マクダラスファミリー『若頭』アラン=マクダラス 二頁目
『詰み』とまでは言いはしない。だが間違いなく『窮地』であるとヘルス・アラモードは認識した。
霧の海で頭まで隠れた裏路地の一角、そこで黒服の群れとそれを率いる男がヘルスの隣に佇む積に尋ねかけた内容は、『素顔を見せろ』という要求。
この状況で行える返事はたったの二つ。
すなわち素顔を『見せる』か『見せないか』であるわけだが、どちらを選んだとしても、状況が好転することはないと彼は確信していた。
もし素顔を『見せた』とするのなら、アラン=マクダラスは彼らに何らかの危害を与えるだろう。
マクダラスファミリーはこの『裏世界』において最大の情報通で、知識欲に貪欲だ。
自分たちが円滑に地下世界を回すため、彼らは地上についても詳しく知ろうとする。
となればシュバルツ・シャークスを退け、兄の夢を継いだ積のことは、当然ながら知っているだろう。そして厄介な相手と認識する。
そうなればそこから始まるのは執拗な質問合戦、否『尋問』だ。
そしてその際に彼の気に障る答えをすれば、過激な手段に出ることも目に見えており、その場所が『裏世界』であるならば、地上は彼らに手を差し伸べられない。
表と裏では不可侵の条約が結ばれているゆえに。
では素顔を『見せない』選択肢はどうなるかと言えば、結局のところ、これも同じ結論に達する。
彼は素顔を隠した者を執拗に追い続け、たとえ地上に戻ったとしても、どうにかして仮面の下の素顔を知るだろう。そして『素顔を見せた』場合の結論に辿り着く。
第三の選択肢として無言を貫くのもあるが、それで逃げおおせられるほど安い相手ではない。
どの選択を選んだとしても、デメリットを押し付けられる質問。ゆえに『窮地』と彼は判断した。
加えて言えばもう一つ、このアラン=マクダラスを交渉の席において最悪の部類と判断できる要素がある。
「……初めまして、になるのかな。『裏世界』の若き支配者」
「お前は」
「ギルド『ウォーグレン』からやって来た原口積だ。よろしく」
ヘルスの頭がそちらにまで意識を向けた最中、積は選択する。
顔に張り付いている能面を外し、名乗りを上げる。素顔を『見せる』選択を選んだのだ。
「今回はこの『裏世界』の調査のためにやって来た」
「…………調査だと?」
堂々とした様子で言葉を紡ぐ積。
このタイミングでアランは黒い皮手袋をしている掌でこめかみをつつき、訝しむような眼で彼を見つめる。そして告げるのだ。
「迅速に詳しく話せ。俺には、この『裏世界』をまとめるためにお前の事情を知る責務がある」
対象を追い込む問いかけを。
(来たか!)
なぜその問いかけが厄介か、この理由はいたって単純である。
彼に対し、嘘偽りは意味を成さない。
異能『真偽判断』、彼はその瞳で見た人物が嘘を言っているかどうかを正確に判別する目を持っている。言ってしまえば生きた嘘発見器なのだ。
「……神の座イグドラシルが千年前の英雄の多くはいなくなった。それにより地上では新時代を迎えようとする動きがあってな。そのための調査が今回の目的だ」
「新たな動き? なんだそれは?」
「――――『裏世界』の撤廃。表と裏の同一化だ」
「…………なんだと?」
そのことに関しては積も既に情報として把握している。ゆえに嘘は一つとして含まず、正直に、追及の手が伸びることを承知の上で包み隠さず説明する。
(うまい!)
その様子にヘルスは内心で拍手喝采を送った。
アラン=マクダラスという人間を攻略する方法として、これは中々効果のある奇策であると思えたからだ。
それは一度に抱えきれないほどの強烈な衝撃を与えることだ。
至極冷静で氷のような表情を見せるこの男とて、やはり人間なのだ。一度に処理しきれる情報にも限度はあり、それを超えれば普段通りのパフォーマンスは発揮できなくなる。
言うなれば積は自身が投げつけた特大の話題により、アラン=マクダラスに普段行うようなパフォーマンスができなくなるように仕向けたのだ。
「……情報感謝する。しかし解せんな」
「?」
「何故お前が選ばれた? それほどの事柄ならば、他にも適任はいたはずだ」
その成果がどれほどのものかは正確には把握できない。少なくとも彼の思考が完全に止まった様子はなく尋問に似た質問はなおも続く。
すると積は一瞬迷った様子を見せるが、すぐに覚悟を決めた表情を見せ、まっすぐに彼を見据え、
「それは俺が――――新たな神の座として立候補したからだ。新たに統治することになる土地を、自分の目で確かめる必要があった」
堂々とそう言ってのける。
すると掌で隠れた顔の眉が僅かに沈み、より深い動揺が彼に訪れていることをありありと示す。
「この場所に訪れた理由は? そのような内容を秘めているのなら、いの一番に俺達の元へ来るべきではないか?」
「それは俺と仲間たちが、『裏世界』に住む人々らの姿を先に知ろうと考えたゆえだ。地上に浮上させるとしても、それを受ける人々がどのようなものかは把握しておく必要がある」
続く言葉にも嘘は一つも含まれていない。全てが積だけでなくギルド『ウォーグレン』が導き出した答えである。
「…………他に目的は?」a
「ある。だがここで全てを語るのは控えさせてもらう」
「なぜだ?」
「あまりにも多すぎるからだ。それらを語るのにこんな路地裏は相応しくない。色々と調べた後、貴方の住処に伺った時がふさわしい」
直後の質問に対する返答にヘルスは最も感心した。
確かに積は他にも多くの目的を抱えていた。その中には『裏世界』にとってはあまり知られたくないものも間違いなく含まれていたのだ。
しかしこの流れに沿うならば、色々な話題というのは『『裏世界』浮上に関する様々な分野の調査や確認』という意味で捉えることができ、その場合の目的の数が途方もないのはこの地を仕切るアラン=マクダラスならば間違いなくわかっている事である。
そんなものをいちいち説明されるはたまったものではなく、ここで話さないでおくのも十分理解できることであった。しかもそれら諸々の理由は、直接出向いてしっかりと説明するという約束までした。
この状態ならばアラン=マクダラスも易々と追及でき、手を引くしかないという確信がヘルスと積にはあった。
「……情報提供、感謝する。なるほど、地上の方ではそんなことが進んでいたのか」
そんなヘルスの予想は見事に的中しアラン=マクダラスは質問という名の尋問を終え、
「ならばこれは、餞別だ」
「待て! どういうことだよ旦那!」
「ヘルス・アラモード!」
けれど手を引くことはない。
腰に差した刀に触れ、その刀身を覗かせる。
すぐにヘルスが白ではなく蒼い雷を纏うが、手を出すことを禁じるように積が手で制し、
「――――――ふん」
それから先のことは一瞬だ。
一度の踏み込みの後、抜き身となる薄桃色の刃をした刀。そこから放たれるのは秒間千発を超える斬撃であり、一切の躊躇なく積の体に叩き込まれる。
積はそれらを即座に錬成した二つの鉄斧で防ぐため、持てる全てを絞り出し、体を動かす。
「っ!」
「ほう、中々やるな」
千度、火花が霧に隠れた路地裏を照らした。
結果現れたのは、二本の鉄斧を強く握り締め過ぎたため両の掌から血を流す、されど他のヶ所には傷一つ負わず、片膝をつき息を荒げる積の姿と、呼吸を微塵も乱さず、積を見下ろすこの『裏世界』の重鎮の姿である。
「…………アドバイスだ。この『裏世界』には地上では飼えぬ猛獣が跋扈している。今のは、それに耐えられるかどうかのテストだが」
続けて彼はそのようなことを呟くと踵を返し、
「及第点ではある。だが」
「っ!?」
「積!!」
「お前は、今のを完璧に防げるだけの準備をしてくるべきだ」
直後に積の全身が数多の切り傷に見舞われる。
すると積は意識こそ残したものの片膝をつくことさえできず前のめりに倒れ、去り行く此度の依頼最大の難敵を恨みがましい目で睨んだ。
これが原口積とアラン=マクダラス。
後に未来を賭けた戦いを行う二人の初遭遇である。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
アラン=マクダラス遭遇回。
積にとっては初遭遇扱いの彼ですが、実は三章の時点でちょっとだけ顔見世したりしています。
そんな彼は異能持ちなのですが、色々な作品で出ているけど便利だけど結構堪える異能です。
彼は四章前半の主要人物なので、覚えていただけると幸いです。
積を襲った斬撃の種明かしについては今後どこかで
それではまた次回、ぜひご覧ください!




