G・ゼノン家当主バークバク 四頁目
『偽の証拠を作り、動揺を誘おう』一言で言ってしまうならばそれが、積の返信に記されていた内容である。
なぜ積がこの提案をしたかと言えば、シリウスを筆頭としたバークバク・G・ゼノンを知っている人物が抱く感想。すなわち彼が権謀術数に長け、正面突破は難しいという感想を彼も知っていたからで、その難題を突破するための、いわゆる場外戦である。
「あの、シリウスさん」
「ん?」
「これ、どうしてもやらなくちゃいけないですかね? 私は正直反対です」
「ふむ。ならその旨を送ってみよう。彼なら、相応の理由を言ってくれるはずだ」
がしかし、このメールを見た際に全員が賛同したわけではなかった。
康太やゼオスはどっちつかずの態度を貫き、シリウスはやや賛同といった具合であったのだが、ルティスは否定気味であった。
それというのもこの思惑がうまくいったとして、その結果バークバクに何の罪もなかった場合、自分たちの都合で迷惑ばかりかけることになると思ったからで、その思いを吐露するようにシリウスが返信。
『俺はシロバさんを信用している』
直後に帰って来たメールの内容を聞き、ルティスも不満は抱くものの押し切られた。
この件に関わる彼らにとって、黒い噂の絶えないバークバクと、これまで大なり小なり関わって来たシロバのどちらを信じるかは明らかであったのだ。
「バークバクさん。この件について、お話をお聞きしたい!」
これにより康太とゼオスの動きは決まった。
たったの数時間のあいだに捏造写真に使えそうなアンドロイドを撮りまくり、積にメールで送信。
『裏世界』にいる面々はそれを受け取ると利用できそうな画像を選別し、バークバクが裏でやっているであろう罪状を想定し、その一場面を切り撮ったような合成写真を作り上げる。
「ゼオス。そっちはどうだ?」
「……数枚撮れた。次の場所に行くぞ」
「もう三十枚は送ったんだがな。これで成果なしなら、オレは積に苦言を呈するね」
今朝の六時から十二時にかけて行われた、地上と地下の共同作業。
「積、この写真なんてどうだ?」
「……微妙だな。視線の向いてる先が良くねぇ」
「ならこれは?」
その成果が今の状況である。
「……お主はファイザバードの小僧の件でここに来たのではなかったのかな?」
「もちろんそれもあります。がしかし、それだけではなかったという事です」
これまでのように流暢に話を進めないことからして、思い当たる節があるのは確実だ。
あとはそこから生まれた動揺をきっかけとしてバークバクの閉じた心を開く作業で、より深い怖れを生み、口を開くよう仕向けるためシリウスは言葉の拳を連射。
がしかし、バークバクはなおも口を割ることもなければルティスが入り込めるだけの心の隙間を作ることもなく、状況は再び、けれど先ほどまでとは違う形で膠着状態に陥った。
「……もう一つ、写真で撮ったものではないので証拠となる画像はないのですが、貴方に尋ねたいことがある。これは私の友人に教えてもらったことなのですが、バークバク殿は虹色の球体について知っていたりはしないかな?」
「…………………………なんじゃと?」
「掌に収まるサイズのとても小さい物です。いかがですかな?」
その状況を食い破るため、シリウスが積から手渡されたもう一つの情報を提示する。
それはつい先日、蒼野や積達の前で起きた異変に関する事柄。あと一歩のところで逃してしまった手掛かりについてである。
「……………………」
「何か心当たりがあるのですかな?」
その件に関してバークバク・G・ゼノンが関わっている証拠など何一つない。
しかし『裏世界』を巻き込む一連の事柄に関わっているのならば、何か手掛かりとなる情報を持っているのではないかと思って投げかけた問いかけ。
「っ!」
(そうか。もう少しか)
その問いかけに意味があったことを、シリウスの服の裾を引っ張ることでルティスは伝える。
「バークバク殿。ルティス君の持っている異能に関してはご存じのはずです。その彼女が、貴方の心に邪な物を見つけたようだ。こうなれば結果は覆せない。せめてあなた自身が語っていただけないでしょうか。それならば、我々としても余罪を減らす方向で話を進めさせてもらう」
ここに至るまでのあいだで、シリウスは積と話した結果準備した手札は既に全て場に置いた。
あとは大げさな言葉やさらなる嘘を重ねることで状況の打破を狙う事しかできず、沈黙を貫く老人を前に同情を誘うような声でそう話し、
「おいおいひどい言いようではないか。ロータス家の小娘の力に関しては無論知っておるよ。であるならば既に答えはわかっておるはずじゃ。お主の言う虹色の球とやらに関しては、何も知らぬとな」
「「!」」
と、ここで彼らの思惑を大きく外す言葉が投げかけられる。
それまでの深刻な表情と無言を吹き飛ばすような、気の抜けた声としぐさと共にだ。
「罪を軽くするつもりはないと?」
「無論よ。そもそも儂には軽くするだけの罪がない。語るべきことなど一つもないぞ」
「っ」
「ついでに言うと、先に提出された写真にしてもそうだ。儂にとっては身に覚えのないものだ。無論迷惑な話ゆえ、『裏世界』にいるマクダラスファミリーには灸をすえる必要があるがの」
いやそれだけではない。
先にシリウスがあげた捏造写真に関してもたったそれだけの言葉で終わらせてしまい、目を背けたシリウスがルティスの方を見れば、理由はわからないが顔を青くしている。
「しかしおぬしらは真に不思議なことを言う。儂の心が見えたとな? そのような動揺を晒した覚えはなかったのだがのぉ」
否、その理由は今、バークバクにより語られた。
要するに彼らは嵌められたのだ。
僅かではあるが生まれた綻びも、重苦しかった沈黙も、全ては目の前の老人の巧みな技術により形作られたもの。
本当の彼には僅かな動揺もなく、自分たちは掌の上で踊っていたにすぎないと思い知らされる。
「さてと、まだ数分残されておるがもう必要なかろう。残りの時間はロムステラが淹れるコーヒーや紅茶を味わうがよい」
そう言いながら側にかけてあった杖を手に取り立ち上がった老人は勝者の風格を身に纏っており、ソファーに腰掛ける二人を見下ろす。
「いえバークバク翁。まだ時間は残されています。もう少しお話を」
しかしなおもシリウスは諦めない。
シロバの件はともかくとして、康太とゼオスが追っている『裏世界』に関するに話題に関わる必要のない彼は、しかし自身の責務を果たそうとなおも食って掛かる。
「ふむ、では他に聞きたいことはあるかの」
「…………」
「無言、か。では話はやはりここまでじゃ。既に伝えた通り、儂は忙しいのでな」
だが彼の強い意志を老人は涼しい顔で受け流し、
「ご主人様、急ぎお会いしたいお客様がいらしゃっているという連絡がロビーから」
「おうそうか…………とのことだ。すまんなノスウェルの若き当主」
タイミングを見計らうようにやって来た新たな客に意識を向け、
「アポを取っている様子はないという事でしたがよろしいので?」
「今は機嫌がいいのでな。かまわんさ。とはいえ一応顔だけは確認させてもらうがの」
右腕である執事ロムステラの言葉に抑揚に応えながらロビー直通のモニターを繋ぎ、やって来た新たな人物に顔をやり、
「――――隙ができた!」
「なに!?」
此度の会合ではついぞ見せなかった激しい動揺を示す。
それほどまで現れた人物は予想だにしないものであった。
「馬鹿な。そんな馬鹿な。奴は! 奴はぁ!!?」
彼が今しがた目にした人物。
それは浅黒く焼けた肌をしたやや肥満体の人物で、目元をサングラスで覆いトレードマークのアロハシャツを着こなし、けれど普段ならば顔に張り付けている陽気な笑みはまるでなく、周囲に対しおびえたように視線を向ける。
シュバルツの手により死んだはずのE・エトレアの当主オリバー。彼がカメラに映っていたのだ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
会合編後半戦。積の策とシリウスの尽力の結果提示回です。
最も重要なのはやはり最後に出てきた人物。そのことについての話から次回は始まります
それではまた次回、ぜひご覧ください!




