G・ゼノン家当主バークバク 二頁目
一言で『強さ』とまとめてしまうものの、当然であるがその形は多種多様だ。
この『ウルアーデ』に存在する最も原始的な形。
遥かな過去から現代まで続く、腕っぷしの強さというステータスは間違いなくこの世界の中心に立っているステータスであるが、物語の中で語られないだけで、他にも様々な強さが存在する。
例えばそれは、人付き合いの巧みさ。
例えばそれは、勉学の修得度。
例えばそれは、企業の経営。
あらゆる分野、全ての項目の中で『強者』は存在する。
シリウスとルティスの前にいるバークバクという老人にしても同じであり、彼はこと戦闘に関しては『超越者』の域に至っていなかったが、他無数の分野においては、類まれない実力を発揮できる。
その中でも代表的な要素の一つが今回のような交渉の場である。
(ルティス君。どうかね)
(み見えません。バークバクさんの腹の内は読めません)
(そうか。やはりな)
『閉心術』という技術がある。
これは『読心術』に対する最もオーソドックスな、しかし修得難易度の高い対抗策であり、端的に言ってしまえば、自身の心を『閉じる』技術だ。
これを習得すれば様々な心を読む手段は通じず、その中にはもちろんルティスの異能も含まれている。
(しかし見たところ機械による一方的な遮断ではないな。ならば問題ない予定通りだ)
自分らが用意した切り札が通用しない。
本来ならそれは舌打ちの一つでもしたくなる事態だが、シリウスは悲嘆にくれるようなことはなかった。ここにくる以前から、既にこの展開は予想していたのだ。
「どうした。時間がないことをお主とて把握しているのではないか?」
バークバク・G・ゼノンという老人は様々な分野における超一流であるが、突き詰めていけばそれらを支えているのは手段を択ばない権謀術数の数々だ。
非道な手段に訴えかけてくることもあれば、ど真ん中ストレートとでもいうべき力押しを行うこともあり、そのような考えに至った道のりを探ることは至難の業だ。
それこそ頭の中を読む事くらいしなければいけないほどに。
そんな自分の弱点を防ぐため、長い年月の間に『閉心術』を習得していることは、実に自然な事であった。
とすればその事実を前提としてうえで彼らは動いている。
想定していた厄介な状況はここに見たこともない発明品や能力が付け加えられている事であるが、シリウスが見る限り見たことのない発明品が使われた様子はなく、能力や粒子術を行使した残滓もない。
ならば話は実に単純。
シリウスは今から、千年という長い年月を生き抜いた妖怪が自身の心に張っている『閉心術』、これを解く。
その上でシロバから貰った依頼の解決に役立つ情報や、『裏世界』とのかかわりを浮き彫りにすることこそ、勝利への道のりなのだ。
そしてそのための手段も既に彼らは知っている。
「そうですね。それでは遠慮なく。既にお耳に入っているかもしれませんが、つい先日、シロバ殿が正体不明の相手から襲撃を受けました」
「おうおう、知っておるぞ。あの自身の才にかまけた餓鬼が、白昼堂々やられたらしいのう。なんとも痛快――――失礼。嘆かわしいことじゃ。貴族衆全体の質の低下が、目で見える形で晒されてしまったのじゃからな」
「その件についてなのですが、貴方が犯人として候補に挙がっています」
言葉を武器として、渾身の力で殴りかかるのだ。
そうして完璧に閉じた心に隙間を作り、ルティスの持つ異能の力が届くようにする。そうすれば、数多の疑いが真であるか偽であるかが白日の下に晒されるというのが、彼らが建てた計画だ。
「…………………ほう。儂が犯人とな?」
手始めに打ち込まれたのは脳天へと向け一直線に向かう弾丸。
ソファーから体を持ち上げ目の前にある机に両肘を置き、鼻から下を両の掌で隠しながら行われた断言したような物言いで、これを受けバークバクが僅かに体を揺らす。
「そう言えるだけの証拠がある、ということかのう?」
「あぁ失礼。私の言い方に語弊がありました。貴方は間違いなく容疑者です。がしかし、貴方だけが容疑者なわけではありません」
「…………どういうことかの?」
「これは貴族衆に所属する全ての長に対して伝えている言葉なのです。というのも、クライメート家の当主であるルイ殿は、鉄の結束を誇る貴族衆に亀裂が入るのを危惧しておりましてね。そんな者が潜んでいないことを、いち早く知りたがっているのです」
が、ルティスの前に広がる心の壁は綻ばない。
不快感を抱いた様子こそあるものの、その胸中に大きな変化はないようであった。
「なるほどのう。そういうことか」
心がほころびを見せる条件というのは色々あるが、行ってしまえばこれは、とても大きな感情の昂りや乱れをを不意に起こすことで起きることだ。
喜怒哀楽を代表するような感情の揺れ。真下から真上へと突き上げるような感情の変化。
これによる壁の決壊をシリウスは求めている。
「ルティス様は何か飲まれますか?」
「あ、はい。それでしたらいつものを」
「かしこまりました」
彼の放った初撃の場合、怒りと動揺。それに安堵の感情を狙ったものであったが、隣に座るルティスが反応を微塵も示さないため思惑がうまくいかなかったことを察し、無言で次なる一手を模索。
「しかし納得しきれぬ点もあるのう。お主が連れてきているロータスの娘は、確か相手の心を読む力を持っていたはずじゃ。そんな者をわざわざ儂に当てるということは、容疑者多数とは言えど、この儂を最も警戒しているという事ではないのか。のうダイダスの娘よ。お主とてそう思うだろう?」
ただ目の前の妖怪がシリウスの放つ次なる一手を待つ理由はなく、シリウスが黙ったのを見ると、話の矛先を紅茶を口にする美女へと移動。すると瞬く間に状況に変化が起きる。
「アヴェッ!?…………………い、いえ。そういうわけでは!?」
『超越者』の位相ではないとはいえ、バークバクは戦士としてもある程度の腕を持っており、鍛えている分野の一つに相手を威圧する類の練気がある。
これを込められた威圧的な言葉を受ければ並大抵のものは気圧され、心の弱い物ならば屈服してしまうのだが、ルティスの場合は口に含んでいた紅茶を主言いきり吹き出し、意気を削がれた様子の顔を見せるという結果に終わる。
直後にシリウスが『何をしてきた』とでも言いたげな表情を僅かにだが浮かべてしまうが、端的に言えばバークバクは殴り返してきたのだ。
(これは、もしやこちらが持たぬか)
直後、執事ロムステラが差し出した紅茶を口にし、シリウスは認識を変えた。
彼や康太の認識では此度の会合はこちらが一方的に質問を投げかけ、真相を解明する類のものだと認識していた。しかし違ったのだ。
今のように妖怪バークバクは隙を見ては殴り返してきて、入室当時から神経にガタが来ているルティスを潰しに来る。
つまりこれは、一方的な展開が続く試合などではない。泥臭い殴りあいこそが、この会合の形であると気が付いたのだ。
「……話を続けましょう。事件があった当日の動きを確認したい。お話していただけますね?」
「無論よ。どこから話すべきかな?」
とすると『最も気にすべきはルティスが潰れないこと。そのために必要なのは敵に攻める隙を与えない事』というのがシリウスが下した判断で、この判断自体に間違いはない。
しかし質問がいけなかった。
この質問の意図としては『バークバクに口を滑らせる。または答えられない質問を追加で撃ち出し焦らせる』と言ったものであったのだが、シリウスの思うようには進まない。
なにせつい最近とはいえ過去を遡っての話なのだ。
バークバクはわざともったいぶった言い方をすることで時間を稼ぎ、会議の時間を残り十分まで使用。
「と、いうところじゃな。問題はあったかのう?」
「……いえ。問題ありません。ありがとうございますバークバク翁」
シリウスとルティスが得られた成果は何もなく、時間だけが無駄に費やされる。
そんな望んでいない結果だけが彼の前に横たわり、
(そろそろか)
戦いは次のラウンド、逆転を狙ったなんでもありの特攻戦へと向かっていく。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
舌戦開始。ただ今回、明日が早く急いで書いたため文章がちょっとおかしいかもです。申し訳ない。
ただバークバクが厄介な存在。めんどくさい老害なのは多少なりとも伝わったのでは、などと考えております。
さて次回は会合第二開戦。劣勢を覆す積の秘策が炸裂します!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




