球が浮かぶ。


「そういえばシュバルツさんはガマバトラさんという人を知っていますか。どうやらドワーフらしいんですが」


 土の壁に身を預けながら蒼野が口にした内容は直近の悩みで、正直なところさほど重要な情報が得られるとは思っていない上での発言だ。


「ガマバトラとは懐かしい名前だな。いやまぁこの場所にやって来た目的が、彼が築いた孤島だってところが結構占めてるんだがね。まさか君らの口から彼の名前を聞くとは思ってなかったな!!」


 けれど蒼野が思っている以上の食いつきをシュバルツは見せ、二人の視線が勢いよくシュバルツに注がれる。


「知ってるんですか!?」

「ん? あぁ。知ってるよ。本人と直接刃を交わしたことはないんだけどな、彼の作った武器とは幾度となく対峙したな。どれもこれも中々の逸品で、壊すのが惜しい物もいくつかあったよ。ドワーフは長命な種族だから、同姓同名の別人というわけでもないと思うぞ?」

「……俺達が担当している案件で、そのガマバトラが厄介な壁として立ち塞がっている。知っていることがあれば、全て教えてほしい」

「ほう。それは大変だな。いいぞ。知ってる限りのことを教えよう!」


 それからしばらくして状況の説明を終えると、シュバルツがお返しとばかりにガマバトラという人物について語るが、その内容量は中々のものだ。それこそ時計の秒針が十回以上一周するほどで、全て語り終えた時、シュバルツは腕を組んで眉を顰めた上で現状に対し判断を下した。


「ここまで話を聞いてくれればわかると思うが、ガマバトラは中々に強情だ。周りの意見を振り払って、自身の独断で『ナーザイム』全体を動かすこともあり得るだろう。だが」

「……その強情さを受け入れられない者も大勢いる、ということだな。あとは単純なところがため、周りに誘導されると乗りやすいというのも覚えておきたいな」

「シュバルツさんのおっしゃることはわかりました。けどもし大規模な戦闘が起こるとして、どのくらいの規模かわからないのは困ります。そのあたりに関してなにか言える事はないんですか?」


 要約すると『二人が危惧するほどの事柄にはならないだろう』というのがシュバルツの意見である。とはいえ蒼野からすれば十分な証拠がないため不安は残る。

 なので率直な感想と共に疑問を投げかけるが、シュバルツは首をかぶりに振る。


「残念ながらそこまでは。だがその点に関して落胆するのはまだ早いだろう」

「え?」

「ガマバトラが動くにしてもこれから一時間後ということはないだろう。全体に連絡しなければならないわけだからな」

「まぁそれは…………確かに」

「なら実際に聞き込みをすればいいんじゃないか?。 情報を集めるために足を動かす。それこそ捜査における大原則ではないかね?」


 ただそれは彼が無責任に全てを投げ出すことに繋がりはせず、月並みなアドバイスを告げるとニッコリと笑いながら立ち上がり、懐のポケットに腕を突っ込みまさぐり始め、


「私はあと数日今渡した宿に滞在する予定だ。三日後まで待てばガーディアとエヴァもここに来る。ここが宿泊してる宿だから、相談があれば足を運ぶといい」


 持っていた宿の名刺を渡すと再び見覚えのない姿に変身。顔を見合わせた二人に手を振ると、二人が口を挟むひまなくその場を去った。


「…………情報を整理しよう」

「ガマバトラさんの性格は電話越しの会話から顧みるに、シュバルツさんが言ったままだと思う。周りの意見を聞かない頑固者。ただリーダーシップがあるのも本当で、責任感とかもしっかりある。問題になるのは彼にどれだけがついてくるのかってところ…………いやそもそも、どうにかして大規模な戦闘を止めれないかだな」

「…………俺としては大規模な戦闘でも問題ないのだがな。それでももし本気で止めるならば情報が足りん。ガマバトラという人間の情報を集める必要がある」


 彼ら三人の会話は、時間にすれば半刻にも満たないものであるが、二人の青年が得た情報は多い。

 いやそれ以上に、それまで背負っていた嫌な空気は消え去り、立ち上がる姿には先ほどまでにはなかった『強さ』があり、それこそが他で補うことのできない最大の成果であると言えた。


「すいません! 少し聞きたいことがあるんですが!」

「ん? どした坊主?」


 そんな二人が素早く動きながら聞く主な内容は『ガマバトラに対する好感度』に『彼の目的』で、聞き込みに費やしたのはおよそ三時間。

 半径八十メートルにも及ぶ孤島の中を縦横無尽に動き回り、百人以上の職人たちから情報を得るに至り、


「すいませんアルさん。今晩止まる宿として二部屋借りていいですか?」

「別にいいんだが、随分と汗を掻いてるじゃないか。何があったんだ?」

「ちょっと…………本気で聞き込みをですね」


 顎下に溜った汗を拭きとりながら蒼野が許可を得ると、二人は案内された部屋の一方に移動。


「…………俺の方はドワーフの大半が今回の戦いに賛同していることがわかった。だが未来に憂いを帯びている者はほとんどいないな。自分たちの作った自慢の武器を試したいという輩が大半だ」

「俺の方もそんな感じだ。平和になった世界に不安を覚えているのはむしろドワーフ以外で、だけどそういう人らは、大きな戦争までは望んでないように感じた」

「……奴らの様子を察するに、まだ俺達に関する情報は撒かれていないようだな」

「もし伝播してるなら、大なり小なり怪しい素振りをする奴らが居るはずだからな。それは間違いない」


 机を挟みながら様々な情報を吐き出すと、


「………………なぁゼオス。ガマバトラさんが因縁を感じてる相手って、シュバルツさんだと思うか?」

「……推測の域を出ないがおそらくそうだろう。それがどうかしたか?」


 未だ一度も会っていないドワーフの話に移ったところで蒼野が一瞬固まりながら質問。ゼオスの答えを聞くと勢いよく顔を持ち上げ、机の端に置いてあった『ナーザイム』の地図を勢いよく掴んで広げ、


「場所は…………『威力調査場」、よしここなら十分か。誘い文句は…………単純な性格に賭けるところがあるな。いやでも、甘い餌さえ掲げればいけるはずだ!」

「…………どうした蒼野。何か思い当たる節でもあったか?」


 ブツブツと独り言を語り始める。その様子に不穏な気配を感じたゼオスが尋ねると、


「今回の目標に反するところはあるんだけどな。もしかしたら平和的に『ナーザイムの一件』を解決できる手段を見つけたかもしれないです!」

「………………なんだと?」


 会心の出来を確信した芸術家のような声を上げながらそう発言。

 自身はまるで至っていない領域に至った同じ顔の青年を前に、ゼオスは信じられない意見を聞いたとでも言いたげな様子を示した。




ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


めちゃくちゃ久しぶりの3500文字以上の投稿。

シュバルツの会話と蒼野天啓をひらめくの巻です。

次回は続けて『ナーザイム』サイド! こうご期待!


いやそれにしてもシュバ公は書きやすい。誰に対しても温和かつ柔軟な態度で接してくれるというのは、本当に助かります。筆者としては頭を下げたくなる。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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