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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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命の炎 三頁目


 穴という穴から溢れ出る風の勢いに能力の使い手である蒼野が顔をしかめる。

 僅かに身を捩るだけで全身に痛みが奔り、極限まで集中させたはずの意識が乱れかける。


 その状態で、半歩前に出る。


 普段から何の気なしにするようなさしておかしくもない動作。

 それだけで、ゼオス・ハザードと自分の間に会った百メートル以上の距離を一気に詰める。


「……無駄だ」

「え?」


 距離を詰め後は通常の数倍の速度の薙ぎ払いをするのみ、そう思い体を動かそうとしたところで、蒼野の動きが止まる。

 ゼオス・ハザードが剣に纏う炎の量がこれまでと比べ桁外れに多く、相打ち覚悟で撃ちこまれれば骨すら残らない事が予期できたからだ。


「うごかっ!?」


 蒼野はすぐにその場から離れようとするが足も動かず、その場で急いでもがく。


「……死ね」

「死ぬか馬鹿野郎!」


 風玉を肩に作り、その場で爆発させる。それによって蒼野とゼオス・ハザードの距離は再び離れるが、その威力が元の数倍になっていたため、ゼオス・ハザードは何とかその場で耐えたが、蒼野の体はゴミの山の中に埋もれていく。


「…………ちっ!」


 その光景にゼオス・ハザードが舌打ちする。

 この場所には炎に触れるだけで爆発する危険物がいくつも存在する。そのためあまり近づけないゼオス・ハザードはゴミの中に埋もれていく蒼野を見ることしかできないが、数秒してもゴミの山から蒼野が出てくる様子はない。


「……まさか………………これで終わりか?」

「んなわけねーだろ!」


 そうして剣を下ろし能力すら解除しようとしかけたところで、辺りに響くほどの大音量で蒼野が叫ぶ。


「……来るか?」

「来ねぇよ!」


 飛びだした蒼野はゼオス・ハザードに近づかず、彼を中心に円を描くように動き続けるが、恐るべきはその早さだ。

 元から音速を超える程の速度を出していた機動力は、今や完全に音を置き去りにしゼオス・ハザードが目で追えない領域にまで到達。

 それでも蒼野が接近しない理由は、ゼオス・ハザードを包みこむ紫紺の炎のためだ。


 今のゼオス・ハザードは言うなれば相手を燃やし尽す炎の塊だ。

 炎属性には触れた相手を『燃やす』という特性が存在するが、『生命変換・炎』によってその身を燃やしているゼオス・ハザードはその特性を極限まで研ぎ澄ましている。

 ゆえに炎に対する耐性がそこまで高くない蒼野が迂闊に近づけば、瞬時に消し炭へとその姿を変貌させることが予期できた。


「風塵!」


 それゆえ接近戦は不利だと感じ取った蒼野は距離を取り、相手の視界に入らないよう全速力で動き、


「裂破!」


 ゼオス・ハザードを覆う紫紺の炎が周囲を焦がす範囲外から、それを撃ちだす。

 驚くべき点はその圧倒的な威力と速さ。

 拳程度の大きさに属性粒子を固めて撃ちだすだけの、風属性で最も基本的な技の一つ『風塵・裂破』が、込められる風の量が極端に増えた事でその大きさを人一人を覆える程のものへと変化させ、速度も一気に上昇。

 元の威力の数倍かつ超広範囲の、風の大砲と化しゼオス・ハザードを襲った。


「…………がっ!?」


 視界外からの突然の衝撃にゼオス・ハザードの意識が揺らぐ。

 満身創痍の体に撃ちこまれた一撃の与えた影響は大きく、崩れ落ちかける体を漆黒の剣を杖代わりにして何とか姿勢を保つが、その隙を逃さず三百六十度あらゆる方角から次々と飛んでくる風の大砲が更にゼオス・ハザードの体を貫いていく。


「…………調子に、乗るな!」


 自身を囲うように炎の壁を展開し、加えて視界の端に捕えた蒼野の目の前に黒い渦を出現させる。


「こりゃまずい!?」


 すると放たれた風の砲撃は黒い渦に呑みこまれ、蒼野が避けることに意識を割くよりも早く主の体を貫通し、その意識を奪いかける。


「く、そ!」


 その衝撃を必死に耐えた蒼野が時間を戻している隙にゼオス・ハザードが接近。

 紫紺の炎による殺傷圏内にまで入ろうとしたところで、


「……またこれか」


 ゼオス・ハザードから少し離れた位置に風の刃が現れる。


「時間は稼げた。今のうちに……」

「……逃がさん」

「そういう使い方もできるのか!」


 その場から離れようと蒼野が足に力を込めたところで彼の右足が黒い渦に飲み込まれ蒼野の動きが静止。

 先程自分が陥った動きが取れない理由を理解した蒼野がすぐに足を抜き去ろうと足掻くが、黒い渦の先は地面とは繋がっていないようで、風玉を使って抜けようにもうまくいかない。


「くそっ、風刃・烈長」


 焦った蒼野が技の名を叫ぶと、瞬時に風が刃に密集し圧縮。


「……距離の延長か」


 刃を伸ばした状態で幾度となく襲い掛かる斬撃を、ゼオス・ハザードは十メートル近く離れた位置から容易くいなす。


「……焦って忘れてた。剣技だとお前の方がはるかに強いんだったな」

「……そういう事だ」


 完全に捌ききられた事実に圧倒的な差を感じ更に焦る蒼野。

 だが僅かに稼いだ時間を使い、距離を詰め怨敵を燃やし尽そうとするゼオス・ハザードよりも先に黒い渦から足を出し風玉で離れる蒼野。

 思わず荒い息が口から溢れるが、そうなっている理由が危機的状況を脱した事だけではないと蒼野は自覚していた。


「あと、二分くらいか」


 蒼野がこの能力を使っていられるタイムリミットは三分。

 二度目の発動ではあるのだが、満身創痍の体ではどれだけ力を振り絞ろうとそれ以上は望めないことを考えれば、能力が持続している間に決め手まで持っていけなければ、恐らく自分以上に長いあいだ能力を発動できるゼオス・ハザードに蒼野は殺される。


「急いで気絶させねぇと」


 蒼野がアイビスから聞いたこの能力の解除方法は二つ。


 一つ目は時間制限が切れる事。

 二つ目は強い衝撃による気絶。


 このどちらかに当てはまった場合この能力は強制的に解除される。


「さぁて、どうやればあの野郎を気絶させられるかね」


 足を止めず凄まじい速度でゴミだらけ落ち葉だらけの大地を駆ける蒼野が、ゼオス・ハザードの視界から消えては風の大砲を撃ちだしながら自らに残された時間を思い浮かべ、気絶させるための算段を立てる。


 『風刃』系統の技は威力が高く殺傷力も高い。そのためゼオス・ハザードを生けどりにすることを大前提にしている蒼野はこれを使えない。

 『風玉』は威力や奇襲性はあるが速度が足らず決定打としては使えなく、そもそも今はコントロールが極端に難しい。

 『風臣』に至ってはこの溢れ出る風をコントロールするのに必死な蒼野が使えるわけもなく、そうなれば使えるのは速さがあり、なおかつ斬撃ではなく打撃系で威力も殺さない程度に留まる『風塵』系統のみとなる。


「つっても余裕はないか」


 しかしそれも完璧とは言いづらいものとなっている。


「……そこだ」


 視界の外に陣取り放たれた風の大砲が、目で見るよりも早く地面から飛びだした炎の壁に阻まれる。

 こうなっているのはゼオス・ハザードが炎属性の粒子を周りにばら撒き攻撃を感知しているからなのだが、そこまで理解しているがこれを防ぐ術は現状蒼野にはなく、時間だけが過ぎていく。


「風塵・裂破!」


 それでも蒼野は手を休めない。ゼオス・ハザードとて全てをその目で捉えているわけではない。なので蒼野は縦横無尽に動き回り、手を休めることなく風の大砲を撃ち続ける。


「……ぐっ!」


 一呼吸の間に様々な方角から十を超える砲撃が放たれるとゼオス・ハザードの処理能力を超え、炎の壁を破り男の体を貫く。


「時間回帰!」


 片膝をつくゼオス・ハザードに向け半透明の丸時計が放たれるが、ゼオス・ハザードはそれを炎の噴射で躱す。


「ちっ!」


 この戦いにおいて蒼野の持つ時間回帰は最強の能力だ。なにせ相手の動きを自分にとって最も都合が良いタイミングに戻せるのだ。一度でも当たれば、勝負を決められるだろう。


「…………」

「クソッ」


 それがわかっているゆえにゼオス・ハザードもそれには他以上に過敏に反応し、それだけは確実に避けてかかる。

 だがそのような口調で呟いたのはリバースが止められたからではない。この能力の制御が未だ不安定な自分と比べ、ゼオス・ハザードは手慣れた様子を見せているからだ。

 

 今の蒼野が『風玉』で急な方向転換をすれば、想像以上の勢いで空を舞い、壁に衝突してしまう可能性が極めて高い。

 だが目の前の男にそれはない。


 急な方向転換はもちろんの事、炎の壁も周囲の危険物に触れぬようにコントロールされており、蒼野の体を燃やし尽そうと炎を伸ばしてまでくる。


 残り約一分。持久戦に持ちこまれれば必ず負ける。

 元々理解していた事態ではあったが、一刻も早くと焦る心が蒼野の心臓の鼓動を早め、ゼオス・ハザードを気絶するために攻撃を放ち続ける。


 だが攻撃を放ち続ける間にゼオス・ハザードの動きが変化していく。

 目に見えず音を置き去りにして迫る風塵・裂破にその体がついて来ているのだ。

 それは僅かな間とはいえ足を止めなければ攻撃ができない程度のコントロールしかできない蒼野の動きを捉えているも同然であり、


「……時空門」

「 しまっ!」


 風の大砲を撃ち出す瞬間を完全に読み切られ、黒い渦に飲み込まれた攻撃が再び蒼野の身に襲いかかる。


「こ、これを十数発耐えるとか……化け物だろお前」


 たった一撃で全身が痙攣する一撃に幾度となく耐えている同じ顔をした青年に、賞賛の気持ちさえ込めそう告げる蒼野。


「……凱焔」


 そんな中、片膝を付き苦しむ蒼野の左右を紫紺の炎で形成された壁が塞ぐ。


「っっっっ!」


 両耳が猛る炎が空気を燃やす音で支配され、歪んだ視界の先には漆黒の剣を大上段に構える暗殺者の姿が映る。


「……終わりだ、古賀蒼野」


 紫紺の炎が刃を覆う。その勢いはこれまで見てきた中で最大。

 攻撃の直撃などさせる必要もない。

 それこそ蒼野の体にもう少し近づければ、その余波だけで殺しきれるほどの熱を帯びた一撃。


「ああ、終わりだ」


 視界は未だにぼやけ立ち上がろうとするだけでも体力が奪われていく。


「お前は……俺の思惑に気が付かなかった」

「……何?」

「やっと捉えたぞ、ゼオス・ハザード」


 それでも彼は笑っている。

 自らの思い描いた状況に持ちこめた事実に歓喜する。

 移動とほぼ同時に撃ちだす風塵・裂破では威力が足らず倒しきれない今、敵を打倒するにはそれ以上の火力は必要である。

 それを可能とする最後の策が、逃げ場のない今のような状況での一騎打ちである。


「……凱焔を解くか時空門を使えばすぐに脱出できるこの状況で捉えただと?」

「今にも暴発しそうなその一撃を抑え込みながら他の事ができるのか?」

「…………完全に誘いこまれたというわけか」


 その状況に追いこむためにわざと先程は攻撃の速度を落とし、蒼野事態の移動速度も緩めた。


「さあ……これで終わりだゼオス・ハザード!」


 もはや逃げるという選択肢はなく、ゼオス・ハザードと同じく大上段に構え、纏っていた風の属性粒子全てを刀身に集中させる。


「…………」


 それを見て、半歩前に出るゼオス・ハザード。

 それが二人が出せる最大出力をぶつけあう開戦の合図であった。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


という事で特殊強化状態ともいうべき二人の対戦回です。

個人的には蒼野の強化状態はある程度書けた気がするのですがゼオスが難しい。


本来ならもっと炎を溢れさせて戦うのが彼の本気なのですが、それをすれば危険物大爆発により両者死亡エンドになってしまうもので……


それはそうと次回は引き続き二人の限界バトル回。

本日の六時か七時には投稿するのでよろしくお願いします。

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