大戦の狼煙をあげろ
ミレニアムにデスピア・レオダ、そしてヘルス・アラモード。
現代における『悪』の最高峰である『三狂』と呼ばれる存在は、多くの人らに怖れられ、避けられる存在であった。
がしかし、強さは別として、単純な厄介さで言えばこの上を行く存在がいた。
優れた嗅覚で戦の匂いを嗅ぎ取り、現れるたびに他の者では考えることができないような面倒ごとを引き起こし、好き勝手に暴れた後は追跡者をあざ笑うかのような手口で逃げ延びる。
『戦争犬』などという異名で呼ばれることになったこの男は『強い』という言葉以上に『厄介』という言葉がふさわしく、四大勢力全てから忌み嫌われていた。
「おいおいおいおい! 随分と不機嫌なご挨拶だな。どうしたよ。寝起きだったりしたか?」
その男が今、ゼオスの前に現れる。見たこともない黒鉄色の新幹線を足蹴にして、瞬く間に場の空気を自分色に染め上げる。
「ま、んなことは関係ないんだけどな。俺は貰った依頼をこなすだけだ」
「…………依頼だと?」
「知りたそうだな。ま、教えてやらねぇけどな。そんで、お前さんはどうすんのさ。やるの? やんないの?」
そのような空気に強制的に陥ってしまった理由は実に単純で、かつて共に時間を過ごしたゼオスも理解している。
「…………」
「おっと、一応言っておくとけどな、こいつの中身は馬鹿みたいな量の火薬だ。下手なことをしたら『ドカン!』。俺やお前さんは助かるが、地下にいる他の連中はどうなるかねぇ」
それは文字通り『手段を選ばないこと』。やると決めたことはどのような手を使ってでも、どれほどの犠牲が出ると理解していてもやるという悪辣さにある。
これがあるからこそかつて彼に協力を依頼した四大勢力は、ガーディア・ガルフらの足止めを終えた彼を捕まえることができなかったのだし、実力だけで言えば上回っていると感じているゼオスが、たった一枚手札を晒されただけで身動きがとれなくなってしまっている。
「………………何が目的だ」
「ん~?」
動く素振りを見せればそれだけで何かしてくる可能性があり、もしエクスディン=コルが知覚できない速度で攻撃を行えたとしても、一歩間違えれば大勢の人らを巻き込んでしまう大災害が起きる可能性がある。
こうなると現状で最も彼が欲しいのは、『絶対に攻撃を外さない腕前』と『あらゆる防御を射抜く突破力』の2つ。端的に言ってしまえば康太の助力である。
「いやいや、それについては教えてやらないって言ったばかりでしょうが。お前さん耳でも詰まったか?」
「…………貴様のような奴が、人の回収などという平和な依頼だけで動くはずがない。その裏に、大きな案件が控えているはずだ」
「………………へぇ。お前さんも色々考えた上での質問ってわけだ」
だから今すべきは時間を稼ぐことであるとゼオスは判断する。
先ほど一瞥したことで康太がシリウスとルティスから離れていることは把握できていたが、それでも彼が二人だけで奥まで進ませることを望んでいたとは、ゼオスは考えていなかった。
どちらかと言えば面倒な敵などがいて一時的に離れているだけであると考えており、大抵の相手ならば、少し時間を稼げば仕留めることができるはずだとも思っていた。
今のゼオスは、康太のことをそのくらいには信用していたのだ。
「おっと来たか」
「……っ」
がしかし、事態は好転することはない。
康太が現れるよりも早く彼が通って来た道を使い、シリウスとルティスの二人がやって来たのだ。
「残念だったな坊主。運は俺に傾いたみたいだ。それとな、一個だけ教えておいてやるよ。お前さんが待てる援軍はやってこねぇよ。いやもしやって来るにしても、面白れぇ状態だと思うぜ」
「………………何?」
使える人質が増えたことで喉を鳴らし、悠々とした手つきで懐に装着した四次元革袋から出した黒光りした重厚感を感じさせる印象の機関銃の銃口を二人に向けるエクスディン=コル。彼の物言いに対しゼオスは眉を顰め、
「噂をすればってやつだな」
「……康太か!」
「ゼオスか。悪いな、ちっとそっちに手を貸せそうにねぇ! クソッ、なんてったってこのタイミングで…………!」
続いて戦争犬と呼ばれる男が発した言葉の意味を知ることになる。
豪快な音を立てながら壁を破り現れたのは彼が待ち望んでいた援軍の姿なのだが、浮かんでいる表情には余裕がなく、致命傷を負った様子はないものの、至る所からうっすらとだが血がにじんでいるのが把握できた。
「どういうことだ康太君。君が相手をしたロボットはそれほどまで強かったのか?」
「いやあいつらはものの数秒で仕留めたっスよ。問題は、その後に現れたあの野郎だ!」
康太が顎で指した先。立ち昇る砂埃を振り払い現れたのは灰色の不健康そうな肌をした腕と足が異様に長い大男。
下半身を黒の分厚いタイツで隠し、同色のタンクトップを来て掌に真っ黒なかぎ爪を装着したその男は、鼻から上を羽ばたく鷹を模した鋼鉄の仮面で隠していた。
「……あいつは」
ゼオスと康太はその男と会ったことがない。間違いなく初対面だ。
しかし情報としては既に持っていた。
彼に名はない。一言もしゃべることなく機械のように動く彼は、エクスディン=コルと同じ殺しを専門とした存在で、ある奇妙な特徴からこう呼ばれる。
『不死身の影』
すなわち『裏世界』において『十怪』に並ぶ強さを保有し恐れられている存在である。
「さてと、これで場は整ったな。それで一応聞いとくがよぉ、まだやるかい?」
「………………ちっ」
詰みである。
それがわかっているからエクスディン=コルは余裕綽々な態度を見せながら酷薄な笑みを浮かべており、せめて今の自分の気持ちだけは教えてやろうとゼオスの視線で射抜く。
がしかしそれを受けても彼の顔に浮かんだ笑みは消えず、
「んじゃまぁ、おじさんは帰らせてもらおうかね」
「……」
「あぁそうだ。顔なじみだしな。答えるまでもねぇ質問だが、一応答えてやるか」
「……なに?」
「戦争だよせ・ん・そ・う。俺が面倒なおつかいを引き受ける理由なんざ、それしかねぇだろ」
サラリと悪辣なことを言いながら手元にあった機関銃を弄りまわす。
「こいつはその火種だとでも思ってくれや。ちょうどいいだろ?」
「……待て。貴様さっき、この中身は火薬だとっ」
「俺に反抗的な目を向けた罰だぁ! しっかりと味わいなぁ!!」
かと思えばいきなり叫び声を上げたかと思えば、銃口を自身が足蹴にしている甲板へと向けると、一切の躊躇なく引き金を絞り、
「二人とも!」
「こ、康太さん!?」
即座に危険を感じた康太が、迫る強敵を退けながら十の箱をいくつか重ね丈夫な盾を展開。シリウスとルティスを守りきり、残るゼオスは紫紺の焔を四方八方へ。
爆発の勢いを外に漏らさずこの場に封じ込めようと算段し、
「じゃあな坊主。今度はしっかり戦おうや!」
「……エクスディン!!」
爆炎の中に消えていく仇敵を前に呪い殺すかのような声を発露。
直後に爆発の勢いに耐え切れなかった天井が崩れ、突きあがった爆炎が地上まで届いた。
これにより生じた人的被害は軽傷から少ないとはいえ死者まで含めおよそ一万人。
戦いが新たな段階へと進んだことを示す、明確な狼煙であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
好き勝手暴れてくれるキャラクターっていいよね、なんて言いたい本日分の更新です。
一章の最終決戦を除けば比較的おとなしかったエクスディン=コルの真骨頂発揮回。他の新進でいただければ幸いです。
次回からは中盤戦。変わりゆく戦場の景色をご覧ください!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




