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『裏世界』解剖録 二頁目


 場の空気を征していたアラン=マクダラスが部下とともに去り、静寂が分厚い霧にのしかかる。

 その場に残っていたのは自身が出した血の海に沈む積と、慌てた様子で彼に駆けよるヘルスの二人で、後者の口からは気が動転した声が漏れる。


「マクダラスの若旦那め。ひどいことをしやがる! 待ってろ。優君をすぐにこの場に!」

「落ち着け。そこまで騒ぐほどの傷じゃねぇ」

「騒ぐほどの傷じゃねぇって…………全身ズタボロに!」

「認識の齟齬があるらしいな。といっても、この出血じゃ仕方がないか。見た目からじゃわからねぇかも知れないがな、どれもこれも意外と浅いぞ」

「え?」


 それに比べると前者の声は極めて冷静で、その足取りも意外なほどしっかりしている。

 発した言葉に関しても嘘ではないようで、血の海ができあがってはいるものの、範囲も深さも見た目ほど深刻なものではない。


「どこもかしこも、皮膚は綺麗に斬り裂いちゃいるが、その奥の肉はほとんど抉れてない。体に施した硬化が巧いこと働いた。もしくは、こうなるように仕組まれたんだろうさ」

「仕組まれたとしたら、果物の皮を向こう側が見えるくらい薄く切るみたいなことをあの冷酷非道なマクダラスの若旦那がしたわけか。なんだってそんな面倒なことを?」

「本当に俺の腕前を試すだけのつもりだったりしてな。とにかく行くぞ。もう合流の時間を過ぎてる」


 体中に刻まれた切り傷を、不慣れな回復術で治療しながら積はそう告げるが、内心では「それはない」と考えていた。

 あの一瞬の間に込められた空気には殺意こそほとんどなかったものの、敵意を中心としたさまざまな害意ははっきりと含まれており、それこそ「死んだならそれまで」くらいの気持ちであったと踏んでいた。

 だからこそ、全身に刻まれた斬撃には裏があると踏んでいたのだが、残念なことにアラン=マクダラスの能力に関しては資料でも把握できなかった。


「遅くなって悪かったな。それじゃ、移動しようぜ」

「別にいいけどどうしたの積。服がズタズタじゃない。血もついてるし」

「敵にでも襲われたか?」

「それについても後でだな。傷については治したとだけは言っておく。とりあえず移動しようぜ」


 兎にも角にも二人は先に集合場所に来ていた蒼野と優と合流し、霧深い都市から脱出。

 無機質で冷たい照明で照らされる、重機が余裕で通れる大きさの整備された通路を歩き出す。


「ねぇ蒼野、次の場所はどんな感じだっけ? アタシ、そこにまで目を配れてないのよね」

「資料によるとかなり安全な場所だ。おまけに興味深い。ヘルスさんはなにか知ってますか?」

「その認識で間違っちゃいないよ。次のエリアは『シティキーパー』の手が隅々まで届いててな。危ない連中は入ることすらできないよ」

「あら? それなら『三狂』の一角も難しいんじゃなくて?」

「積君にも言ったんだけどな、俺はこっちの世界じゃ温厚かつ手のかからない善人で知られてるんだ。むしろ余分な審査やらを飛ばせる顔パス入場が可能なくらいだ」

「仲良くおしゃべりするのは喜ばしいが、調査の疲れがとれたなら走るぞ。準備はいいか?」


 円柱状の通路の側面を白いコンクリートで、足元を黒いアスファルトで固められた通路は、時折トイレ休憩ができる程度のパーキングエリアが見られるが、基本的には殺風景で物音のしない静かな空間だ。

 人通りに関しても四人以外には全くなく、声を潜めることなく積が告げると、蒼野と優が頷いた。


「なら、三十分とちょっと小走りだ」


 既に話に出ていたことではあるが、『裏世界』におけるエリアごとの距離というのはかなり離れている。

 それこそ一般人の場合、車などの乗り物を用いた移動が推奨されるくらいで、小走りでも音を超える速度で走る蒼野達でも、三十分以上走らなければたどり着けないほどだ。

 これに加えて場所によっては入退場のまで必要なため、『裏世界』に住む住民の中には、自分たちの生活区域以外はほとんど知らない者もいる。いくつか離れたエリアに赴くだけで、旅行扱いされることもザラだ。


「資料を見たのならわかると思うんだけどさ、ここの住民はたぶんお三方と気が合うと思う。けど気を付けてくれよ。面倒ごとが起きた場合、他の場所以上に厄介なことになる可能性があるぞ」


 そうしてたどり着いた関所らしき場所には、これまでと同じように黒服サングラスの男が腕を組みながら立ち塞がっており、けれど積が前もって記入していた入場許可証を提出し、ヘルスが人当たりの良い笑みを浮かべると、一瞥しただけで内部へ入ることを許可するように道を譲る。


「わかってたけど、先の二ヶ所と比べて、だいぶ印象が違うな」


 こうして彼らが訪れた土地は、最初に訪れたマクダラスファミリーのお膝元にあたる場所とも、つい三十分ほど前までいた霧の海に浸かった都市とも違う。


 緑豊かな公園に信号などがしっかりと整備された傷のない道路。

 建っている建物のおよそ半分は住宅地で、残りの大半はファストフードやおしゃれなカフェ。それにスポーツショップやゲームセンターなどである。

 特徴的なのは道路を走っているのが車ではなく自転車ばかりであるという事。そしてこの場所がどのような場所かを示すように小中高、さらには大学まで一つになった巨大な学び舎が町のど真ん中に建っていることで、住んでいる住民はみな若々しく、大半が蒼野達よりも若い。


「確か、二十五歳以上の大人がいないんだっけ?」

「若いうちから自立してるってことよね」


 既に資料で拝見したものの実際に見ると印象というものは変わるもので、蒼野は下の景色を見ながら感心した様子で頷く。

 そんな彼らの元に近づく影があった。


「原口積様一行ですよね」

「そうだ」

「お待ちしておりました。皆様、『才能育成都市』へようこそ。本日のお宿には、私、トリテレイアがご案内させていただきます」

「よろしくお願いします」


 青一色の腰まで伸ばした長髪の先端をカールさせた、タレ目気味の瞳に泣き黒子にあたる位置に金の星型タトゥを張り付けている、白の制服に白のベレー帽を被った美女。

 彼女は少々のふくらみが確認できる胸元に手を置くと、一瞬で性格が把握できるような力強い声を発し、勝気な笑みを浮かべながら自己紹介をした。


 




 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


霧の都の冒険はこれにて終了。今回から新たな場所を舞台とした物語が始まります。

これが小話なのですが、町の名前は『学園都市』にしようかちょっと悩みました。ただその名前だと全く違うものが浮かびそうなので、名前は本編のものに。

色々な場所を回る物語の都合上、こちらに滞在する時間も短いと思いますが、楽しんでいただければ幸いです。


最後に業務連絡なのですが、11月2日の更新についてなのですが、夜勤と重なったためお休みさせていただきます。ですので次回更新は4日となりますので、よろしくお願いいたします。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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