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ギルド『ウォーグレン』と『才能育成都市』 三頁目


 振り返った直後に映る、視界を埋めるほどの大質量。

 思わず息を詰まらせる蒼野であるが、そんな思考の停止などどこ吹く風で体は動く。


「あぶねぇ!」


 一直線に自身へと向かっていく巨大な建造物であるが、蒼野が真正面からそれに対峙しなければならない理由は何もない。

 ゆえに彼は、少々足を動かし地面を蹴るだけで安全圏へと避難。攻撃を仕掛けてきた相手が誰であるかを判断するために意識を注ぐ。


「え?」


 はずであったが、状況は依然好転しない。敵対する少女の方角に向き直ったところで目にしたのは、自分たちの住処とするはずであったペンションとは別の二階建ての家屋。

 周囲に目立った建物がない以上、それが一キロ以上先から向かってきたのは間違いがなく、蒼野はそれも慌てて躱し、


「!?」

「捉えた」


 今度こそ難は去ったと思ったところで真正面に建っていた少女の声が耳に届き、続いて真後ろから強烈な衝撃が襲い掛かる。それは先ほど躱したはずのペンションが自分の元へと舞い戻った故の衝撃で、


(ただの投擲じゃねぇ! 必中効果の付与か!)


 自身へと迫る脅威に関する認識を改めたところで、後からやって来た二階建ての家屋が蒼野を挟み込むように衝突した。


「外の連中の実力ってのがどの程度か気になったんだが、これで終わりか。ま、中々だったかね」

「予想より一つ二つ上ってところだよな。まさかあんなに動けるとは思わなかったぜ」


 その光景を見届け『収縮と膨張』を司る能力を持つ少女はそう呟く。するとそんな彼女の前に蒼野が先ほど退けた相手。すなわち近接戦主体の坊主頭をした野球部らしき服装の学生が近づき、つい先ほど蒼野に殴られた箇所をさすりながらそう会話。


「まぁな。けどこうやって潰しちまえばおしまいだ…………まぁ腹の虫は収まらねぇから、残った奴らのところにはいくけどな」


 掴んでいたキャンディーのサイズを元の大きさまで戻すと、彼女は夜空を見上げため息を吐きながらそれを咥え直し、かと思えば踵を返し優の元へと歩を進める。


「――――――腹の虫が悪いってことは、気分の問題なのか。結構意外だな」

「「!!」」

「俺はてっきり、前来てた時にあったみたいな、賞金狙いだと思ってたんだけどな。どうやらそれとは別の事情があるらしい!」


 全身に迸る衝撃につられるまま彼らが振り返ったのは直後のこと。

 月光が照らす中で目を凝らし、信じられない気持ちで二棟の家屋が衝突した場所を凝視すると、そのタイミングで大きな揺れが一度だけ起こり、両腕の力だけで身の丈を遥かに超える建造物を押し返し飛び出てくる蒼野の姿が目に入る。


「なるほど、必中の効果は接触すると同時に消える感じか。延々と追われないで済むのは助かるな」

「お前……」


 飛び出てきた蒼野の体に目立った傷はなく、体に付着した土埃を払う姿には余裕の色がある。

 そんな彼の様子を一方は信じられないようなものを見るような目で見つめ、もう一方は忌々しげに睨みつけ、


「さてと」


 二人のそんな視線に晒された蒼野は、自身の身に降りかかってきた透明の脅威を楽々と躱し、


「反撃させてもらうぞ」


 手にしている刃のない、剣というよりは丈夫な竹刀と言った方がふさわしい得物をしっかりと握り、そう言い切った。




「っっっっ!!」


 一方の優はといえば再び地面に足を付けたのは一キロほど吹き飛んだ後のことで、周囲を見渡せば背後を含めた三方向が岩肌に囲まれており、付近には重機が転がっている生命の営みが極端に少ない土地にいた。


「ここって……」

「採掘場です。ここから取れる岩石には地と鋼属性の粒子を高級な宝石と同じくらい貯蔵できる性質があり、この都市ではそれを名産品として売っているんです」

「トリテレイアさん…………いきなりの攻撃の理由を説明してもらっても?」


 優に突如攻撃を行った襲撃者トリテレイア。

 彼女は優の呟きに対しそう返しながら優雅な足取りで追いつき、そんな彼女に対し優は油断なく周囲を見つめながらそう尋ねる。

 対するトリテレイアの返答は実にわかりやすい。


「知りたいことがあるのでしたら『まず相手を叩きのめす』。これは地上と『裏世界』共通の認識ではなくて?」


 腰に携えた十本の色違いの錠前が刺さった鉄のリングを掴むとおもむろに突き出し、鋭い声で宣戦布告を堂々と行う。

 そうなれば優がとる対応も自然と決まる。


「ええ、ええ、ええそうね。全くもってその通りだわ!」


 腕から出した水属性粒子を愛用の身の丈を超える大鎌へと変化させ、腰を沈め、肩にかかるように柄を置く。その動作を見届けるとトリテレイアはリングから錠前を一本つかみ取り、


「せいっ!」


 気合の入った声とともに振り抜かれた、本体を超える大きさにまで瞬く間に巨大化した鋼色の錠前。

 それが一瞬前まで優のいた地面に衝突したのが始まりの合図であった。


「甘いわ!」


 続けて二度三度、否、百二百と繰り出される重さを感じさせる錠前の大ぶりな振り抜き。

 優はそれを最低限の動きで綺麗に躱すと、最初の一撃のように地面に振り下ろす一撃が放たれたタイミングで強く踏み、彼女の腕から錠前を無理やり引き剥がし、持っていた水の大鎌を同じように振り抜く。


「そちらこそ!」


 それに反応するように取り出されたのは別の鍵。形は同じ、されど色違いのものである。


(水色!)


 その錠前は大鎌の先端がぶつかった瞬間に弾け、周囲に冷気を振りまき攻撃を防ぐ盾を構築。同時に優の側にまで迫っていた分の冷気は鋭い刃となり、それがぶつかるよりも早く安全圏まで後退した優は悟る。

 鍵に眠っている別々の効果。

 その効果は未だ二つしか発揮されていないが、どちらもわかりやすく属性を示すものである。

 となれば残る鍵の詳細もある程度掴める。


「迸れ、雷の大河!」


 それを示すように三本目の鍵は雷を一面の大地に這わせ、


「侵せ、炎の壁!」


 空に躱した優を捉えるように広がったのはこれまた属性をそのまま形にしたような炎の壁であった。


(仕掛ける!)


 迫る脅威を手にした鎌の一振りで払いのけ、そこで急加速を行い瞬きされるよりも早く肉薄。

 その速度をさらに超える勢いで撃ち込まれた斬撃の速度はトリテレイアが対処できない領域であり、彼女の両肩を浅く切り、持っていた二本の錠前を瞬く間に斬り裂き、


「これで――――」


 トドメとばかりに脇腹を抉るよう、体全体を捻り、鎌を振り抜く。


「終わり!」


 問題があるとすれば、これが優ではなく、襲撃者たるトリテレイアの考えた試合運びであることか。


「いいえ――――それはそちらでしてよ」

「え?」


 彼女は実に用心深かった。

 初見であり実力の底が見えない未知の相手。それに対し細心の注意を払いながら戦い抜いた。

 自分の身体スペックを晒すことで彼我の差を明確にして後の展開を決めたのはもちろんの事、見せた錠前の効果にしてもそうだ。

 いや、遡れば最初に十本の錠前を晒した時点で彼女の策略は始まっていた。


 そうすることで彼女は『自分の持つ十の錠前は属性を示しており、やろうと思えば膂力の差で押し切れる』と、優の思考を誘導した。


「緩めて壊せ。私の魔影」


 その認識の誤りを利用して提示した切り札は、彼女の望んだ結果を発揮する。

 これまでと変わらず、鉄のリングから抜き出された別の錠前。しかしそれは属性粒子を固めたような単純なものでは非ず。

 触れたものの結合を解ける寸前まで緩めるという彼女の能力の具現化。

 それは優の持つ高密度に圧縮した水の鎌の結合をゼリーのように柔らかくしたかと思えば瞬く間に破壊し、


「これで――――おしまいだ!」


 その奥にいる優の右肩に触れた瞬間、右肩を起点に首元や右脇腹に至るまでの肉体をほぐし、粉々に砕いた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です

『裏世界』の住民との本格戦闘二話目。

こういうコンパクトかつスピーディーに話が進む展開は久々なので書いている自分は結構楽しいです。

読者の皆様におきましてもそうであれば幸いです。


そんな戦いも既に佳境。このまま一気に進めてしまいましょう!


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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