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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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命の炎 四頁目


「風刃・暴竜!」


 放つ奥義の名を唱え、目の前に存在する同じ顔をした暗殺者へと、天災と同等かそれ以上の風の暴力が放たれる。


「……時空門!」

「っ!」


 だがその攻撃が目標へ到達することはない。


 前動作をしっかり確認できる攻撃ならば、彼は真正面から受ける必要など全くないのだ。

 暴威はゼオス・ハザードの一言で現れた黒い渦に飲み込まれ、その攻撃を撃ちだした主の背後から現れた。


「…………貴様の言ったとおり……これで終わりだな」


 攻撃の行方を見る事なく大上段に構えた剣を下段に下ろし、刀身に込めた剣自体を溶かすのではないかと思える熱気の炎を一切逃がさず跳躍。自らが放った黒い渦を飛び越え、真上から襲い掛かる。


「やっぱ、そうくるよな!」

「…………古賀蒼野……貴様!」


 そこで見たのは無傷な状態のままこちらを睨む古賀蒼野。

 その姿を見れば先程の一撃が自身を吊るためのブラフであったのはすぐにわかった。


「土壇場の正面衝突なんてお前のガラじゃねーだろ暗殺者!」


 中段に構えた剣にさらに大量の風の属性粒子が収束。


「……紫炎・斬覇!」

「風刃・突貫!」


 ゼオス・ハザードの炎を纏った斬撃と蒼野の突きが衝突し、周囲一帯の空間が熱を纏った風の影響で歪んでいく。


「おおおおぉぉぉぉ!」

「……!」


 風と炎が荒れ狂い、お互いが自らの命を燃やし尽すように力を振り絞るように衝突。


「え?」


 その結果は驚くほど呆気なく、ゼオス・ハザードの勝利で終わる。


「なんっ!?」


 ここまでの展開を脳内で構築していた蒼野であるが一つだけ想定できていなかったことがある。

 それは炎属性の『生命変換』をした時に得られる恩恵についてだ。


 風属性の恩恵は単純な放出量の増加に加え、全身の軽量化や属性粒子を圧縮した際の鋭さの強化だ。


 それに対してゼオス・ハザードが使った炎属性の『生命変換』の効果は、放出量の増加に加え状態異常にした際の症状の悪化と威力そのものの上昇である。

 これにより元々最強クラスであった火力はさらに上昇し、最大火力である雷属性を抜き全属性最強の攻撃力を得る事となる。

 ゆえに例え突きと面を埋め尽くす薄い壁という差はあれど、風の斬撃では対象を破壊することに特化した炎を押しきる事などできるはずがなく、蒼野の体に向け必殺の一撃が振り下ろされる。


「風陣結界・圧!!」


 あまりの光景に心臓が止まりかけた蒼野だが、迫る危機を前に必死に足掻く。

 蒼野が使ったのは指定した範囲内に入った存在を風圧で吹き飛ばすという風の結界。

 風属性は防御に向かない属性ではあるが、特性である物体を『吹き飛ばす』力を活かした防御手段はいくらかある。

 無論普段ならば発生する風の威力はそうたいしたものでないため銃弾などに対する防御程度にしか使わない術礒だが、『生命変換』で普段とは比べ物にならない量の風を扱っている今ならば話は違う。


「させるかぁぁぁぁ!」


 鉄の塊であろうと容易く吹き飛ばす天災の如き風が、主へと向け落ちてくるゼオス・ハザードを捉える。


「……ちっ、無駄なあがきを」

「無駄かどうかは」


 荒れ狂う風を斬り裂こうと力を込めるゼオスだが、風圧の強さと何より風という斬り裂けない物相手では足掻くことができず、空中で跳ね返される。


「やってみなけりゃ……わからねぇじゃねぇか」


 何事もなかったかのように地上に着地し敵対者を見るゼオス・ハザードと、荒い息を吐きながらそれを睨む蒼野。

 首元に切っ先を突きつけてくるかのような威圧感を前にしても蒼野が怯む様子はもはや一切なく、残された時間で気絶させるための算段だけに脳を酷使しながら一歩前へ踏みこむ。


「え?」


 が、それで終わりだ。

 その瞬間、蒼野を中心に発生していた風の奔流が突如霧散。全身は強烈な倦怠感に見舞われ、立つことさえままならずうつぶせに倒れた。


「……限界だな」

「く、くそ!」


 剣を掴みそれを杖代わりにして立ち上がろうと必死にもがくが、そもそも剣を握ることさえできず、顔を上げ近づいて来る自分と同じ顔の男を見る事が精いっぱいだ。


「……生命変換は強い能力だが無敵というにはほど遠い。限界を誤れば、そのような事にもなる」


 これ以上無駄に炎を消費する必要はない


 蒼野に冥土の土産とでも言うように説明しながらそう考えたゼオス・ハザードは、全身を覆うように発生させていた炎の膜を消失させ、一歩一歩近づく。


「時、時間回帰……」

「……諦めろ。もう終わりだ」


 飛んでくる半透明の丸時計を体を逸らすだけで容易く躱し、さらに近づく。


「…………最後まで…………お前は気が付かなかったな」

「…………!?」


 その時、ゼオス・ハザードのふくらはぎを風の刃が貫く。

 振り返って背後を見てみれば時間を戻した空間から風の刃が出てきており、男の体をその場に張りつけにしている。


「…………なるほど、落陽や纏った炎で全て作動させたはずだというのに俺の足を貫いたのは、その能力のおかげ…………というわけか」

「はぁはぁ!」

「……だが、それがどうした」


 しかし、そんなことは些細な問題だ。

 足止めは既に意味をなさず、足を封じたとはいえどれだけ半透明の丸時計を撃とうがゼオス・ハザードの炎はそれを防ぐだろう。

 その事実を前にしても蒼野は笑い、


「時間回帰!」


 残る力特殊粒子の大半を使い、四方八方へと透明の丸時計を撃ちだした。


「……?」


 数多の丸時計が自らを狙っていないことを不思議に思いながらも、同時にある疑問がゼオス・ハザードの脳裏に引っかかる。


 彼は蒼野の思惑に気付かず最後の一騎打ちに持っていかれた。

 しかしその後の衝突で蒼野の思惑は砕き、自分はこうして立っている。


 ならばそれで終わりではないのか?


「……考え過ぎか?」


 胸に抱いた違和感を、刃を構え臨戦態勢を取ることで無理矢理打ち消すゼオス。


「お前はこの場所がどこだか覚えているか?」

「……場所?」


 だというのに目の前の男が口を動かせば黙ってそれを聞き入り、挙句の果てには聞き返してさえいる。

 その後とどめを刺すだけとなった状況にも関わらず彼は周囲を確認し、


「…………なんだあれは」


 目にした光景を前にして、それ以上の言葉を発せられない。

 明後日の方向へと飛んで行っていた無数の半透明の丸時計が、虚空で静止し時間を戻し始めている。


「普段俺もそう使わないからな。流石にこれについては知らないよな」


 『物』や『人』ではない、『空間そのもの』の時間を戻す光景。


 それを目にしてゼオス・ハザードが顔をしかめるが、そうやって辺りを見回しているうちに、蒼野が告げたこの場所の正体に気が付く。


「……まさか、ここは」

「そうだ。ここはお前が生命変換を使って最初に立っていた場所だ。そして俺の放った時間回帰はある地点まで時間を戻すように設定しておいた」


 その意味を理解し動きだそうとするがふくらはぎに刺さった風の刃がそれを許さず、宙に浮く無数の半透明の丸時計が同時に時間を戻し終える。


「これが正真正銘、最後の勝負だ!」


 待ち構える未来を前に地面に黒い渦を作り、逃げ出そうとするゼオス。

 蒼野はそんな彼の片足を全身で抱きかかえ、それだけはさせまいと躍起になる。


「…………古賀、蒼野!」


 自身を睨みつけてくる男に対しそう口にすると、間髪入れず無数の風の大砲が中心にいるゼオス・ハザードへと向け飛来した。




「……凱焔!」


 勝負を決するべく放たれた最後の一手。全方位からの風の大砲を前にしてもゼオス・ハザードが止まることはない。

 作りだしたのは、先程蒼野の移動範囲を削った強固な炎の壁。

 あらゆるものを遮断し主を守る、ゼオス・ハザードが持っている中では最高の守り。


 その最強の守りを三百六十度全ての方角に展開し、無数の風の大砲を迎え撃つ。


「……おおおおぉぉぉぉ!」


 続けざまに衝突する風の大砲の勢いで大気が歪む。

 両腕を突き出し紫紺の炎を展開するゼオス・ハザードが、これまで見せたことのないような切羽詰まった叫び声をあげ、守りを固める。


「……おおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」


 衝撃の余波は凄まじく、大気の揺れだけでは収まらず空気と大地も揺れ、しまいには大地が抉れ、空へと昇る。


「……おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」


 三百六十度全ての方向から迫る風の大砲を防ぐために発動した炎の壁に亀裂が奔る。

 それを補強するために属性粒子を注ぐが、限界が迫ることで息が乱れ、片膝をつきそうになるが必死に耐えながら目前の脅威の圧力に対抗する。


「まさか……………………耐えきるのか!?」


 蒼野にとってもゼオス・ハザード同様に永遠にも等しい一瞬。

 様々な角度から放たれた無数の風の大砲『風塵・裂破』。その全てが炎の壁に阻まれ拮抗状態を作りだす


「頼む、打ち破ってくれ!」


 必死の思いで作りだした最後の希望。

 蒼野が唱えた文字通り最後の衝突。


 その勢いは激しく、それに対抗する炎の壁にも亀裂が入る。


「いっけぇぇぇぇ!」


 時間を戻した事によって現れた風の大砲を強化することはできない。

 それでも叫ばずにはいられない蒼野は両者の全力が衝突する光景を目に焼きつけ、それから間もなく、一際大きな炎が上がり衝突が終わりを迎える。


「嘘だろ……」


 風の砲撃が途絶えそれと同時に炎の壁が消失。そこで見た光景に、


「…………やって、くれる」


 蒼野は息を呑む。

 そこにいたのは、吹けば消えるような疲労を抱えてなお立っているゼオス・ハザード。

 漆黒の剣を持ち、未だ衰えぬ殺意を瞳に込め、この戦いを終わらせるために彼は蒼野にいる蒼野へと剣を向ける。


「ふざ、けんな」


 迫る死の瞬間。策はなく全身に力が入らない。

 そんな中で浮かべるのはこれまで出会った様々な存在。


 始めにゲゼルが浮かび、アイビス、聖野、ヒュンレイ、善、優、ここ数ヶ月で出会った様々な顔が浮かび、康太、シスター、そして彼が尊敬するとある人物の後ろ姿が浮かぶ。


 こんなところで死んではいられないと胸中で叫ぶ。


「……ぐっ!?」


 そんな中、ゼオス・ハザードが突如動きを止め、胸を抑え苦しみ出す。


「………………古賀……蒼野」



 その瞬間が彼には永遠のように感じる。



 胸を抑え苦しむゼオス・ハザードが蒼野の名を唱えたかと思えば膝をつき、紫紺の炎の圧迫感が薄れていくのに合わせ崩れ落ちる。


「た、助かった……のか?」

 

 突如起こった事態に思考が追い付かない。

 ゼオス・ハザードの生命変換が切れたという事に気がつく事に数秒かかり、気が付くと蒼野は安堵の息を大きく吐いていた。


「よかった、死なずにすんだ。……みんなのところに帰れる」


 仰向けになった蒼野の目に映ったのは、紅葉によって色を変えた落ち葉と鮮やかな夕日。

 それを目にしながら蒼野は笑った。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


さて、という事で両者の命を削った戦いはここに終結!


この先どうなるかは次回を待て!

てな感じの事を言ってみます。


三話目はできれば23時頃に投稿。

12時を過ぎた場合は、もう来ないと思っていただいて構いません。


それではまた次回。

よければ感想やご意見・評価をお待ちしております。

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