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ギルド『ウォーグレン』と二つの準備


「で、あるゆえに、この新技術こそ我ら『貴族衆』における新たな戦術の開拓につながると――――」


 マイクを片手に持ち、皺だらけの顔に近づけ、力説する老人。

 それが康太とゼオスが食い入るように見ているノートパソコンに映っていた。

 半開きの両目に上唇あたりから生えた細長く、横に伸ばされた真っ黒な髭。それに禿げ散らかした頭部を備えた老人の様子は、田んぼの中を我が物顔で泳ぎ回るナマズを連想させるのだが、中でも特徴的なのは発せられる声である。


 シロバが「絶対に間違いない」というように念押しした彼の声は、胸中にこびりつく泥のように粘ついたもので、その上で自尊心の高さを伺わせる、あまり耳障りのいいものではなかった。


「どう思うゼオス。壇上でこのおっさんが語ってるような奴らが、未来都市では飛び回ってるって思った方がいいと思うか?」

「……資料を見た限りではその様子はないがな。とはいえ、背後に戦力として隠している程度の想定はしておいた方がいいだろう。負けるつもりはないが」


 時刻は一夜明けた午前九時。

 ノートパソコンに送られてきた情報を覗き込んでいるのは未来都市に訪れる事となった康太とゼオスの二人で、彼らが覗き込んでいる画面の向こう側では、バークバグが『新世代の戦力』に関して熱演してた。

 どれほどの弱者であろうと、乗り込めば一騎当千の強者に打ち勝てるほどの力を得るとされるそれは、有り体に言ってしまえば内部に一人用に座席が設けられたロボットであった。

 その形は多種多様で、人の形に類似した機械の塊を筆頭に、八脚を備えた蜘蛛に似た存在。それに地中を掘り進むことに適していそうなヤツメウナギに似た形、空を舞うための巨大な翼を備えた機体など、陸海空を征するように作られているのが見て取れた。


『やぁ。データ収集はうまくいってるかい?」

「シロバさんっすか。結構な数の人が来てたみたいですけど、一夜で終わったんッスか?」

「…………体調は?」

『心配する必要はない。天才である僕はどっちもソツなくこなしたして心地よい眠りに身をゆだねたよ。それはそれとして、色々とデータは送ったけど、彼の人となりを書いてある資料はなかったことを思い出してね。それだけは伝えとこうと思ったんだ』

「…………そういえばそうッスね」


 言われてみれば色々な資料が送られてきたが、バークバグ・G・ゼノン本人の性格に関する記述はほとんどなく、二人はいきなり通話してきたシロバの声に耳を傾ける。


『まぁ、声やら講演会の資料を見てればある程度察せられると思うけど、彼はそりゃもうすごい自信家だ。その上で他者にものすごく厳しい。有能な相手以外に対しては冷淡であるって貴族衆の中ではいっつも言われてるよ。おまけに粘着質で、他人を信じず、初対面の相手の元々の好感度を低めに設定する悪癖がある」

「そりゃ」

「…………最悪の部類ではないか?」


 すると爽やかなシロバの声で様々な罵詈雑言が撃ち出され、半信半疑ながらも康太とゼオスは相槌を打つ。ただ「それも仕方がない部分はある」とシロバは付け加えた。


『彼はまぁ、間違いなく傑物の類ではあるんだ。若かりし頃は僕の家の祖父に父さんを押しのけ、六大貴族の座にまで至ってたからね』

「なるほど。確かにすごいっすね」

『あぁ。でも晩年になり力が衰え始め、ロータス家と天才! たる僕が台頭して立場が逆転した。その上でオリバーさん率いるエトレア家が、不安定なギャンブル部門を取り仕切って荒稼ぎした上で負けたんだ。そんな負け方をしたとなれば、周りに向ける視線の形も変わって来るさ』


 ただ続けて話を聞くと老人には老人なりの事情があり、一言で片づけられる経歴ではないことを悟り、だからこそ、シロバは彼には気を付けなければならないとした。

 様々な恨みこそあれど、今の今まで悪事に手を染めるようなことはなかった古豪。それがバークバク・G。ゼノンだ。

 そんな彼が今になって何らかの悪事を働いているとするならば、それ相応の勝算があってのものだと、シロバは言う。


『あぁそれとね、ゲスト用の入国許可証は二つしか用意できなかったけど、基本的に貴族衆の当主とその御曹司くらいは顔パスで入れるようになってるんだ。だからシリウスとルティス君に声掛けだけしておいたんだけど、よかったかい?』

「シリウスさんと」

「……ルティスか」


 続けて彼は電話越しにそのようなことを言うのだが、これに関しては二人は少々悩んだ。

 ルティスだけならば、まだそこまで名も知られていないため自分らの評価には関わらないと思ったが、六大貴族の一角にして若き当主であるシリウスまで巻き込むのはどうかと思ったのだ。


「まぁこっちの依頼は『裏世界』とは無関係の個人依頼だからな。そこまでギチギチに固めなくていいだろ」


 結局その判断を自分らだけですることができなかった二人は、別件に取り組んでいる積に尋ね、そう答えられたことでシリウスの協力も得ることにして、それからしばらく送られてきたデータを閲覧した後で眠りについた。




「どう蒼野~。気になる記述は見つけた~?」

「そうだな。『裏世界』における主要戦力みたいなのはわかったな~」

「なにそれ?」


 一方の蒼野と優はというと、積が何らかの連絡を取っているあいだにゼオスと康太はいなくなったリビングで、山のように積まれた資料から『裏世界』の情報を吸い取っていた。

 その過程で優は『裏世界の治安は、マクダラスファミリーの本拠地から離れているほど悪い』『食文化や服装に関しては地上と似通っている』『一般人は温厚な性格と金に関わった場合の積極性の二面性を秘めている』などの記述を見つけるのだが、蒼野の言葉を聞き、資料の山のあいだから顔を覗かせ、興味深そうな声をあげた。


「そこまでの数はいないんだけどさ、『十怪』クラスの厄介者がいるらしいんだ。立場は各々の思想によって違うから、一概に敵対するって決まったわけじゃないけどさ、こいつらに関しては頭の中に叩き込んでおいた方がいいと思ったよ」

「特級の危険人物ってことね。それは確かに覚えておいた方がいいかも」

「あとはアレだ。『裏社会』の観光名所に流行の食文化について。後者に関しては優も興味あるんじゃないか?」

「あるある! え、何それ。教えて教えてー!」


 このように彼ら二人は時折興味のある分野について情報交換をしながら、『裏世界』の情報を順調に吸収。昼を過ぎ、夜になり夕食を終え、寝床につく頃には、それ相応の情報を取得できた。

 ただ寝る直前まで自分たちのもとにやって来るという援軍については積から知らされず、その点に関してだけ引っかかりを覚えながら眠りについた。




「じゃ、よろしくな二人とも」

「はい! 相手の思考は私が全て暴きます! 代わりに私の身は絶対に守ってくださいね! 私の戦闘力は皆無、いえ! ゴミですから!」

「ルティス、それは胸を張って言う事じゃないよ」


 次の日の朝、蒼野達が食堂兼会議室として使っているスペースにシロバから連絡があった二人は現れた。

 直後にルティスが行った語気が強いながらも弱腰な発言に蒼野達は苦笑。


「……積」

「ん?」

「……ルティスを抱える分を差し引いても、シリウスの加入で、こちらの戦力はさらに増した。元々崩れていたバランス、更に傾いたぞ。神器を使えないハンデを抜きにしても、康太をそちらに回した方がいいんじゃないか?」

「あ、やっぱり私は戦力としてはマイナスなんですね。わかっていましたけど悲しいです」


 ゼオスが至極真面目に指摘しルティスがなんとも複雑そうな表情を見せるが、積の意見は変わらない。


「いや、これでいい。むしろこっちの方が申し訳ないくらいだ。半々にするって言ったのに、こっちの方に傾き過ぎた」


 どころか挑発するような物言いを行い、ゼオスと康太だけではない。蒼野や優も疑問に思う。

 『それほどまで積が言い切る援軍とは誰であるのか』と。

  なお、ルティスだけは「私はそれほど大きなマイナスなの!?」などと嘆いていた。


 兎にも角にも彼らの大半はそのように意見を揃わせ――――そんな中で彼はやって来た。


「『裏世界』を表舞台に持って来る、か。事前に聞いていた話だけど……いややっぱ大変な課題だなこれは!」

「あ!」

「お前は!」


 真っ白な髪の毛を天へと突き上げ、ボロボロのジーパンを履き、赤い長そでシャツの上にグレーの半袖のベストを羽織った青年。


 彼こそは亡き原口善が命がけで助けた存在。


 シュバルツ・シャークスと同等とされる力を保持した、神の力と化身を手にした、当代きっての雷属性の使い手。


「ま、でも大恩ある君らが頑張るっていうんだからな。微力ながら俺も頑張らせてもらうよ」


 ヘルス・アラモード


 かつての『三狂』の一角こそ、積が呼んだ心強い助っ人である。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です



遅くなって申し訳ありません。今回分の更新でございます。

今回の一話は誰の目で見ても明らかな準備回。次回からの話の助走です。


さてさて見ての通りではありますが先にお伝えしておくと、次回からは二サイドに分けて話が進みます。

話に関しては片側を一気に進める感じかなぁなんて思ってたり。

なにはともあれ、色々とある二か所のお話をお楽しみに!


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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