G・ゼノン家当主バークバク 三頁目
結論を先に述べよう。
此度のシロバ・F・ファイザバード襲撃事件、その犯人はバークバク・G・ゼノンである。
細かく噛み砕いて言うならば、計画の立案から犯行現場までの誘導を行ったのは彼で、実動犯は別にいるのだが、主犯と言える人物は間違いなく彼であろう。
となればルティスを連れたシリウスの手が伸びてきたのは、彼にとって間違いなく億劫な事態であるが、そこに焦りの念はない。
シリウス自身も知っている通り、千年という時を生きた『妖怪』バークバク・G・ゼノンという男は、数多の権謀術数を駆使してのし上がり、生き延びた男だ。
その中には今のような状況も多々あり、その大半で事なきを得たのだ。
(お手並み拝見、とは思うとったが、才気溢れると言われとるノスウェルの若頭もこの程度か)
彼には経験により培われた絶対の自信があり、それを支えるため様々な技能を得ていた。『閉心術』もその一つだ。
(つまらんな)
『閉心術』が様々な感情の昂りや動揺から崩れるリスクについてももちろん把握しているが、今回の件についていえば、ソファーに座り二人の若者と向き合う彼は盤石の構えをとっている自信があった。
なにせ襲撃時のシロバの記憶を完璧に奪い、周りの人々の配置にしても自分の理想とする場所に置けたのだ。一から十までバレる要素は何一つないと断言できた。
(もうちっと楽しめると思うとったのだが…………)
ここまでしたからこそ、彼はこの会合に応じたわけであるが、実のところもう少し歯ごたえのある展開を期待していた。
負けるなどあってはならぬが、楽しめる程度の難易度は欲しい、などというやや傲慢な考えに陥っていたのだ。
だが残り十分に至る今までにそのような状況は訪れず、彼は内心で安堵と共に落胆を感じていた。
「……もう一つ、私個人として貴方を疑っている要素があります」
「お主個人が?」
「はい。実はですね、目を覚ましたシロバさんが言っていたのですよ。姿形は見ていないが、貴方の声を聞いたと」
「…………………ほう」
彼のそのような余裕を崩す猛攻。それが始まったのはシリウスが告げたそんな言葉からであった。
真っ向勝負を挑んだところで絶対に勝てない。
それが貴族衆のみならず世界中で名を馳せているバークバク・G・ゼノンという男を、大なり小なり知っているシリウスや優、それに積が出した結論である。
どれほど相手にとって不都合な質問をしようと、それこそ証拠足り得るものを出したとしても、相手はそれを覆すだけの老獪さを秘めている。
これから挑む老人を彼らはそう評していた。
だからこそ必要なのは、事件に関わった証拠などではない。むしろルティスがいるならば、それらは結果的に手に入るので注意する必要はない。
最も必要なのは、そこに至るまでの過程。心を揺らすこと。つまり彼にとって絶対に想定できない事態である。積が達した結論がそれである。
「おかしなことを言うのう。事件があった当日、しかも説明された時刻に儂はここにおった。何ならこの部屋の監視カメラの記録を調べてもいい」
事態は今現在に戻る。
シロバがギルド『ウォーグレン』に伝えたこの事実も中々強烈な威力を持つ言葉ではある。しかしバークバクはこれに対しても心を乱さず、努力は無に帰す。
だが彼はそれで問題なかった。なぜならここまでの勝負、すなわち真っ向から殴りかかる戦いはただの前哨戦で、バークバクが少なくない安堵の念を覚えた残り十分こそ、本番であると知らされていたのだから。
「あぁそうだ。時にバークバク殿。貴方ならば当然『裏世界』に関しては知っておられますよね?」
「……当然じゃな。あそこでしか手に入らん情報もあるからの。他の者と比較すれば足繁く通っているという自覚もある」
残り十分、ここからは盤外戦。別の事件に関する事柄に移る。
シロバ本人の発言を除けば、目の前の老人が彼の記憶を奪う件に関わった証拠はない。だが、別の事柄から攻めるならば話は違うと彼らは踏んでおり、そこから心の隙を作りにかかる。
「そうでしたか。実は今、その『裏世界』に私の友人が行っている最中なのですが、その終わりに見過ごせない事態に巻き込まれたそうです」
「見過ごせないこと、とな?」
「はい。この未来都市『ガノ』で作られていたアンドロイド、それが悪用されているという話です」
「……悪用とは?」
シリウスの発言の直後、執事であるロムステラが両者の間にある机の上に新しいティーポットを置き、ゆったりとした動作で中に入っていた液体を注ぐ。
それを一口飲んだところでバークバクが目を細め、けれど声の調子はこれまでと変わっていない様子で指摘。
「『裏世界』の支配者マクダラスファミリーが、この国で製造されたアンドロイドを使っているという情報がありました」
「カッカッカ、なにを言い出すかと思えば、その程度の事か。お主は知らぬであろうがな、それは水面下で行われた契約に乗っ取っただけじゃ」
けれど続くシリウスの淡々な声の調子の指摘を聞くと愉快そうな笑い声をあげ、
「契約?」
「うむ。未だ地上ではこの国製造のアンドロイドは使われておらぬがな、性能を調べる、いやさ改良するために、人に使ってもらうことは重要じゃ。そのための実験場として、『裏世界』の様々な都市にマクダラスファミリーの許可を得て配備している。それだけのことじゃ」
「どのようなアンドロイドを」
「………………日常生活から戦闘用のものまで、多種多様ゆえ一言では言いきれんな。がしかし、地下で様々な活躍をしている事は儂の耳にも入っておるよ」
その声が、シリウスの追及を聞き陰る。
妖怪とまで言われるこの老人は嗅ぎ取ったのだ。今、自分は不穏な影に襲われていると。
「そうですか。ではこちらに関しても、貴方が裏で手を引いているという事でしょうか?」
「………………これは?」
「つい先日、私の友人は大勢の人に混ざったアンドロイドに襲撃されたと言っていました。そしてそのアンドロイドと同形の物がこの『ガノ』に置いてあった。これも貴方は容認していると?」
言いながら出したのは二枚の写真。
一つは積や蒼野が大勢の者らに囲まれ襲われている写真。
もう一つはこの未来都市『ガノ』に配属されているアンドロイドの写真で、確かにそこにはもう一枚の写真の中に映っているものと同じ形のものが堂々と移されていた。
「…………………」
「襲撃された場所は地上の事。つまり『裏世界』の介入が許されていない場所です。もし貴方がこの件に関わっているのならば、見過ごすことのできない事態ですよバークバク翁」
語気は強く、自らこそが正義の使者であるとはっきりと。軽くではあるが音が鳴るように机を叩き、強い眼差しで見つめるシリウス。
「……ふむ」
それに対するバークバクに返事はない。これまでにはなかった無言を貫き、思案に暮れる。
そんな中シリウスが願うのはただ一つ。
(頼むぞ)
老人が心の隙を晒すこと、ではない。
(バレてくれるなよ)
この証拠が真っ赤な嘘。こちらが作りあげた嘘っぱちだとバレない事である。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
引き続きバークバク会合編。
正面突破は無理と考えた積による提案。それによる盤外戦開始です。
こういう手段を主人公側がとるのって、ひと昔ふた昔前なら卑怯だなんだと言われた気がしますが、今のご時世、創作においてはそういうのがなくなったのは素直に嬉しいですね。
次回は引き続き盤外戦。今回などとは比べ物にならないフルスロットル回です。
お楽しみに!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




