ギルド『ウォーグレン』と『才能育成都市』 二頁目
敵方の正体は未だ判明していない。ゆえに詳しい情報は皆無なのであるが、それでも相手にとって誤算だったであろうことを優は把握している。
それは完璧な不意打ち。必殺の一撃を与えた相手が、首が吹き飛んでもなお動けるゾンビ並みの生命力を持っていたことだ。
「ただの属性攻撃……じゃないな。能力の類だ。ついでに言うと殺意マシマシだ!」
「捩じって、圧縮して、潰す……みたいな感じかしら――――ううん。一連の動作だとしたら、もっとシンプルな仕組みかしら。『外から中に萎みながら潰す』わかりやすく言うとトイレの水が流れる感じの構造ね」
「……悪気がないのはわかってるんだけどさ、それ聞くとなんか自分が汚物として流されたみたいな気分で嫌だな」
飛び散った肉片に血液が録画映像の逆再生のように戻っていき、戻った頭部のこめかみ辺りに手を置きながら蒼野が苦い顔をする。
そのような表情をしている理由は優が唐突に行った例題に対する拒否感ももちろんあるが、それ以上に時間が戻っても痛み自体が残る事実に対する面が大きい。
「うし戻った。なんにせよとりあえず」
「ええ。外に出ましょ。砲手を見つけなくちゃ、話にならないわよコレ!」
優の想定した通りの能力であることが動き回る彼らの目の前で証明され、二人は先に外に出たヘルスと積に続いて屋外へ。
郊外の住宅街や歓楽街から離れた位置に宿をとっていたため周りに障害物の類はなく、土の地面に田んぼが広がる周囲を見渡し、すぐに周辺にいる人の姿を全て把握。
「不意打ちを仕掛けてきたのはアナタかしら?」
「いいや違うね。けどすごいな。何もしないうちから敵だってバレるとは思わなかったぞ」
「あんまり自慢できることじゃないんだけどね、敵意とかには敏感なの。長いこと戦場にいたから」
その中に潜んでいた自分らに対し敵意を放つ影へと優が空気の壁を突き破りながら一瞬で迫ると、手にしていた鎌を勢い良く振り抜き――――そのタイミングで彼女は目を丸くした。
「なるほどな。だけどさぁ、その様子だとこういう経験はあんまりしてこなかったみたいだな」
学校帰りであることをすぐさま察せられる、春先の空気によく似合う白と空色の薄手のセーラー服を着こんだ高校生くらいの、冷めた目をして髪の毛を赤く染めた上で棒キャンディーを咥えたボブヘアーの少女。
彼女の機動力を奪うために撃ち放たれた一撃は、けれど優の予定通りの傷を結果を示すことはできない。直前まで迫ったものの、攻撃は当たらなかった。
水属性粒子を固めて作られた鎌は、目標の傷一つない脛にあたる寸前で姿を消したのだ。
「?」
「アンタたちさ、外の世界から来たんだって? この『裏世界』の事をどう思った? アタシらの住む『才能育成都市』は? 自分らと比べてどう感じた?」
『才能育成都市』は、将来『裏世界』を担う人材を育てるために作られた場所だ。
ここにいるのは実際にやって来た彼らが見た通り、25歳に満たない子供たちが大半で、育成のために準備された施設や機材。それに娯楽。それら全てを買い揃え、維持するための公的予算の額は半端なものではない。
そんなこの場所にやって来るのはどのような人物であるかといえば、これは実に明確で、『身体能力ないし粒子量が極めて優れている者』と『生まれつき強力な能力を備えている者』の二種類である。
前者の条件に関しては中々満たすものがいないのが実情だが、後者に関しては話が違う。
『裏世界』に送られてくる面々というのは、基本的に厄介な能力を持っている事が多い。
そのような者らが結婚し、何世代にも渡り能力に関する分野に特化した結果、生まれてくる子供の中には言葉を覚えるよりも先に強力な能力を使える者が多々いる。
そんな者達を集めるのが『才能育成都市』の役割で、ここに集まった少年少女の持つ能力平均値は実に高水準で、シェンジェンほどではなくとも、それに近い練度や脅威を彼らは内に秘めている。
(とりあえず能力の正体について調べなくちゃね。でもって砲手の探索続行! できることなら後者はヘルスさんと積に任せたいんだけど……)
衝突を繰り返しながらも絶えず続く空間を外から潰すような無色の脅威。それらを躱しながら優が周囲に視線を向ければ、少し離れた位置に蒼野が確認でき、彼が放った風の斬撃も姿を消している。
ただ意識を集中してよく見てみると、風の斬撃の消え方には少々特徴があることに気が付いた。それらは未だ具台的な答えを伴わないなんとなくのものであるが――――
「優! 色付きの水を頼めるか!」
「上からね! 任せて!」
自分に迫っていた別の刺客。見たところ身体能力特化の学生を瞬く間に退けた蒼野がそう叫び、意図に気づいた優が巨大で真っ赤な水の塊を目の前の脅威の頭上に設置。何かされるよりも早く真下へと落下させ破裂させる。
「貴方自身に近づけば近づくほど縮小する。そんな感じの能力かしら?」
「その原理なら消失するのはおかしいから、実際にはゼロになってるわけじゃなくて、目に見えないほど小さくなってるってわけか。傷がついていないように見えるのは……体の皮膚でも硬化してるのか?」
直後、空から降り注ぐ水しぶきの一部が、対象の周りの空間に迫っていくにつれ段階的に小さくなっていくのを目にして、優と蒼野は即座にそう推測。
「っ!」
その答えが正答であると示すように少女の顔は歪み、唾液がへばりついた棒キャンディーを掲げると、蒼野と優を丸ごと潰せる巨大サイズへと変化していった。
「優、行ってくれ。あの子の相手は俺がするよ」
「あら? 任せていいの? 神器なしじゃ、ちょっとどころじゃなく厄介よ?」
「小さくなっても触れられはするんだろ。縮み方からして膜みたいなものが貼られてるようにも思える。それなら俺が適任だ」
「……なるほど。確かにそうね。それならここは」
なおも砲手からの攻撃は続くため、足を止める余裕はなく、けれども目の前の少女に対する攻略法を思いついたゆえに余裕を覚えた二人の間には軽口が飛び、
「アンタに――――」
「優!?」
直後に状況は再び変化する。
白の制服にベレー帽。泣き黒子の位置にある星型のタトゥーにタレ目気味の瞳はつい先ほどみたものであるのだが、その人物は凄まじい速度で迫ったこと思うと、錠前に使う用の鍵を巨大化させたようなもので、いきなり優を吹き飛ばしたのだ。
「遅かったなイインチョー」
「悪かったね。けど君なら、二人くらい余裕で足止めできただろ?」
「……そうでもねぇよ。連中、アタシが思ったよりも遥かに早く能力の正体に気づいた」
「トリテレイアさん!?」
突然現れ、襲撃者と親しげに話す人物の名を蒼野は告げるのだが、彼女は彼に対し一瞥もしない。
離れた場所に吹き飛んでいった優へと向け一直線に向かっていき、行く手を遮るように赤い髪の毛をした少女が立ち塞がる。
「一つだけ確認しときたいんだけどさ、なんでこんなことをするですか? 俺達って初対面ですよね?」
それを見て「まずは目の前の子を対処する必要がある」、などと思いながらも情報収集と狙ったタイミングを通せる隙を探す蒼野。
「…………その質問について知りたいならさ」
「知りたいなら?」
「まずは身の安全でも確保したら?」
「え?」
対する少女が言葉と共に指さしたのは蒼野の背後で、足を止めず振り返った蒼野は見た。
自分へと向け迫る――――住処とする予定であったレンガ造りのペンションの姿を。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
『才能育成都市』での大規模戦闘開始。
この場所での戦闘は、本編でも語られた通り、強力な能力持ちとの戦いが中心になります。
次回はその続きから。
観光客の案内人になっているトリテレイアも加えた此度の戦い。楽しんでいただければ幸いです
それではまた次回、ぜひご覧ください!




