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ヘルス・アラモードと『ギルド『ウォーグレン』 三頁目


「庭に等しい? てことは、ヘルスさんは以前にも『裏世界』を訪れた事があるんですか?」


 迷いのない足取りで先を歩き続けるヘルスの背に、仮面を被った蒼野が話しかける。

 その声は能面の不気味な表情に反するように邪気のないもので、それを感じ取ったのかヘルスの振り返る動きもこれまでと比較するとやや軽い。


「あぁ。てかガーディアの旦那に会うまでは、しょっちゅう行ってたぞ。そうでもしないとルインの奴が起こす被害が地上で知れ渡っているはずだろ?」

「あ、そういえばそうね」


 今でこそ別人格を制御しているヘルスであるが、ルインの暴走はほんの少し前まで彼の頭を悩ませ続ける種であった。

 なにせ一度主人格を乗っ取られ動き始めれば、各勢力の最高戦力を出さなければ相手にならない強さなのだ。加えて言えば破壊規模も予測不可能と来ている。

 それほどの存在が一度たりとも話題に上がらなかったのは不自然な事であり、そこで地上との関係を絶ったこの地下深くにあるもう一つの世界が関わってくるのはさほどおかしい話ではなかった。


「ただまぁ、その辺の事情に関しては後にしよう。前準備はしてきてるって聞いちゃいるけど、事前に情報の齟齬を無くしておきたいからな。そっちの話を優先しよう」


 もしも彼が『裏世界』に関して知っているというのならば、それは紙面からだけでは読み取れない『生の声』である。

 それらは積達が喉から手が出るほど求めている物であり、蒼野や優が仮面の奥で口を開きかけるが、濃霧の中、道に迷わぬよう壁に手を点いたヘルスが、側にある十字路を右に曲がったところでヘそう説明し、二人は口を閉じる。


「情報の齟齬ってのはなんだ?」

「これから行く場所に関してだな。お三方はどんな風に考えてるんで?」


 探るような声色で問いただす積に対し、蒼野にやった時と同じように振り返り、気軽な様子で右腕の立てた人差し指を揺らすヘルス。それを見て最初に口を開いたのは優だ。


「この霧が満ちる都市は『情報の都』なんて呼ばれてるけど、もちろん都市全体で情報の交換が行われてるわけじゃない。都市の主たる『シティキーパー』が決めたいくつかの場所でのみ行われてる。ただまぁ、玉石混交っていうのかしら? 尾ひれがついた噂だったり、人に尊敬の眼差しを向けられたいがためだけに嘘をつく輩もいる」

「ま、それもあって全部が全部信じていいわけでもない。真偽のほどを見抜くのも俺たちの仕事ってわけだよな」

「なるほどなるほど。うん。二人のおっしゃる通りだ。ただそうだな……一個聞いときたいんだが、この場所が『裏世界』でも有数の危険地帯と言われてる原因はどこにあると思う?」


 彼女は昨日一日のあいだに把握した情報を披露すると、続けて蒼野が今回の自分たちの役割を口にする……のだが、ヘルスは二人の集めた情報に誤りがないことを顎に手を置き頷くことで認めながらもそう追及。蒼野と優の二人は一瞬言葉に詰まったのだが、前後左右に首を向け、頭の上に豆電球を輝かせた。


「この町にやってきてる気性の荒……いや! ぶじ…………違う違う外部の人間だ!」


 蒼野や優の目に映ったのは自分らと同じように仮面を被った面々であるのだが、その一部を見ればすぐに答えを導き出せた。

 すなわち、その他多数の連中とは根底から違う人種。

 何の変哲もない穏やかな足取りとは違う、重心の移動から歩幅まで訓練された歩法。

 それに身に纏う剣呑な空気は、その者達が易々と背を向けていい種類の人種でないことを明確にしていた。


「正解だ。けどそこまで言葉を選ばなくてもいいぞ。この霧にはさ、防音機能も付与されてるからな。これから行く施設ほどじゃないが、普通に話す分には問題ない。で、そういう連中がここに来る目的っていうのは、なんでかわかるか?」

「自分達に関する情報を集めるため、とか?」

「住み心地がいい場所についての情報交換もあるかもな」

「両方とも正解だ。でも今回に限って言えば、一番求めてる答えはそれらじゃない。そもそもの話として、お三方が来た目的は何だったかな?」


 話はそれからも続くのだが、ヘルスが舗装した道の上を歩き続け、彼らは答えに辿り着く。


「仕事の斡旋……外部との繋がりについてか」

「そゆこと」


 積達が必ずこなさなければいけない課題の一つに、昨今地上を騒がしている『裏世界』の住民問題がある。

 ヘルスが少々長く説明したことで提示したのはそこに至る道で、心なしか積の声にも明るいものが混ざっていた。


「さて前段階はここまでとして、ここから先は現地のことについて詳しい俺からの提案だ。情報収集のためにこの場所に来た。その着眼点はすごくいい。ただその点についてはもうちょっと詰めていくべきだと思う」

「具体的にはどういう事ですか?」

「これから俺たちは仮面を被ったまま『シティキーパー』が用意した施設に入るわけだが、施設ごとに集まる情報は偏ってる。例えばあの場所、大通りすぐそばの喫茶店は奥様方の井戸端会議に近い内容が中心で、嘘もだいぶ混じってる。だから真偽の判別をする面倒もあるが、この場所の生活やらに関しては詳しく知れるだろうな。で、もう一か所、大通りから外れた奥の薄汚い建物。あそこは端的に言えば柄の悪い連中が集まる朝っぱらから開いてる居酒屋で、この町が危険だと言われる理由の九割を占める。ただ――――――」

「一番欲しい情報が手に入れることができるってわけだ。で、人数は偶数でちょうど割れると。いいな。その案で行こう」


 続く提案に関しても途中で代弁できるほど明確なものであり、積は同意。

 すぐさま自分とヘルスが本命の情報。優と蒼野をこの町や『裏社会』全体の市民の生活に関しての情報収集係に任命し、足早に動き出した。


「で、どうする優。どんな情報を集める?」

「まず真偽のほどを見極める基準だけど、二人以上が関連する情報を口にした場合にしましょ。で、そうね。集める情報に関してだけど…………なんでもいいから抱いてる不満について聞いてみましょっか!」

「その心は?」

「そりゃもう! 人が嘘偽りのない本音を語るとしたら他人や私生活に関する愚痴が一番だもの! ここを逃す手はないわ!」

「そ、そうか。そうなのか…………」


 『裏世界』の不満を基に、地上との合流に関する足掛かりを手に入れメリットを提示できるようにする。

 そういう理由ならば蒼野としても動きやすかったのだが、隣で能面を被りながらもアグレッシブな動きで拳を握り、喜色が感じられる弾んだ声を上げる優に対してはいまいち同意しきれないところがあった。


「ふぅー、結構情報が手に入ったわね。じゃ、仕分けしていきましょ」

「あ、ああ」

「どしたの?」

「いや、女の人らって、人の悪口言うときにすごく生き生きしてるなって思って」

「…………なんかごめんね」


 ただ、蒼野の意気に反し得られた成果は上々であった。

 おしゃれなジャズがBGMのアンティーク調の家具が置かれた喫茶店に集まったのは、朝の仕事が終わり手の空いた主婦層が中心であったのだが、彼女らは秘密の会議をするというより、素性を隠したまま愚痴を言えることを楽しみにしている様子であった。

 結果確かに、ものの一時間ほどでこの場所や『裏世界』に関する不満をかなり集めることはできたのだが、蒼野は味わったことのない疲労を覚え、情報収集に使った喫茶店の向かいにあるお店で息を吐くことになった。

 彼らの仕事の成果は、疲労こそ覚えたものの上々の結果であると誇っていいだろう。

 がしかし、彼らがそうして持ち帰った情報の精査をしている裏で事件は起きていた。


「それで、お前の横についている奴は何者だ?」


 分かれる直前に危険地帯と説明された寂れた居酒屋。そこから少々離れた人気のない路地裏で、仮面を外したヘルスの隣にいる積が指をさされていた。


(おいおいマジか。運がないな!)


 内心でそう毒づくヘルスと、仮面を被ったまま無言を貫く積が対峙する相手。

 それは数人の黒服にサングラスをかけた部下を引き連れた、刀を脇に刺した切れ長の双眸に体のいくつかの場所に古傷を付けた、年不相応な風格と重圧を身に纏った男。


 この『裏世界』の支配者にして、地上では『十怪』に数えられるマクダラスファミリーの若き獅子。

 若頭のアラン=マクダラスである。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


『情報の都』と呼ばれる町での行動編その2、結構なスピードで話が進んでおります。

見てわかる通り今回の話の主軸は積サイドで、蒼野と優はその影響を食らった感じですね。

次回はそんな積&ヘルスのターン。

このような状況になぜなったのか、から話は始まります


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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