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『裏世界』解剖録 三頁目


 ビジュアル系バンドに居そうな人物、それが案内人を名乗る同年代の女性に対して抱いた蒼野と優の感想だ。

 泣き黒子の位置にある星型をした金のタトゥーにタレ気味の瞳。それに青い長髪をカールさせている案内人を名乗る彼女の容姿はテレビなどで見かけるアイドル顔負けで、スラッとした手足に皺のない白の制服に身を包んだその姿は、なるほど確かに、広告塔にもなりうる案内人にはぴったしであった。


「よろしくお願いします」

「ええ。よろしくお願いします。貴方が代表の原口積様で?」

「ああ」

「かしこまりました。それでは先に今回の件におけるお支払いなどについての確認を」


 蒼野と優の二人がそのようなことを考えているといち早く積があいさつを行い、ヘルスも含めた三人が口を挟む間もなく話は進んでいく。


「…………失礼しました。つい先日、同じようにやって来たお客様の中に不逞を働く方々がいたものでして。前もって誠意ある方かの確認をしておきたかったのです」

「不逞、ですか?」

「そういう事情があったなら、まあ仕方がないかしら」


 その姿に少々眉を顰めていた蒼野と優は、けれど一度咳払いをした彼女が告げたことを聞くと納得し、先導する彼女に連れられ移動を開始。

 崖上から岩肌に沿って下へと降りていくと町の様子がしっかりと把握できるようになるのだが、前もって感じていた通り、この場所もまた先の二つとは大きく異なる雰囲気を纏っていた。


 端的に言ってしまえば、この場所はとても明るい。

 最初に訪れたマクダラスファミリーのお膝元や情報集う霧の都と比較して、纏っている空気が明るく開放的なのだ。


「アタシは学校に行ったことがないからわからないんだけど、アタシらの年代の子が集まる場所ってどこもかしこもこんな空気なの?」

「場所によって違いはあるけど、ここはとびきりいい空気だな。なんというか、みんなすごく元気がいい。民度が高いっていうのかな?」

「お褒めの言葉感謝いたします。外の方々にそう言ってもらえるのは、我々にとってこの上ない光栄です」


 整備されたアスファルトの道路に汚れのない建物。空を真っ赤に染める茜色の空。

 それらに包まれながら歩いたり走ったりしているのは上が二十歳程度、下が小学生低学年程度の子供たちで、誰もが邪気のない笑みを浮かべている。

 もちろん惑星『ウルアーデ』らしく、公園を中心に様々な場所で戦ったり自分の技を自慢する子供もいるのだが、これまでに訪れた二か所にいた人々のように腹の奥に何かを抱えている様子はない。

 お店で働いている者たちも二十五にも至っていない子供たちばかりなのだが、みな大の大人に負けない働きぶりを見せており、先に得ていた情報通り、この場所が若者たちだけで回しているのが把握できる。


「……失礼でないなら教えていただきたいのですけど、この場所はなぜここまで良い営みを送れているんですか? ここは、地上でも稀に見るレベルで秩序だっている」

「色々と理由はあるでしょうが、外からの援助が豊富かつ正確な点が一番大きいでしょうか!」

「外からの援助?」

「この場所を守るための警備により良い生活を送るためのルールの整備。マクダラスファミリー直営の外敵に対する監視の目に、ロボットによる生活の支援。どれもこれも、他の場所では味わえないほど高水準なものを取り揃えていますわ!」


 蒼野の口にした『地上でも稀に見る』という言葉が琴線に触れ、トリテレイアと名乗った彼女は胸元に手を置き機嫌よく答えてくれる。

 

「ロボット?」

「ええ。良ければ見ていかれますか?」


 その中で積が特に気になったのは彼女が最後に告げたこの場所の特徴で、トリテレイアは上機嫌なまま最寄りの駅へ。

 都心部で見るレベルの立派な駅舎の入口から中に入り、改札へ足を運んだ蒼野達の目に飛び込んできたのは、金属で構成されたドラム缶のような胴体に、バイザーを付けた鷹に酷似した鋼の顔を乗せたロボットである。


「例えば彼の場合、この駅を利用する人々が切符を持っているかどうか、迷っているお客様はいないか、他にも定められたルールを破っているものはいないかどうかを、駅舎内という広い範囲で見守っています。もちろん外敵への備えも十分ですし、自分の身を守るための障壁と迎撃装置の数々、それに子飼いの兵さえ、この建物全体に張り巡らせているのです」

「なるほどな。そんな奴らがこの都市にはごまんといると」

「ええ。さらに言えば彼らはリアルタイムでの情報共有機能を有しており、ルールを破るような危険人物の選定から監視の機能まで備えています。これを蜘蛛の巣を張るように都市全体でされれば、悪事に手を染める子など出やしません!」

「……まあ様子を見る限り効果はてきめんなのか? けどいいのか? それって普段の生活がものすごく窮屈になる気がするんだが?」


 積達の知る限り、高性能なロボットは数あれどここまで多機能なロボットは記憶になかった。

 それが数多に設置されているという事実に蒼野は舌を巻くが、ヘルスが気になって聞いた内容はもっともである。

 なので蒼野の視線はおのずとそちらに向けられるのだが、


「ヘルスさんが思っているほど窮屈ではありませんよ。大抵の行為は許されていますしね。それに、自分たちが善き生活を送るための施策なんですもの。拒否感を覚える必要などないのでは?」


 返って来た返事を聞き彼らは舌を巻いたり目を丸くしたりした。

 本当にしっかりと教育がされているゆえなのか。彼女の返答には一切の迷いがなかったのだ。


「…………」


 ただそこにヘルスは不穏な影を見た。




「このワシを事前のアポもなく呼び出すとはな。それ相応の事でなければ、無礼の一言では済まされんぞ貴様」


 積達が三つ目に訪れた土地で説明を受ける中、とある場所では老人が電話に出る。

 発せられる声には姿など見せずとも他者を平伏させるだけの威圧感が備わっており、並大抵のものならば、次の句を述べるとしても、機嫌を悪くしないために言葉を慎重に選ぶであろう。


 しかし彼が電話をしている相手はそのような類ではない様子で、遠慮のない物言いを耳にし、老人の顔に浮かぶ皺が一層深くなる。


「ほう。なるほどな。それは中々」


 ただ岩のように固い言葉遣いは電話先から告げられる内容を聞くにつれ軟化していき、最後の辺りになると、それまでの様子が嘘のように上機嫌な様子であった。


「…………なに? 迂闊に手を出すな?」


 かと思えば最後の最後に態度は急変し、二度三度と怒声を発した後、彼は受話器を割る勢いで掛け金に叩きつけた。


「馬鹿が! 絶好の好機が目の前に転がってきて見過ごすことなどできるものか!」


 その直後、彼は側にあったソファーに体を沈めると、側に建つ老執事の持っていたウイスキーの入ったショットを勢いよく飲み深い息を吐き、少々の冷静さを取り戻したところで彼は頭を働かせる。


「慎重なことは結構だが、聞く限り時間がないではないか。ならばここで、一つ勝負に出るのも悪くはなかろう」


 結果、彼はブツブツと呟きながら再び受話器を持ち上げ、新たなる一手を指す。

 それが、積達に降りかかる新たなる戦いの火蓋であった。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です



皆さまお久しぶりです!


第三の都市編開始です!

そして次回に続く不穏な影でございます。

見ての通り今回の積サイドに関しては、もう一波乱ある感じです。

その起点に関しては次回以降

もう少しばかりこれまでとは別の舞台を楽しんでいただければと思います


それではまた次回、ぜひご覧ください!


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