暴かれた真相
死んだはずのE・エクレア家当主オリバー彼がこの土壇場で現れた理由は、やはり実際に手を下したシュバルツらにまで話が及ぶ。
「あ、そうだ。忘れるところだった。エヴァ。アレを渡しておけ」
「ん、そうだな。ほいこれ」
「悪いな。助かる」
数週間前、桜の木の下で行われた身分や所属、敵味方の垣根さえ超えて行われた大宴会。
迷惑をかけたことに関して各所に謝っていたシュバルツは、その時貴族衆の長であるルイに対し頭を下げていたのだが、その最中にエヴァを呼び、彼女の小さくて柔らかい掌が投げたものを掴んだ。
「これは?」
そのままなんの説明もなくルイが手渡されたのは真っ黒な球体。サイズのほどはビー玉程度のそれは、上から見ても下から見ても中を見通すことができず、首を傾げて彼は尋ねる。
「オリバー・E・エトレアを中に入れてる封印だよ。地面に叩きつければ飛び出てくる。それと、これが彼が関わってた犯罪一覧だ。エヴァが記憶を読み取った結果だから、間違いは万が一にもない。一度目を通してみてくれ」
「なるほど。なるほど……………………………………は?」
気軽に言ってのけながら分厚い封筒を懐から取り出し、軽い様子で説明を行うシュバルツであるが、発する内容はそう簡単に受け入れられるものではない。
「お前は何を言っているんだ?」
ルイの口から突いて出てきた言葉には礼節もなければ優雅な色もない。千年前だけでなく現代でも大暴れを行った難敵に対する率直な感想だ。
「いやそのだな、我々の最終目標は自分達を犠牲とした新しい秩序の創設だったわけなんだが、みんながみんな死のうと思ったわけではないんだよ。最初にガーディアが。その後に、あいつがいなくなったと思ったから俺がその志を継ぐ予定で動いてたんだ。つまりエヴァやアイリーンまで犠牲にする予定は全くなかったんだ」
「…………それで?」
「となると、相手が極悪人であって下手人が別であったとしても、殺人は尾を引くだろ? だからできるだけ減らそうと思っていてな。実際にはこうやって封印してたんだ。まぁ裏で色々してるとは思ってたから、記憶は覗かせてもらったけどな」
そもそも神の座イグドラシルを殺めた時点で取り返しにつかないことをしており、そこにさらにひとつ罪を重ねたところでさしたる違いなどない。
ただ既にこの時、水に流すとまでは言わずとも、これからの労働で重ねた罪を減らしていくことは決まっていた。
なのでルイは様々なことを考えながらも大人しく受け取ることしかできなかったのだが、
「渡された映像では間違いなく君が殺していたはずなんだがな」
「あぁすまない。そこらへんは時系列が違う。実際にこいつを封印したのは事件がある少し前だ。私が斬ったのは私が作った水分身だ。よくできてただろ?」
それでも『信じられない』という一念を込めて尋ねるが、返って来た言葉を聞き額に手を置く。
剣士、いや戦士として最高峰の存在が持つには、あまりにも反則的な力であると思ったために。
「一応聞いておくがこの後彼はどうなるのかな? 私としては、あまり自由に動かせない方がいいと思うんだがね」
「…………監獄島行きだろうね。間違いなく。だがその前にだ」
さらにエヴァが頭の中を読み取ったことで露呈した罪の数々をまとめた書状を目にして重い息を吐き、かと思えばその場で黒い球体を地面に叩きつけオリバーを救出。
「お楽しみの最中にすまない! 非情に突然ではあるがオリバー殿が返って来た。そこで! 監獄島行きになる彼の罪状の数々を、酒の肴とでも思って聞いてくれ!」
「る、ルイ!?」
溜飲を下げるためだけのために唖然としているオリバーを見下しながらその罪状の数々を読み。飲み会が終わった直後に彼を牢屋へと叩き込んだ。
なんとも脱力することの顛末であるが、兎にも角にもこのような経緯があり、オリバー・E・エトレアは帰還。
そして今、積の策略の一つとして『ガノ』にやってきていたのだ。
「馬鹿な。なぜあ奴がっ!」
オリバーの生存はあの場にいた者達だけが知っている事柄で、同じ貴族衆の長と言えど知らなかった。
なのでバークバクからすればいきなり死者が自宅兼仕事場を尋ねた事になり、真っ青な顔であることないこと吐き続けているときた。
その衝撃は計り知れない。
彼は数多の苦境を乗り越えてきた古豪であるが、それでも死んだはずの人間がいきなりやって来ることまでは経験しておらず、直前まで襲ってきていた危機を乗り越えた安堵が瞬く間に消え去った瞬間、高低差から彼の心の壁は砕け、
「『アランめ、くだらん失態を!』」
「ルティス君!?」
「『襲撃の際の記憶奪取はしっかり命じた。あやつめ仕損じたか!』『虹の球体にまで手を伸ばしてるか。厄介な』!」
ルティス・D・ロータスが語る。
自身にできることはこれしかないと腹を括っていた銀髪の美少女がその真価を発揮させ、訓練の末に強化した己の力で、これまで以上にはっきりと対象の思考を読み取り、次々に口にしていく。
「ロムステラ翁」
「!」
「詳しいお話を、お聞かせしていただいてもよろしいですか? 今度こそ、自分の口で」
その終わりに、強烈な風が吹いたかのような錯覚が部屋全体を包み、この場を仕切る立場としてシリウスが厳かな声色で提案。
「ロムステラ!」
「っ!」
その瞬間、状況が大きく動いた。
妖怪と語られるG・ゼノン家の当主が最後まで言い切るよりも早く、彼の右腕たる老執事が動き、どこからともなく取り出していた持ち手まで含め真っ黒なステッキーを居合の構えで振り抜く。
「失礼!」
その対象となっていたのはルティスの隣で膝の上に両腕を置き、彼の主を問い詰める姿勢でいたシリウスである。
そのシリウスはと言えば雷属性の恩恵である凄まじい反射神経を用い、即座に作り出した雷の剣で迫っていたステッキーから自身の身を守る。
(重いっっっっ)
が、襲い掛かる威力全てを受け止めきることはできなかった。
撃ち出された一撃は雷の剣を砕くには至らなかったがそれを支えるシリウス本体を吹き飛ばし、部屋の入口のドアを突き破り、その奥にあるエレベーターに衝突。
「撤退するぞロムステラ。時間を稼ぐために小娘を捕まえておけ!」
その間にもバークバクは見た目に見合わぬ機敏さで立ち上がると勢いよく動き出すが、
「ぬっ!?」
彼の右足が、勢いよく吹き飛ぶ。地上を見渡すために設けられたガラスの壁を突き破り、屋内へと飛び込んできた一発の銃弾によって。
「おいおいおいおい。色々と好き勝手やっておいて逃げようってのは都合がよすぎるだろ」
八千メートルという超高高度にいる標的を、十キロ以上離れた距離から、上空に浮かびながら障害物となる人や物を避けての正確な狙撃。
そんな高度なミッションを易々と成し得た康太はため息交じりで言いながら、いつでも次弾を打ち込める準備を行い、
「あ?」
そこで彼は見た。対象である老人が無数の羽虫となって霧散していく姿を。
「見えてるんだよ!」
とはいえ先ほどまでと同じ空気を纏っている羽虫はどれだけ小さかろうと一匹のみで、仕留めるのではなく捕まえるための銃弾に即座に変更。
「クソッ! 厄介なことしやがる!」
だが用意した銃弾が放たれるよりも早く、墨汁のように濃く、雲のように巨大になった、羽虫の群れが康太の視界を奪い、回避している隙に康太が狙っていた一匹の虫は視界の外へと移動。
「失礼いたしますルティス様。手荒な真似はしたくありませんので、おとなしくしていただければと思います」
「させん!」
最上階では主の命を受けたロムステラの腕が尻餅をつくルティスへと伸ばされ、しかしそれは未だ立ち上がれぬシリウスが投げた雷の投擲槍が間に挟まることで阻止。
「邪魔をするでないノスウェルの若造が!」
康太に襲い掛かったものと同じ濃さの、通路全体を埋めるほど大量の羽虫が、老人のしわがれた声を発したかと思えばシリウスを吹き飛ばし、屋外へ。
「改めまして、失礼いたします」
「ルティス君! 逃げるんだ!」
のんびりとした表情と声は崩さぬまま、老執事は白の手袋を嵌めた掌を彼女に再び伸ばし、空中で急いで雷の羽を展開したシリウスが咆哮。
「ご、ごめんなさい。腰が! 抜けてぇ!」
しかし彼女は思うように動くことができずえんえんと泣き始め、
「……十分だ。時間稼ぎ感謝するシリウス・B・ノスウェル」
だが間に合った。シリウスが投げた一投が、彼女の運命を大きく変えた。
「貴方様は……」
「……後から俺も追う」
八千メートル近い高さの壁を一秒もかけず登り切り、割れた窓ガラスから中へと着地。
手には千年前の戦争における最大の英雄の遺産を手にしている彼の者こそ、
「……この場は俺が引き継ごう」
ギルド『ウォーグレン』最強の男ゼオス・ハザードである。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
本日分の更新です。
まず初めに死亡扱いだったオリバーの復活、というよりキャラクター自体の復活に関してですが、基本的にはありません。
オリバーに関して言えば例外で、『復活したところで戦力面含め、益にも不益にもならない立場』のため、復活できたと言ったところです。
もし復活するのならば、大抵の場合相応の理由を用意してから行います。三章であったミレニアムの再顕現が代表的な例ですね。
ついでに言うと黒い海から蘇ったガーディアの理由に関しては今後語る予定です。ギャン・ガイアはこの場を借りていってしまうと、ガーディアが手駒が欲しくてわざわざ助けました。
さて本編に関しては舌戦が終わり戦闘フェーズへ。
今回のカードはゼオスVS老執事。スピーディーに、その上で緊張感のある戦いができればと思っております。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




