シロバ・F・ファイザバードの告白 一頁目
六大貴族の一角ファイザバード家にはいくつかの重要な役割がある。
まず第一に、彼らは貴族衆とギルドが掲げる『理想の体現者』という立場にある。
二大宗教にギルドや貴族衆の垣根を取り払い、様々な種族が手を繋いで暮らすこの場所は、世界中が一目置く重大な都市であった。
さらに言えばファイザバード家はベルモンド家やノスウェル家と並ぶ六大貴族に最も長く名を連ねている家系であり、貴族州全体の悪事抑制、正常化と健全化のため、警察機構としての役割も担っていた。
その権力は凄まじく、彼らが罪として糾弾した事実を覆す場合『六大貴族の半分以上の異議』が必要とされている。
それほどの地位を持つ一家系を統治するならば相応の実力が必要であるとされており、その期待に沿うため、この家系の長は実力面においても上澄みである必要があった。
「すいません! 失礼します!」
では今代の長、すなわちシロバ・F・ファイザバードは如何様であるかと問われれば、誰もが口を揃えてそれに見合う実力を持っていたというだろう。
蒼野達とてそうだ。
だからこそ早足で進む五人の顔は深刻だ。
ワープパッドなど使うことなく、すぐさまゼオスの能力『時空門』でシロバが入院している病院の側に移動した彼らは、立ち塞がる人らを半ば無理やりかき分け前へと進む。
「………………この中に犯人はまだいると思うか?」
「考えたくねぇな」
途中でゼオスがそのような問いを投げかけるが、それに対する康太の投げやりな言葉は、二の矢三の矢と厄介ごとが迫ることに対する憂鬱から来たものではない。
「シロバ様は! シロバ様は無事なのですか!」
「一目でいいのです! ご健在であるのを確認させてください!!」
「シロ様~~!!」
「押さない! 押さないでください! 怪我の危険性があります!」
シロバが運ばれたのはエデュン最大の病院であったのだが、そこにはこのエデュン内に留まらず、彼を慕う多種多様な種族、様々な立場の人間たちで訪れており、その多くが不安な表情で廊下を埋め、人によっては涙さえ流していた。
そんな人らの中に悪逆非道な犯人がいる事を、康太は想像したくなかったのだ。
「ギルド『ウォーグレン』だ。話を聞きたくてやって来た。通してもらっていいか?」
「原口善の置き土産、先の大戦における功労者か! いいだろう! 入っていいぞ! だがシロバ殿は意識不明の状態だ。無闇なことはするな!」
多くの人らを抑えるバリケード役として立ち塞がる偉丈夫は、制服を見る限り今朝の会議で見たプロテクス家の者であるように思えた。
その中でも一番年配の男性が、迫る民間人を抑えながら声を張り上げると、積は一瞬だけ顔を深刻なものに変えるも会釈を行い、二度三度とノック。
「失礼します」
「外が騒がしいとは思ったんだが、まさか君達まで来てくれるなんてね。忙しいだろうにごめんね!」
ゆっくりとドアを開けると、来客用のパイプ椅子が数脚と、ノートパソコンと資料の山が置ける程度の大きさのデスク。それにお見舞いの品であろう果物の山が視界に入るのだが、そのタイミングで聞こえてきた声に蒼野だけでなく優や康太も目を丸くした。
つい数秒前に意識不明と聞いていたシロバが、上半身を起こし、窓の外に向けていた視線を自分たちに合わせていたのだ。
「シロバさん! 起きてたんですか!?」
「つい先ほどだけれどね。心配させて悪いね」
慌てて駆け寄った蒼野は尻尾を振りながら主に近寄る犬の用で、それに反比例するよう、この自分たちにあまりにも都合がいい状況を前に康太が警戒心を引き上げる。
「そこまで心配するな。本物だ」
「証拠は?」
「勘だ。勘」
「……善さんでもそこまで言い切りはしねぇぞ」
けれど積が大胆不敵に言ってのけると口では反論しつつも素直に従い、優やゼオスと共に目覚めたばかりのシロバに近づく。
「まぁ起きてよかったッス。意識不明でここまで運ばれて、あたりは騒然としてるんっスよ。積、とりあえずこのことを報告するべきじゃないか」
「おっといいのかい康太君。君ら、僕を相手に情報収集に来たんじゃないのかい?」
「え?」
「……ふむ」
とここで、片目をつむり口角を僅かに上げたシロバに対し彼らはすぐさま返事をすることができなかった。今回の訪問は本当にお見舞いだけが目的であったゆえだ。
「情報って言うと……意識を失ったことに関してだよな。疲労やらが原因ではないと?」
「もちろん。そこら辺の体調管理は万全さ。なにせ僕はスタァだからね!」
がしかし、このタイミングで彼がそう口にするということは、自分らが名声を欲しているのを知っているため。はたまた別の理由が含まれているのだと思い、積がそう告げながら最前列に出てパイプ椅子に腰かける。
「まず言っておくとね、これはかなり厄介な事態になったと言わざる得ない。僕は不意打ちでいきなり意識を奪われたわけだが、これが結構な曲者でね」
「記憶を、奪われた?」
「シロバさんって以前は神器の欠片を持ってましたよね。今は持ってないんですか?」
「残念ながらね。あれはさ、別の惑星からの侵略者や、ガーディア・ガルフみたいな規格外との戦闘以外では持てないんだ……けどまあ、今回その辺の事情は置いておくとしよう」
こうして始まったのは彼が意識を失う直前に関数内容で、開口一番に説明された厄介極まりない事態と、その対策を行えなかったことに関しても説明。積やゼオスはこの時点で頭に手を置き息を吐くが、
「僕が奪われた記憶はね、およそ二週間前の一時間少々。つまり――――ガーディア=ウェルダとの最終決戦を行っている途中の記憶だ」
いつものような気楽な空気をかき消し、真剣そのものな様子で告げられた内容を聞き、五人全員が顔をしかめる。
シロバを襲った相手がどのような意図で記憶を奪ったのかは、今のところわからない。
しかし奪われた記憶の内容を聞くだけで、巨大な大蛇が体内をところ狭しと蠢くような感覚を五人は覚えたのだ。
「つまり俺達への依頼は」
「あぁ。この件の犯人を捕まえてほしい」
シロバが近くに置いてあった果物の山からリンゴを見つけ、風属性粒子を練り、腕の形に変化。慣れた様子でリンゴを掴むと、自分へと向け放物線を描くように投擲。手元に届くまでの僅かなあいだに風の刃で皮を切り、八つに切ったうえで中心部の種も取る。
「シロバさん。もしかして」
「気づいたかい。目聡いじゃないか蒼野君。うん。その際にね、ちょこっとだけど僕の力も奪われた。まぁこれは微々たるものだけどね」
積らからすれば一連の動作に乱れはなかったのだが、同じ風属性の使い手である蒼野の視点ではそうではなく、ほんのわずかな変化を気づいた彼の様子に苦笑が浮かぶ。
「まとめると、僕が奪われたのはあの死闘の記憶の断片と自身の力だ。相手については記憶操作に強い耐性を持つ僕にすら通用したことから、おそらく『希少能力』の使い手であるということ。で、ここからが問題なんだけどね――――実はね、犯人に関して既に心当たりがある」
「え!?」
「な、なんで?」
「おそらく僕の耐性を甘く見積もったせいだろうね。もちろん意識を奪われる直前の記憶にも手は入っているんだが、完璧じゃなかった。結果、声だけは聞こえた………………聞き覚えのある声がね」
さらに語られる内容はこの話の根幹にあたるものだ。ゆえに自然と五人の意識は研ぎ澄まされていき、シロバが口元に持っていった右手の人差し指に視線と意識が注がれ、
「………………それは」
五秒十秒と待つが、なぜか彼らの顔を引き付ける美男子は続きを語らない。
ただその姿に気負うような様子はないことから、これが『名前を口にしにくい』わけではなく、自分らの合いの手待ちだと悟り蒼野が続きを促し、
「貴族衆G・ゼノン家の長、バークバグだ」
彼は自信をもってそう言い切る。
「「………………」」
「だ」
「「誰??」」
そして蒼野や康太はそう返した。
間違いなく、一度も聞いたこともない名前だったゆえに。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
シロバを訪ねて病院へ。そしてそこで行われた新たな依頼の話です。
個人的には結構色々な情報を提示できたかと思いますが、最後に語られた人物に関しては本当にこれまで出たことがありません。
次回はそのあたりについて、そして新しい冒険へと進めましょう!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




