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マクダラスファミリー『若頭』アラン=マクダラス 一頁目



『裏世界』において最大の権力を持つ組織『マクダラスファミリー』。

 そのナンバー2である若頭に出会う現在に至るため、時は一時間ほど前、積とヘルスが蒼野と優の二人から分かれた直後にまで遡る。


 大通りから大きく離れ、人の活気と営みから大きく離れた裏路地。そこに体を潜り込ませた積がヘルスに引き連れられやって来たのは、『ディープオーシャン』という店名が看板に記された蜘蛛の巣を取り払おうともしない居酒屋だ。

 その周りの空間はどれほど取り繕っても『綺麗に整備された』などとは言えほど荒れており、仮面で顔を隠していた積は鼻腔を突く生ゴミの刺激臭に顔を曇らせる。

 だから案内された居酒屋の中もその外観にふさわしい精神衛生上によろしくない空間であると彼は考えていたのだが、その予想は見事に覆された。


「……なんつーか、外の様子からは考えられねぇ内装だな」


 能面を被った積と、お祭りで売っているような安物の兎の面を被ったヘルスを迎え入れたのは、足の甲が隠れるほど毛足が長い深緑色のカーペットに、磨き抜かれた食器と埃一つない家具。それに新鮮さが一目でわかる野菜のサラダや職人の技量が光る肉料理の数々であり、この場にいる仮面を被った人らは、僅かにだが仮面を持ち上げ、手にしていたワインやビールと共にそれらを舌鼓していた。


「色々な意味で危ない連中が集まるって聞いてたから、もっと荒々しい場所だと思ったか?」

「……正直な」

「当然の意見だと思うよ。けどさ、そういう気性の荒い連中にこそ品位ってもんが求められてるんだ。むやみやたらに暴れないための品位がさ」


 温かみのある暖色の照明に居心地の良さを形作るためのカーペットにソファー。会話を弾ませるためのアルコールに腹を存分に満たす食の数々。

 ヘルスはそれらを、円滑な情報交換を行うための緩衝材にして抑止力であると指摘する。


「うまいな。そこらの市販品を大きく上回ってる」


 並べられている料理は味に関しても手放しで褒められるもので、積が試しにつまんだ一口サイズの生チョコレートの味は、地上で高級品として売り出されてるものと遜色なかった。


「お、なんだなんだ。その兎のお面は……我が親愛なる友ヘルスじゃないか。最近見なかったが元気にやってたのか?」

「!」


 並んでいる料理の数々から目を離し、続いて屋内全体に目を走らせる。それが終わると仮面を被っている参加者たちに目を向ける積であるが、自分の側にいる相方に何の前触れもなく話しかけられたのはそのタイミングで、慌てて背後に視線を移動。

 そこには皺ひとつないスーツに金髪をオールバックにまとめた狐面の男がおり、気安い様子で手を振ると、気安い足取りで近づいてくる。


「久しぶりだねフォックス。上で色々とあってね。久方ぶりにやって来たんだけど、やっぱりここの料理は絶品だ」

「酒は口にしないのか? 赤ワインなんかはいいのが揃ってるんだぞ? いやまぁそれはいいか。また地上に行ってたんだろ? どうだった? 面白い話なんかはあるか?」

「お望みのものはどんなのかな? お力に慣れるなら嬉しいんだけどな」


 仮面を被っているにも関わらずこちらの正体を知っている。

 その事実に積は動揺を覚え掌に力が籠るが、何かするよりも早くヘルスがそんな積を制し、やって来た青年と会話をする。

 そのあいだ積は傍観者として見守っている事しかできなかったのだが、ヘルスが差し出す会話の内容は当たり障りのない世間話が大半で、そのお礼として男は貴重な情報について語り始める。

 それは積が求めていた『外出券』に関するものであり、あまりにも易々と手に入った情報の数々に唖然としていると男は満足した様子で別の場所へと向かっていった。


「ただ飯が食えるし、厄介な奴の相手もできるからさ、この『裏世界』にいるときは、結構ここに顔出してたから顔見知りがいるんだ。で、会うたびに情報を手に入れたり、お金を稼ぐた仕事探しをしてたてた」


 それを見届けると積が聞きたかった内容を先読みしてそう告げるのだが、それでも晴れない疑問はあった。

 『三狂』の一角である彼が、この場所にいてもいいのか、という疑問。

 それにヘルスが差し出した内容に対する破格の情報についてである。


「前者に関しては実はたいした問題じゃないんだ。何せ地上とここじゃ、個々人に関する警戒度は大きく違う。俺は上だと極悪人扱いでお尋ね者になってたけど、下じゃただの気のいいあんちゃんなのさ」


 つまり、上と下では危険人物が全く別である。暗にそう示すヘルスに対し積は息を呑む。この地下に広がる広大な空間を歩き回れば、四大勢力の手から逃げ延びた犯罪者の類を捕まえられる気がしたのだ。


「後者に関しては?」

「今の奴はさ『裏世界』じゃ結構名の知れた商人なんだ。それでも地上に出ることはできない。そういう立場の奴からするとさ、外の情報ってのは積君が欲しがってる情報に釣り合うほど貴重なものなんだ」

「……信じられねぇな」

「その証明なら簡単だ。求めてる情報に関して俺に指示をくれ。うまく立ち回ることができたのなら、この中を歩き回るだけで全部手に入るぞ!」


 温和ながらも力強い物言いをしながら手を差し出すヘルス。

 それを握り返すことに積は一瞬だけ躊躇するが、一度だけ軽く息を吐くと素直にその手を掴む。


「やぁ大将。最近景気はどうだい?」

「おぉヘルスか! 久しいな! こっちはボチボチだよ!」


 こうしてヘルスと積の二人は情報収集に勤しむのだが、情報の入りは別サイドで行動している蒼野と優以上に順調だ。

 一番知りたかった『外出券』に関する情報はもちろんの事、『裏世界』に存在する危険人物達や情報通が、自分たちの周りの事を勝手に喋り出すのだ。

 一つ一つの情報が値千金の宝石に等しく、まだ二度目の突入にも関わらず、積は求めていた情報の大半を手に入れることができていた。


「感謝するぜヘルス・アラモード」

「ん?」

「アンタのおかげで、俺たちは欲しい情報を大量に手に入れた。それこそ、ここで手に入れた情報で大枠は埋めて、あとは細部さえ埋めていけりゃ、『『裏世界』の浮上』っていうメインテーマに取り掛かってもいいくらいだ」


 ゆえに、積は感謝の言葉を継げる。

 ヘルス・アラモードという青年が犯した、これから先の人生で、自分は心から許すことが絶対にできないだろう罪を今だけは見逃し、感謝の言葉を口にする。

 

「……喜んでくれたのなら何よりだ」


 そんな積の呟きに返される言葉は妙に湿っぽく、ヘルスが己の胸中を把握していることを理解する。


「うし、なんにせよもう少し情報を集めるぞ。こっから先は未知の領域だ。シロバさんが襲われたっていう『記憶を奪う力』、それについて知っていることがあるか話しかけてみてくれ」


 とすればそれ以上この二人の間で私事を挟むことはなく、積もヘルスも、仕事を忠実にこなすことだけに意識を傾ける。


「探したぞ、久しいなヘルス・アラモード」


 抑揚が極端に少なく、感情を伺わせない刃のように冷たく鋭い声が聞こえてきたのはそんな時で、振り返ったところで二人は息を呑んだ。


「話がある。着いてこい」


 そこにいたのは仮面ばかりが並ぶこの場で唯一素顔を表している、中年といわれる領域に差し掛かりかけている青年。

 先に語られた『マクダラスファミリー』の若頭アラン=マクダラスその人である。


「おい! いくらマクダラスファミリーの若頭だと言ってもな、ここにはここのルールが!」

「……驚いたな。俺にルールを問うのか?」

「っ!?」


 突如現れたかと思えば我が物顔で語り出すアラン=マクダラス。

 彼はこの場のルールを間違いなく犯しており、そんな彼を問い詰めるように、天井に頭部が触れるほどの大男が近づいていく。

 アラン=マクダラスはといえば、その男が自身の胸倉を掴むまで微塵も興味を示さなかったのだが、自分の体を引っ張られるとそちらの方を一瞥。

 それだけで大男は全身を揺らし始めたかと思えば氷山の一角でも背負ったかのように膝を折り、自分の前で項垂れるその姿を見届け、腰に差していた刀を鞘から引き抜く。


「ぐ、あぁ…………」

「お前が言っているのはこの町が決めたルールだな。確かにそれは重要だ。だがな、俺たちはそれに縛られない。なぜなら――――」

「俺達こそが絶対的な原則ルールだから、だろ。それはわかったから手を引いてくれ旦那。今ならまだ助かる」


 すると刃は躊躇なく大男の首筋に当てられ、なんの迷いもなく動き始める。

 がしかし、それが瞬く間に首の皮を易々と裂き、中に見える分厚い肉を少々斬り、鮮血が濃緑色のカーペットを汚したタイミングで、ヘルスがその進行を阻むように声をかける。


「……そうだな。俺も忙しい身だ。さっさと用事を済まそう」


 するとアラン=マクダラスはおとなしく手を引き、その場にいる大勢に怖れの視線を注がれながら外へ。ヘルスも黙ってそれについていく。


「突然で悪かったな。少々話があってな。ヘルス・アラモード、外の世界では俺たち以上の大悪党として名を馳せているお前に――――――いや待て。その腰巾着は何だ?」


 少々迷った末に積もついて行くことを選ぶのだが、後を追ってきた能面を前にして、数人の部下を従えたアラン=マクダラスはそう指摘。


「…………今の俺はちっとした依頼を受けてる身でな。こいつはその依頼人だ。だから別のお仕事の依頼があるなら、またの機会にしてほしいんだが」

「そうか。お前の心象は悪くしたくないからな。今すぐというのはやめておこう。だが、素顔くらいは知っておきたい。ここは既に仮面の着脱が許されている場所だからな。それくらいは問題あるまい」


 二人が思ったよりもあっさりと彼は引き下がるのだが、その交換条件とばかりに提示した話題を聞き、言葉を詰まらせた。


 なぜか?


 彼らは理性でなく本能で察知したのだ。


 ここで積が素顔を晒すのは、とてつもないデメリットを背負う行為であると。


 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


蒼野と優サイドに対する積&ヘルスサイドのお話。

ヘルスがこの『裏世界』でどのように活動していたのかと、彼自身の扱いについての深掘り

言ってしまえばこっちでのヘルスは、余人には中々行えない地上世界を知る人物で、そのため結構な賓客扱いで迎え入れられていました。

それと『首を斬られたらなんにせよ致命傷ではないか』と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そこはこの世界が戦いに特化した生命ゆえ。

彼らは頸動脈が切られたとしても現実の人間と比べてはるかに長く持ちますし、神経や骨に何らかの問題があったとしても、これまたしばらくのあいだは死にませんし、回復術を使えば後遺症も残りません。

まぁこの物語の登場人物は、本当に馬鹿みたいに丈夫であると思ってくださればと思います。


次回は引き続き若頭アラン=マクダラスとの会話です


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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