蒼野とゼオスと鍛冶師の島 一頁目
どのような分野、どのような場所においても周りに馴染めない存在はいる。
他者と違う価値観をもつ者。
性格が合わない者。
そもそも人と協調することを望まず孤高を好む者。
総合すれば大多数と違う波長の者がそのような立場に置かれるわけであるが、職人という人種は、そのような立場の人間の群生地であるといえるだろう。
「よし! 着いたぞ『ナーザイム』!」
そしてそんな人間たちが望む道を追求するために一から設立した人工島。それが『ナーザイム』である。
「…………普段のお前なら飛んで喜ぶだろう場所だが、そうではないのだな。理由があるのか?」
「そういえば話してなかったかもな。俺はさ、暇な時間を見つけては結構この場所に足を運んでるんだよ」
「……なるほど。それでか」
『ガノ』の最先端を進む都市部とは真逆の、土と木と鉄を使った飾り気など皆無の無骨な世界。
片田舎という言葉を超え原始的という風景に反するように作られているのは他の場所では見られないほど立派な竈や鍛冶師道具の数々で、この場所が何に重点を置き、何を軽視しているのかをまざまざと示していた。
そんな場所の入り口に立つのは二人の同じ顔をした青年。
康太と変わることでこの場所にやって来た古賀蒼野と、引き続き地上に残りこの場所に訪れたゼオス・ハザードで、彼らは土の地面をしっかり踏み、鋼鉄を熱し、形を整え、固めて地面に刺しただけの無骨な門を潜り中に入るのだが、彼らが発する空気を浴びゼオスは僅かに怯んだ。
「誰も彼も恐ろしい気迫だろ? 他の場所じゃ味わえない空気だと思うんだけどどう思う?」
「……同感だな。暑苦し過ぎるくらいだ」
中に入った二人を迎えるような人はいない。観光目的ではなく案内人をつけているわけでもないので当然ではある。
となれば初見であるこの場所の観察のためゼオスは周囲を眺める必要があるのだが、買い物客は別として、働いている職人が纏う空気は凄まじい。
誰も彼もが自身の視線の先にある鉄や木に全神経を注いでおり、発せられる熱気は火山の噴火さえ想起させるほどのものである。
「ここに来る普段の目的なんだけどさ、愛用してる剣の積でもわからないようなメンテナンスが一つ。それに籠手のメンテナンスが主なものなんだ。だからその伝手を使って今回は効き回ろうと思う」
「……籠手の調整だと?」
「その様子だと忘れてるなお前。そもそもこの籠手はアルさんとここにいる職人による共同制作だ。メンテナンスのために尋ねるのは何ら不思議なことじゃないだろ? てか俺と優は結構そのために来てるんだぞ。次点で積だな」
言われてゼオスは思い出すが、確かに常日頃から自分が嵌めている籠手は、アル・スペンディオ率いる研究者と鍛冶師の島『ナーザイム』の職人らが手を取り合って作っていたものであった。
となれば蒼野の足その制作に携わった面々のところに向かっていくのは当然のことで、大通りから外れ、様々な工場が立ち並ぶ細長い道を歩む際も、慣れた足取りで奥へ奥へと向かっていている。
「ごめんくださーい。ギルド『ウォーグレン』の蒼野です。ちょっと聞きたいことがあってやって来たんですけど、今時間がある方はいますか?」
「おお蒼野君じゃないか。久しぶり! どうした。籠手に関する調整か?」
「いえ、今回は人探しです。できるだけいろんな人に話を聞きたいので協力してほしいです」
結果やって来たのは回りの建物と比べるとシンプルながら洗練された正方形の箱の形をした白い建物で、清潔感に気を配ったその建物の中に入れば、蒼野は慣れた様子で白衣に眼鏡という研究者らしき受付と話し始め、その風景を見てゼオスは感心する。自分では真似ができないと感じたのだ。
「人探しね。それなら所長に会っていくかい? あの人の方が、色々な場所に都合がつくはずだ」
「アルさんがいるんですか? それなら都合がいいや。時間を貰ってもいいですか?」
「君達なら大丈夫なはずだ」
そんなことを考えているうちに話はどんどん先へと進み、蒼野は一階から最上階の所長室へと通じる道の説明を受け、ゼオスを連れ上へ。
最上階である三階までたどり着き奥にある分厚い白い扉までやって来ると、二度三度とノック。
「どうぞー」
「失礼します。こうやって顔を合わせて話すのは久しぶりですねアルさん」
「おお! 蒼野君にゼオス君か。ちょうどいいところに来た!」
促されて部屋に入れば、至る所に愛娘の写真が入った額縁を置き、それに少し負けはするものの蒼野とゼオスでは用途がわからない研究資材を置いている『三賢人』の一人。物質の一般普及化に特化した研究者アル・スペンディオの姿があり、蒼野とゼオスを目にすると、手にしていたフラスコを置き、二人をソファーに座るように促し自分も真正面へ。
「アポなしに来たから驚いたがまぁいい。君たちがなんの相談もなくやって来るということは、相応の理由があるんだろう? 一体どうしたんだ?」
「話が早くて助かります。実は」
ゼオスが見守る中で蒼野は今回の件に関する有力な情報を探ろうと口を開き、
「あ、ちょっと待ってくれ。そういえば私も相談したいことがあったんだ。先に聞いてもいいか?」
と思えばアルが口を挟み話の腰を折ったが、蒼野は口を閉じ先を譲った。
『職人』にせよ『研究者』にせよ、その道の先頭を歩く人物というのは、こだわりが強くわがままなものだ。
アルに関して言えば他と比べればその面は薄いものの、やはり相応に自分本位なところはある。
となれば会話の主導権を無理に奪うのはあまり良いことではないことを蒼野は理解しており、そもそも無理をして先に聞かなければならない事態でもない。
「いやちょっと気になることがあってな。実はお前たちがシュバルツ・シャークスを倒した後から桜並木の下で大宴会を行ったまでのしばらくのあいだの記憶がごっそりなくなっててな。ただ忘れてるってわけでもないだろうから原因を探ったりしてたんだが、何か知らないかお前たち」
「え?」
「…………アル・スペンディオ。それは」
なのでさしたる思惑もなく先に彼の相談を聞くことになるのだが、その内容を聞き、同じような顔をしていた二人は言葉に詰まった。
敵の魔の手がアル・スペンディオまで伸びているとは思っていなかったのだ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
始まりました鍛冶師集う孤島『ナーザイム』編。スタートは実にテンポよいものであると自負しています。
先に言っておきますと今回の話は四章全体で見てもちょっと経路の違う結末を迎えます。それがどんな感じのものであるかを楽しみにしていただければと思います。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




