ギルド『ウォーグレン』と『才能育成都市』 四頁目
月夜に包まれた戦場で行われたトリテレイアの策略。これは完全に嵌ったと見て間違いはない。
予想だにしない能力によって優の右上半身の大半は砕かれ、思考は困惑と残る鍵の正体の解明に注がれた。
となれば彼女が普段通りのパフォーマンスを発揮できるわけもなく、状況は自分優位に大きく傾き、そのまま押し切れると考え彼女は地面を踏む。
「――――ふっ!」
「っ!?」
けれど彼女の思惑は淡く崩れる。
少なくない欠損を抱えた尾羽優が選んだ道はなおも続く前進で、残った左腕から打ち出された拳が対峙するトリテレイアの右肩にぶつかり、骨を粉々に砕いた。
「驚きですわっ。体を欠損したら、普通もっと驚くはずでは!?」
「あら、動揺はしてるわよ。けどね、残念ながらその手の問題はすぐに解決できるのよアタシ」
砕けた部位に急いで手を置き、木属性の力で瞬く間に治癒するトリテレイア。
そんな彼女が見た先にいたのは、体の欠損を水属性粒子の治療術で瞬く間に回復した優の姿で、彼女は思わず歯噛みした。
「それにね」
「?」
「この程度のことくらいで、手を止めるほどヤワじゃないわ」
「…………どういうことですの?」
ただ続けて優が僅かに目を細めながら語った内容に関してはしっかりと把握することができず、石肌が広がる戦場の畳のど真ん中で襲撃者はそう尋ね、対峙する優はその真意を答えるのだった。
「な、なんなんだ。なんなんだよこいつ! 俺とかお前と変わらないガキのはずだろ!? なのになんでこんなに!!」
もう一つの戦場で行われていた戦いの趨勢は取り返しのつかないほどわかりやすく傾いていた。
未だ正体を把握しきれていない『相手に物体を当てる力』。『近づけば近づくほど対象を縮小させる力』。そして姿を現さない砲手の『あらゆるものを捩じって潰す、無色透明の力』。
単体で見ても十分な脅威となる能力を駆使した同い年の学生たちは、けれども同世代のたった一人の少年、すなわち古賀蒼野を下せずにいた。
「風刃・一閃!」
いや、その言い方にも語弊があるだろうか。
正確に言えば彼らが放つ攻撃や妨害は蒼野が手にしていた鉄の竹刀で全て阻まれており、反撃を前にさしたる抵抗ができずにいた強力な能力者三人は、防戦一方の状況を迎えていた。
「落ち着けって。あいつの遠距離攻撃は全部阻めるんだ。近距離攻撃だって、対処できないほどじゃねぇ。ちゃんと見ておけばしっかりと返すことができる」
明確に取り乱す野球部らしき丸刈りの青年に比べると赤い髪の毛をした制服の少女は冷静さを保っており、その言葉には未だ自分たちの牙城を崩されることはないという自信があった。
「ならその余裕も崩してやる!」
その余裕を根こそぎ奪うように蒼野は駆ける。
これまでの己の脚力だけを頼った移動ではない。
風属性による軽量化と縦横無尽な移動力を加えたその動きは、蒼野の動きを完璧に把握していたと断じていた二人の動きを予想を大きく上回り、その背後を掠め取る。
「!?」
その状態で繰り出された拳は小さくはならない。これにより縮小化の対象に人が含まれていないことを把握した蒼野はそのまま意識を奪おうとするのだが、ここで思わぬ事態に襲われる。
触れようと近づいた瞬間、今度は強力な反発する力が拳から全身へと襲い掛かり、抵抗むなしく引き離されたのだ。
「打撃なら通用するかと思ったか? 甘いなぁ! 俺とコイツが手を組めば、遠距離も近距離も全て無意味に――――!」
「必中の仕組みは何なのかってずっと思ってたんだけど……なるほど、引力と斥力。いや、もっと単純な磁力の仕組みか」
その光景を前に安堵と自信から少年は胸を張り、そのまま自身らの強さを誇示するのだが、淡々とした口ぶりで語った蒼野の発言を聞き言葉を失った。
「な、え?」
「俺の体に何かされたのは気づいてたんだけどな。さっきから飛んでくる物体にどれも赤い点がついてるのが気になってたんだよな。で、お前らの体には青い点があった。この違いはたぶん、俺の体に帯びてる効果との対比だと思ったんだよな」
続けて語られる言葉に対して二人は口を挟むことはできず。星と月が輝く夜空の下で、蒼野と対峙する二人は唖然とすることしかできない。
「お、止んだか。優かな。それとも積とヘルスさんかな。なんにせよありがたいな」
衝撃はそれだけでは終わらない。
それまで蒼野を狙っていた重苦しい空気。姿を現さない砲手が放っていた殺意が周囲から掻き消えたのだ。
「な、なんなんだよ」
「?」
「なんなんだよお前は! なんでそこまで余裕でいられる! 絶体絶命の窮地のはずだろうが!」
その事実を前に蒼野と対峙する少年は取り乱す。
こんなことはあり得ない。嘘偽りであると叫び声をあげる。
「……二人ともめちゃくちゃ強いからな確かにそうかもしれないな」
「ならなん――――」
「けどさ、こんなもんじゃなかったんだ」
「え?」
そんな彼と隣に控える少女に対し、優が口にした言葉と同じことを彼は堂々と言い切るのだ。
「俺達が経験してきた戦いは――――――もっと厳しかった」
そうだ。優と蒼野は、これまで数多の窮地を経験してきた。
『十怪』の一角パペットマスターに始まりレオン・マクドウェル。
セブンスターの一角オーバーに『三凶』デスピア・レオダに、同格にして革命王たる黄金の鎧王ミレニアム。
そこからしばらくの時を経て出会った狂信者ギャン・ガイアにシェンジェン・ノースパス。
千年前最強の戦士たるシュバルツ・シャークスにエヴァ・フォーネスにアイビス・フォーカス。
そして『果て越え』たる二人のガーディア。
どれもこれも、今以上の窮地を与えてきた相手であった。
ゆえに、今が厄介な状況であろうと、蒼野と優は怯まない。
『この程度窮地ではない』と二人は断じ、ゆえに進むのだ。一切の怖れを抱かず、駆け抜ける。
「これで――――終わりよ!」
破壊の塊たる錠前の動きを完璧に見切り、残る錠前に触れさせる間を与えず肉薄した優の放つ拳。
それはトリテレイアの目が追いきれる速度ではなく、彼女の顎を完璧に捉えると脳を揺らし意識を奪う。
「風玉」
一方の蒼野はというと自身の周りに風属性を圧縮し固めた球体を浮かばせ、
「なんだかんだ言ってもよぉ! 近づけず、遠距離攻撃も意味を成さないなら、俺達に手を出せないってことだろ! ならお前の敗北は決まってんだよぉ!」
暑くもないのに額から汗を流し吠える少年を前にしながら、白と黒がごちゃ混ぜになった縁を備えた丸時計を発現。それは風の塊に触れ、その光景を見届けながら蒼野は語る。
「そっちの女の子の力はさ、近づけが近づくほど対象を縮ませて、結果的に無に還すって力だよな?」
「……そこまでバレてるなら隠すのも馬鹿馬鹿しいか。合ってるよ」
「ならその過程をなくして、真正面に置いたらどうなるんだ?」
「え?」
己が発動した能力。すなわち『時間破戒』の力を。
そしてその思惑により額に触れられる距離まで迫った風の球体は、そこからさらに距離を詰めるようなこともなく破裂。
かつてゼオスを相手に初めて使った時とは比べ物にならない音と衝撃が少女の脳を激しく揺らし、瞬く間にその意識を刈り取る。
「な、あ………………っ」
残る少年はというと突然の事態に困惑を隠しきれず、口からは戸惑いの色をした息が漏れ、
「お前も少しのあいだ」
「ば、馬鹿が! 近接攻撃は俺には通用しないと!」
「眠ってろ!」
そんな状態ながらも不用意に自身の能力の範囲にまで迫った蒼野を嘲笑うが、蒼野は自身の身を襲う反発する力を無理やり捻じ伏せ、その拳を少年の頬にめり込まし地面に叩きつけた。
結果生まれたクレーターと大きな揺れは、少年の体に迸った衝撃の凄まじさを語っており、
「……やりすぎた」
それが命の危機であると感じた蒼野は、『時間回帰』で二人が負った傷を修復し始めた。
これが今の二人の力。
数えきれないほどの死闘を経て得た、同年代ではほぼ並ぶ者のいない圧倒的な実力であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です。
二ヶ所で行われていた戦いはこれにて終了!
久々の完勝であり、本編で語られていた通り今までの経験で強くなったゆえの勝利ですね。
一応補完しておきますと、今回戦った三人は若者というくくり抜きでもわりと上澄みです。
強力な能力を持っていて鍛えている彼らは、大の大人を相手にしても勝てるでしょうし、名のある兵とも肩を並べられるでしょう。
ただまぁ、相手が悪いです。蒼野達が戦ってきたボスクラスの場合、ここから理不尽な力の差を叩きつけてくるのが日常茶飯事だったので、これくらいなら余裕で超えられるわけです。
次回は残った積サイド。果たして何が起こるのか?
それではまた次回、ぜひご覧ください!




