バークバク・G・ゼノンを捕獲せよ 一頁目
「それで、私に何か話があるのではないですかなゼオス様」
「……わかっていたのか?」
「貴方が一言申し付けるためだけに意識を残すとは思えませんので」
「……察しがいいのは助かる。ならば話す要件までわかっているのではないのか?」
戦いが終わり、冷え切った空気が元の温度に戻っていく。
敗者である老執事ロムステラは真っ赤なカーペットの上に大の字で倒れ、見下ろすゼオスは息を吐く、
「大方主人であるバークバク様の捕獲への協力についてでしょう。ですがその答えも貴方ならばわかっているはずだ」
「………………いいのか」
息を吐いた理由は、これから行う質問の答えを察していたゆえ。そしてその予想は見事に的中するのだが、だからといってゼオスは『はいそうですか』と引き下がるつもりはなく、できる限り最善を尽くす。
「私は主人の命令を忠実に守る執事です。そのような立場の者が裏切るなど、あってはならない事でしょう?」
「……その忠義には心からの敬意を表する。だが貴方は彼がなにをしようか理解しているのか?」
「………………」
「……俺にはその沈黙が肯定しているのかどうかまではわからん。だがな、これは断言できる。お前の主の建てた計画は、間違いなく頓挫する」
「………………………………」
「……俺や康太の奴がこの場にいるからなどではない。ルティスが心を読み、抱えている罪状を把握した以上、貴族衆はお前たちを許しはしないだろう。もしその手から逃れられたとしても、今度は他の勢力が襲い掛かる。その全てから逃げおおせるられると本気で思っているのか?」
沈黙はゼオスが言葉を綴る度に重苦しくなっていくが、それは老人が今しがたゼオスが告げた事柄がどれほど困難なのかを正確に把握しているゆえ。
彼にとっては不都合で、ゼオスにとっては都合のいいことに、ロムステラという老人は頭が回る。いや、回ってしまうと言うべきか。
なのでどのような立ち回りをすることが主人にとって最善である可能性が高いかを自然とわかってしまうのだ。
こうなれば彼の頭の中では主人の掲げる目標に準ずることだけでなく、その成功率や失敗した場合のリスク。追っ手についてまで頭に浮かんでしまい、頑なな態度をとるにも気合が必要となって来る。
「千年間、貴方とその主人が裏で何をやっていたかまでは知らん。だが今回ほど規模が大きい戦いがこれまでにあったか?」
「………………………」
「今、世界は先の大戦の影響で一つになっている。ことの次第によってはアイビス・フォーカスにシャロウズ・フォンデュ、エルドラまで動き出す」
「っ」
「よく考えろロムステラ。その全てを相手にお前の主は逃げるのはもちろんの事、命さえ助かると思うのか?」
ゼオスの脅迫染みた物言いは実に効果的であり、ロムステラの顔に脂汗が流れる。
老人からすれば耳を塞ぎたい言葉の数々は、しかしゼオスが放った一撃により指一本動かないまでの状態に追い込まれ、銅像のように重くなった体は、耳の中に飛び込んでくる言葉に苦しむ。
「……ここで協力してもらえるなら、俺から罪を軽減してもらえることを皆に進言する。どうだろうか。そこまで悪い交渉ではないと思っているんだがな」
ゼオスが差し出さした腕は救いの手か悪魔の誘いか。
ロムステラの脳内ではその手を掴むかどうかで議論が成されm
「…………折れないか。ならば仕方がない。上に進言することはできないのは口惜しいが説得は諦めるとしよう。悪いが俺は、このまま貴方の主人の捕獲に動かせてもらう」
十秒二十秒と沈黙が続き、さらに一分という時を経たところで、ゼオスは立ち上がる。
それは彼が老人の忠誠心に負けたことを素直に認めた印であり、
「あの方は! あの方は地下にある自分だけが使える地下道路で逃げるはずです!」
その姿に嘘偽りがないことを察しロムステラは口を開いた。
ここで彼を放っておけば主であるバークバクは逃げられるかもしれない。しかし続く様々な追ってまでは対処できないと考え下した結論である。
「……どうやってその場所に辿り着ける」
「この都市には外へとつながる地下鉄が蜘蛛の巣のように張り巡らされているのです。そのうちには各勢力の要人しか扱えないものもあるのですが、その中に一つだけ、他の誰にも知られていない通路があるのです」
「……なるほどな。それで、今も聞いたがその場所への行き方は?」
「は、はい。このビルからは地下鉄の駅にまっすぐに通じる道があります。それを辿っていけばいいのですが、何分口で説明するには細かすぎるものでして。動けない私のかわりに地図を用意してくださいますかなゼオス様」
「……承知した。地図はどこにある」
「まずは鍵のある場所からご説明を。えーとですね」
ただし一から十までゼオスの望むような展開にはしない。
恩赦を得るため、主に届く情報をロムステラは彼に与える。しかし本来ならすぐに教えられる情報を、話を長引かせることでできるだけ引き延ばす。
ゼオスとて途中でその事実には気づくであろうが、拷問や交渉をしたところで時間を費やすことには変わらず、結果的に老人の意のままに動くことを選ぶだろう。
そこまで見越したロムステラの策は、本来なら十数秒で終わるはずの話を結果的に五分以上長引かせることに成功したのであった。
「予想はしていたが向かう先は地下鉄か。人混みが姿を隠す障害物になっているのが厄介だな!」
ところ変わってシリウスサイドであるが、ゼオスが交渉を持ちかけた時点で、彼はロムステラを追い、白昼色の光が満たし汚れなど一つもない地下にまで降り立っていた。
ここで彼の頭を悩ませるのは構内にある無数の電車に繋がる通路とごった返した人の波。それに様々な系統の商品を取り扱っている小売店の数々で、小さくなったロムステラの姿を見失いやすい環境に舌打ちする。
「どいてくれ! 急用なんだ!」
「お、おいあんた」
「君! 止まりなさい! ここでの無用な混乱は………………いえ貴方は、ノスウェル家のシリウス様!? し、失礼いたしました。どうぞお通りください!」
「ありがとう!」
幸い彼の肩書はここでは効果抜群であり、おそらく他の者らが追うよりは容易く追跡することができたのだが、それでも蠅サイズまで小さくなったロムステラを追うのは中々酷だ。
両手で人混みをかき分け、一瞬でも見失えば全てが終わる緊張感を己が身に宿しながら彼は先へと進み、
「!?」
その時、全身に重い何かがぶつかる感触が襲い掛かり顔を歪める。
普段ならば優れた反射神経で躱せるはずであるが、今のシリウスは追跡に全精力を捧げていた状態だ。
受け流すこともできず、されど攻撃の正体を見極める必要があると思い、冷たいタイルの地面を転がり比較的人通りの少ない隅の方へと移動。
「非殺傷設定のゴム弾……人混みの中に子飼いのアンドロイドがいたか!」
考えてみればすぐに思いつくはずの事実に気づかなかった己の迂闊さを嘆き、されど体を丸める自分へと襲い掛かる追撃はしっかりと弾く。
問題なのはこの一瞬の攻防でロムステラを逃がしてしまったことであり、自身を嘲笑うような幻聴が耳に届く。
だが未だ諦めるつもりは毛頭ない彼はなおも立ち上がり前に進もうとするが、視界にとらえきれない邪魔者からの攻撃で足を止める状況に顔を歪め、
「結構厄介なことになってるなシリウスさん」
「君は!」
「だがオレとルティスちゃんが来たからには安心だ。気にせず駆け抜けろ。援護はオレが完遂する!」
しかし状況はすぐさま覆る。
邪魔をする数多の虫たちを退け、合流地点でルティスを拾って背負い、ここまでやって来た古賀康太によって。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ロムステラサイドの戦いが終わりシリウスサイドへ。ほどほどに続いた未来都市『ガノ』編ももう少しで終わりで、最後を飾るのは追跡戦です。
実力だけならば完全に劣っている相手との戦いというのはこの物語では滅多にない物ですね。ちょっと新鮮。
残りあと数話、もう一人の登場人物を加えたこの戦いをぜひぜひ期待してください。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




