ヘルス・アラモードとギルド『ウォーグレン』 四頁目
なんとも奇妙なことであるが、積とヘルスは目の前に『敵』がいると頭では理解しながらも、なぜかそちらに対し普段のように意識を切り替えることができなかった。
『服を着こんでいる者が別のなにかに視線を向ける』。それは間違いなく知性のある生命が行う行為であるのだが、二人の脳はそう認識することができなかった。
二人の脳は目の前に存在を『生命体』として捉える事ができておらず、台風や空気のような『自然現象』であると認識していたのだ。
結果二人は恐ろしい存在と向き合っているとわかっていながらも、『敵』に対して向けるような意識を持つことができず、脳に空洞ができたかのような嫌な感覚に襲われた。
言うなればそれは、目の前の脅威を別の次元や論理の先に立っていると認識しているような感覚で、
「…………ふむ」
「あ!」
二人がその感覚の解明に関して意識を注ぐ中、男が伸ばした腕で積が求めていた球体を握り、砕く。
それにより辺りを覆っていた強烈な光が収まり、そのような明確な変化が訪れやっと、二人は出せなかった声を発することができ、いつの間にか体にのしかかっていた重圧から解放された。
となれば次なる一手を繰り出すことも可能であり、男が何かをするより早く、ヘルスがかばう様に前に出るよりもなお早く、積の口は開いていた。
「あんたは…………いったい何なんだ?」
「何者だ」とは聞かない。その答えを積は既に知っている。
性別年齢素性に名前も不明。頻繁に現れては思うがままに殺戮を繰り返す『紅悪魔』
数多の魔眼を蒐集するため『裏社会』全域で暗躍する『千の目』
陰に潜み、操り、得物を殺す『影の者』
マクダラスファミリーの若き支配者にして『裏世界』の要『若頭』
上記の四人もまごうことなき強者。地上で言うところの『十怪』と同等の力を備えているというのだが、そんな彼らを上回る脅威がいた。
それが『死神』
受けた依頼を必ず達成し、あらゆるものに等しく死を届けるという、まさしく名の通りの人物。
『紅悪魔』ほどではないが未だわからない点が多々存在する『裏社会』最強の怪物である。
そんな怪物に相まみえた積の感想は口にした通りであり、返答は即座に行われる。
「うぐぉ!?」
ただし形は言葉ではない。代わりに返されたのは体を襲う強烈な重圧。
あまりにも突然。あまりにも早く広範囲の、並大抵のものならば指一本動かす暇なく肉塊に変化するほどのそれを受け、それまで立っていた積は抵抗する意志を見せるも姿勢を保つことができず片膝をつき、その姿を見下ろし『死神』は悠然とした足取りで近づく。
「…………片手間で済む程度ならば問題ないか」
「ぐっっ! グググゥ!!?」
『死神』が繰り出した重圧の正体。それを積はすぐさま理解した。
練気『威圧』
かつて『果て越え』ガーディア・ガルフが万軍に対し放ったものをさらに磨き、それだけで人を殺せる凶器と変貌させたもの。それが襲い掛かった脅威の正体である。
これを受け人の形を保ったままでいるのは、先に述べた通り並大抵のものでは不可能であり、それを成し得ただけで勲章をもらえるほど成果である。
が、危機的状況な事には変わりはなく、積を制した怪物はなんの不自由もなく距離を縮め、
「関わった依頼が悪かったな。己の不運を恨め」
「っ!」
何も手にしていないただの手刀。けれど不吉な未来を瞬く間に察せさせるそれを前に、未だ片膝をついた状態から立ち上がれない様子の積が、現状を破ろうとプルプルと震えている。
「待て!」
はっきりとした意志を感じさせる強い声。
それがあたりに木霊したのは、そのタイミングの事である。
危機的状況に陥れば一目散に逃げだし、ほとぼりが冷めたのを確認するとどこからともなく現れる。
元来ヘルス・アラモードという存在はそうやって生きてきた存在であり、内に秘める別人格のことは抜きにしても、表舞台に立つことを極端に嫌っている節があったし、気弱な性格でもあった。
そんなヘルス・アラモードではあるが、今は一つだけ、どうしても譲れない思い、いや信念があった。
積達ギルド『ウォーグレン』の若者を誰一人として失わず見守るということである。
その思いの根底にあるのは強い感謝と、それ以上に強い、身を焦がすような後悔の念。
自身の命を救ってくれた原口善に対するありったけの感謝と、それほどのことをした恩人を助ける事ができなかった後悔であリ、彼がするはずであった責務を、自分が果たそうと彼は口には出さずとも誓っていたのだ。
「待て!」
そんな彼が、この窮地を覆す鍵となる。
積と同じく『威圧』の錬気を受け身動きが取れなくなった肉体に喝を入れ、『白』ではなく『青』の雷。すなわち神の力をそのまま具現化したものを全身に纏ったかと思えば周囲一帯に放射。
「ほう…………」
万物を平伏せさせる『重圧』は青き雷により霧散し、襲撃者たる『死神』は迫っていた雷を片手であしらうと片方の眉を持ち上げる。
彼はヘルス・アラモードという人間がこのような場で動くことを予期していなかった。
どのような場所でも生きるため、面倒ごとに巻き込まれないため、必要以上にへりくだり、余計な摩擦を生むことを避けている、そう評価していた。
『誰かのために』ではなく『自分のために』日々を生きているはずの青年であると踏んでいたのだ。
その彼が、己の目の前で『誰かのために』立ち塞がっている。彼はそれを見て瞳を喜色に歪ませる。
目の前にいる二人を、この時初めて『ただの肉塊』ではなく『呼吸し、動く、一生命体』と認識したのだ。
「いいな。とてもいい。今のお前は殺しがいがありそうだ。隣で動けないふりをしている小僧も含めて、やりがいがある」
「「っ!」」
「だが、ここまでだな。これ以上の接触は喜ばしくない」
「――――――え?」
そのまま戦いへと移行することを予期した積とヘルスであるが、正体不明の怪物はそれ以上前に出る事はなく一歩後退。
その様子に積は驚愕の念を発し、ヘルスは戸惑いの声を上げた。
「どういう、ことだ?」
「俺の目的はお前たちを殺すことではない。だから引く。それだけの話だ」
「…………目的?」
状況が刻一刻と変化していき、自分たちに迫った危機が去っていくのをしっかりと理解しながら、けれどヘルスは一切の油断なく目の前の人物を見つめ、そんな中で告げられた言葉を繰り返す。
「あれは」
「俺が取ろうとした虹色の球だよな。それを壊すためだけにやって来たってのか? 『裏社会』最強の怪物が?」
「あれにどんな意味があるっていうんだ」
直後に『死神』と呼ばれる男が差し出したのは、先ほどまで夜闇をはじき返していた虹色に輝く球体の残骸で、その意味に関して二人が考察するよりも早く、『死神』と呼ばれている怪物は夜闇に自らの体を溶け込ませ、
『それを知りたければ先に進むといい。その際は俺も、お前たちを殺害対象としてお相手しよう』
不吉な言葉を反響させながらその気配を消していく。
「積!」
「ごめんごめん。遅れちゃったわね! こっちの方は大丈夫だった?」
「俺達と戦ってた子は、最寄りの病院に送り届けたよ。あの子が砲手か?」
直後、蒼野と優が二人と合流。
そのような会話の返礼にこの場であったことに関して話し始め、
「お前、よく無傷で済んだな」
「アタシや蒼野みたいに傷を修復できるわけじゃないんだから気を付けなさいよね」
「わかってるよ……それよりこいつを見てくれ。ゼオスと康太から送られてきた画像なんだがな。ちと気にならないか?」
今日一日を締めくくるように、未来都市へと向かっていた面々から送られてきた情報を蒼野と優、そしてヘルスに提示した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です。
積&ヘルスサイド終了です。
まず初めに、『裏世界』最強の存在、その実力に関して期待していた方は申し訳ありません。今回の彼は顔見世程度なのです。
もちろんちゃんと戦いますので、それまでお待ちいただければと思います。
さてこれにて『裏世界』サイドがいったん終了。次回からは4章前半が4大きく動くもう一方へと移ります。お楽しみに!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




